5.


「拓海さんが君を陥れるために嘘をついている可能性はない?」


「嘘……?」


 男の言葉の意味がよく分からなくて翼が聞き返す。


「つまりさ、君が記憶喪失のことを逆手に取って、悪いことをしていたんだと嘘をついてやらせている可能性があるんじゃないかな?」


「……じゃあ、僕は……」


 男の言葉に翼が声を震わせる。


「まぁ、絶対とは言えないけど、その可能性もあるんじゃない?なんていうか、君って気が弱い感じだからさ……。それも利用してるかもしれないね……。気が弱い君なら絶対警察には行かないだろうって踏んでいるんじゃないかな?」


 男がそう言葉を綴る。


「……とりあえず、君はもう帰りな。ここは俺一人で探すよ。元々は俺が落としたわけだからね」


 男がそう言って、翼に「行った行った」というようなジェスチャーをする。翼は男に頭を下げると、その場を離れていった。




「じゃあ、このルートに誰か怪しい人物がいないか調べよう……」


 現場に到着した奏たちが紅蓮の言葉でそれぞれのチームに分かれて捜査を開始する。紅蓮たちはルートをたどって捜査することになり、奏たちは被害者が受け子にお金を渡した公園を捜査することになった。


「とりあえず、お互い誰か怪しい人を見かけたら職質な!後、どちらかが職質したら連絡を取り合うこと!じゃあ、始めようぜ!」


 紅蓮の合図でそれぞれ捜索に乗り出す。奏と透は公園に入ると、何か探し物をしている人がいないかをチェックしていった。公園に設置されているベンチに座り、怪しい人がいないかを確認していく。


「……おい、奏。あまりきょろきょろするな。犯人に感づかれる」


 透の隣で辺りをきょろきょろと見まわしている奏をそう窘める。


「す……すみません……」


 奏が慌てて謝る。考えてみれば確かに自分がきょろきょろしていたら誰かを探しているというのは周りから見たら明白だ。捜査なのだから怪しまれないように、気付かれないように捜査をしなければならない。


「そういえば、奏って特殊捜査員になる前は何の仕事をしてたんだ?」


「えっと……その……」


 透が急に話題を振ってきたので、どう返答すればいいのか奏が悩む。


「その……時折単発のバイトをしていたんです。ちょっと、やりたいことがあったので……」


「やりたい事?」


 奏の話に透が聞き返す。


「はい。私、趣味で物語を書いているんです。なかなか芽が出ないんですけど、なんだか未だに諦め切れなくて……。いい加減、定着した仕事に就かないとなぁとは思っていたんです」


 奏が「えへへ」と言う感じでちょっと恥ずかしそうに言葉を綴る。


「……つまり、定着した仕事に就かないといけないと思っていたら、ひょんな出来事で就けたというわけか……」


 透が半分呆れたような感じで言葉を綴る。


「……そうですね。まさか自分が警察官になるとは思いませんでしたが……」


 警察学校を出ていない奏が警察官と言うのも不思議な話だが、縁と言うのは不思議なものであの事件がなければ奏が特殊捜査員に任命されることも無かっただろう。


「……まぁ、いいんじゃないかな?槙もある事件がきっかけで特殊捜査員になったみたいだし……」


「え?!そうなんですか?!」


 透の言葉に奏が驚きの声を上げる。


「その事件の詳しいことは知らないけど、そうみたいだよ?」


「……じゃあ、紅蓮さんも?」


 透の言葉に奏がそう感じ言葉を発する。


「いや、俺と紅蓮は特殊警察学校を出ているよ。特殊警察学校とはいえ、通常の警察学校がすることもカリキュラムに含まれている。そこに更に専門的な知識が入る感じかな?」


「そうなんですね……。凄いです……」


 奏が透の言葉に感嘆の息を吐く。


 そして、透に特殊警察学校だとどういうカリキュラムがあるのか興味津々で聞いてくので透は一つ一つ詳しく説明していた。




「……今のところ、怪しい奴はいないな……」


 槙が紅蓮と例のルートを歩きながら怪しい人を探すが特にそう言った人は見かけないからか、そんな言葉を呟く。


「まぁ、まだルートは続くしこれからかもしれないだろ?」


 紅蓮が「まだこれからだ」とでも言う感じで言葉を綴る。


「あれ?あの人どうしたのかな?」


 槙が殴られたのか頬の部分を腫らしながら空を眺めている一人の男に気付く。


「ちょっと引っ掛かるな……」


 紅蓮と槙が隠れながら男の様子を伺う。男はため息を吐くと、フラフラしながらその場を立ち去ろうかどうか悩んでいる様子だ。その男の動きを見て紅蓮が槙に耳打ちする。


「……なぁ、あの男、例の受け子の男に背格好が似てないか?」


「言われてみれば確かに……」


 例の映像で受け子の男は背格好だけで顔が全く分からなかった。なので顔の解析のしようがなく、その男が現場に戻る可能性があるのを祈るしかないという感じだった。


「……じゃあ、あの痣はメモリースティックを落としたことで激怒されて殴られた可能性がある痣と言うわけか……」


 紅蓮が男の痣を見てそう分析する。


「……どうする?声を掛けるか?」


 槙が小声で紅蓮に尋ねる。


「いや……、確証がない。声を掛けたところで違うと言われればそれまでだし、場合によっては主犯格に知られてその主犯格が逃亡する可能性もある……」


「そうなると、捉えられるのは雑魚だけってわけか……」


 身を潜めながら男に見つからないように男の様子を伺う。すると、男はため息を吐いてその場を後にしようとしていたので、男に気付かれないように紅蓮と槙が尾行していった。




「……へぇ、じゃあ透さんのお父さんもお爺さんも警察官なんですね!」


 透の話に奏が感心したように言葉を綴る。


 なぜか奏と透は怪しい人がいないかを探っているはずなのに捜査そっちのけで会話をしているように傍から見ればそう見えるだろう。しかし、視線は目だけを動かして怪しい人がいないかを確認していた。


 その時だった。


「……あれ?」


 公園に入ってきた人物を見て奏が声を上げた。


「……あの人……」


 奏が公園に入ってきた人を遠目でじっと見つめる。


「あの人がどうした?」


 奏が見ている方向に透も視線を向けて奏に尋ねる。


「すみません……。ちょっと行ってきます……」


 奏がそれだけを言うと、ベンチから駆け出すようにその人の元に駆け寄る。


「あっ!おい……!」


 透が止める間もなく、奏がその人物の元に行ってしまったので透は遠目でその様子を伺うことにした。



「あの……、大丈夫ですか?」


「……え?」


 その人物が奏に突然声を掛けられて声を出した。



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