4.


「す……すみません……拓海さん……」


 男が叫びながら怒鳴っている拓海に、何度も頭を下げる。



 ――――ドカッ!!!



「ぐっ……!!」


 拓海が男の腹を思いきり蹴り上げる。


「謝って済む問題じゃねぇだろ!あれが誰かに見られたらどうする気だ?!とっとと探してこい!!」


 拓海が怒りの形相で男の腹を何度も蹴る。


 男が探しに出ていったことを見届けると、拓海はイライラした表情のまま、その場にいる人たちに怒鳴り散らした。


「いいか!お前らもへまするんじゃねぇぞ!このことがバレたら俺たちは一貫の終わりだからな!後!サツに捕まっても知らないで通せ!分かったな!!」


「「「はい!!!」」」


 その場にいる人たちがそう声を上げる。


「おい!翼!」


「な……何?」


 拓海が翼に名指しで呼ぶ。


「お前、今度は受け子をしろ」


「え……?」


 拓海の言葉に翼が戸惑った声を出す。


「え?じゃねぇよ!次は受け子をしろ!いいな!!」


 拓海が怒鳴るように翼に言う。


「わ……分かったよ……」


 翼が観念したように言う。


(どうしたらいいんだろう……)


 もうこんな事をやめたい翼は心の中でそう呟く。でも、拓海に逆らえば何をされるか分からない。前にもうやめたいと言ったら、お前だけでなく家族も殺すぞと脅されたので、逆らうことができない。警察に行くにしても、過去に自分が悪いことをしていたとしたら、その事で捕まるかもしれない。


(誰か……助けてよ……)


 翼が心の中でそう悲痛の言葉を呟いた。




「これは……リスト?」


 冴子がそれを見てそう言葉を呟く。


 槙が見つけたのはメモリースティックだった。あの後、奏たちと合流した槙と紅蓮は状況を説明し、そのメモリースティックを見せると急いで捜査室に戻り、そのメモリースティックの解析をした。メモリースティックは何重ものロックが掛けられており、槙がそれを一つ一つ解除していく。すると、出てきたのが人の名前がずらりと並んでいるリストだった。


「……あれ?この名前……」


 透がある一つの名前を見て声を上げる。


「これ、この前息子の嫁が詐欺じゃないかと気付いて通報してきた騙されそうになった人の名前じゃないか?」


 透の言葉に奏たちがその名前を確認する。


「……確かにそうですね」


 名前を確認した奏がそう言葉を漏らす。


「……てことは、これは例の詐欺集団が騙す人のリストってことかもしれないわね」


 冴子が神妙な表情で言う。


「恐らくそうでしょう……。ロックも何重に渡って掛けられていましたし、まず間違いないと思います」


 槙がそう言葉を綴る。


「……なぁ、落とした奴がそれに気付いて現場に捜しに来る可能性もあるんじゃないか?」


 紅蓮が言う。


「確かに可能性はあるわね……。紅蓮と槙、透と奏、それぞれに分かれて現場に誰か怪しい人がいないかを捜索して!私はこのリストを持って被害に遭った人が他にいるかを調べてみるわ!」


「「「はい!!!」」」


 冴子の言葉で奏たちは一斉に捜査室を出ると現場に向かった。




「……こんどは受け子か……」


 翼がため息を吐きながら帰り道を歩く。


「思い切って警察に行った方が良いのかな……」


 もうこれ以上罪を重ねたくない想いがあるのか、小さくそう呟く。


 帰り道をとぼとぼと歩きながら翼が道を歩いている時だった。


「あれ?」


 前方にいる男を見かけて翼が声を出す。


「あの人、さっきの……」


 男は先程の重要なメモリースティックを落として拓海に探してくるように言われていた男だった。翼が少し離れた場所で隠れるような感じでその男の様子を伺う。男は必死で探している様子だった。しかし、なかなか見つからないのか遠目でも焦っているのが見て取れる。見つからないまま戻ったら今度は何をされるか分からない。男の目からは拓海に対する恐怖が溢れ出ている。


(……もし、見つからなかったらあの人、殺されちゃうのかな……?)


 翼の中でそんな思いが駆け巡る。


(放っておいてもいいんだけど……でも……)


 翼の中で葛藤が繰り広げられる。このまま放っておいてもとりあえず自分には被害はない。でも、このまま見捨てていいのかと言えば、翼の中の良心が許すだろうか?そんな考えがグルグルと渦巻く。


「……あの……」


 翼は思い切ってその男に声を掛けた。




「……やっぱり、このリストに載っている人たちは被害に遭っているのね……」


 冴子が今回の詐欺事件を担当している警察官、都築つづき げんに被害に遭った人がこのリストの中にいるか照合してもらったところ何人かが被害に遭っていることが確認できた。


「あぁ、それと、また進展があってな。これもまた妙なんだが被害者宅の電話に掛け子から電話があったんだ。だが、前の時と同様に最終的には騙さずに「お金を大事にしてください。後、被害に遭わないように気を付けてください」と言っていたそうなんだよ」


 詐欺事件を担当している玄が「妙な話だ」と言って首を傾げる。


「玄さん、その時の録音はあるんですか?」


 冴子が言う。


「あぁ、その被害者宅の電話は録音機能が付いてたからな。一応その録音のコピーを取らせてもらった。どうする?例のあの子に解析してもらうか?」


「えぇ!勿論!!」


 そう言って冴子が玄からその録音のコピーが入ったメモリーディスクを受け取った。




「ごめんね……。一緒に探してもらっちゃって……」


 男が恐縮したように翼に言う。


 翼は男に「一緒に探します」と、声を掛けて、メモリースティックを探していた。放っておいても良かったが、何となく見捨てることが出来ずに翼は男と一緒にメモリースティックを探す。


「……君みたいな人がこんな事をしているなんてなんだか意外だな。君もお金に困っているの?」


 男が翼にそう話しかける。


「いえ……、そういうわけでは……」


 どう説明したらいいか分からずに翼が言葉を詰まらす。


「俺はさ、お金に困っててさ……。それで誘われるままに始めたんだけど、始めた時は見つからなければ大丈夫って思ってたんだ……。でも、今はなんて言うか罪悪感で一杯でさ。でも、今さら抜けるって言ったら殺されるかもしれないし、もしかしたら家族の命も狙われるんじゃないかと思って抜けるに抜けられなくなったんだよね……。今思えば、なんでこんなことに手を出してしまったんだろうって後悔しているよ……」


 男が寂しげに言う。その言葉に翼は何と言っていいかが分からない。自分ももうこんな事からは抜けたい気持ちがある。出来ることなら警察にこの事を話して罪を償いたい気持ちがある。しかし、拓海から裏切ったら家族も殺すと脅されている。


(どうしたらいいんだろう……)


 そんな思いが翼の中で溢れてくる。その時だった。



 ――――ポタ……ポタ……ポタ……。



「ど、どうしたの?!泣いちゃって?!」


 急に翼が涙を流し始めたので男が驚いて声を上げる。


「あ……れ……?なんか……急に……涙が……うぅ……あぁ………」


 感情が不安定になり過ぎたのか翼の瞳から涙が溢れ出して止まらない。男がどうしたらいいか分からなくて戸惑っている。


「もう……嫌だ……もうこんな事したくないよぉ……」


 翼が涙を流しながら悲痛の声で言う。


「……良かったら何があったか聞かせてくれないか?」


 男が泣いている翼の背中を擦りながら優しく問いかける。


「ぼ……僕は……」


 翼はそう言って、男になぜ詐欺を行うことになったのかを話し始めた。記憶を失っていること。拓海に記憶を失う前の自分は悪いことをしていたんだという事を聞かされたこと。そして、その事をばらされたくなければ詐欺に協力するように言われたこと。そして、裏切ったら自分だけではなく家族も殺すと脅されていること……。翼は男にそう話していった。


「記憶喪失って言うわけか……。でもさ、記憶を失う前は悪いことをしていたって話は本当なんかな?」


「え……?」


 男の言葉に翼が疑問の声を出す。


「もしかしたらなんだけどさ……」


 男がそう言ってある事を話し始めた。


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