噂話 6




「というわけでソル。体験入学に行ってみないか?」


 お家に帰った後、パパが改めて話をしてきた。


「うむむぅ……行かなきゃダメぇ……?」


 パパとママは、妙に熱心に体験入学を勧めてくる。

 興味がないわけではない。

 いや、ある。

 やはりシャーロットという娘は気になる。

 しかし。


「なんだ、さっきは興味ありそうだったのに」

「寮生活は面倒なのじゃ。家から出て暮らすなど考えられぬ。我、まだ子供だもん」


 基本的に『ユールの絆学園』では、寮生活を送ることとなるそうだ。


 食事は大人の職員が用意するし、寮生と協力するので言うほど不便は無いらしい。部屋の掃除は自分たちでやるようになる。起床の鐘はなるが自分で起きねばならぬ。


「だからだ。大人になるまでに、一度は面倒な生活を経験しなきゃいかん。あともうちょっとで十歳になるんだから」

「ずっと寮生活しなさいってわけじゃないのよ。週末とか学校が休みのときはエイミーちゃんと帰ってくればいいじゃない。それに、まず体験入学に行って楽しいかどうか見てから判断してもいいんじゃないかしら」

「そうだけどぉ……色々とやることもあるしぃ……」

「やることってお前のお誕生日パーティーくらいだろ? お前の仕事はないじゃないか」

「そうだけどぉ」


 そうではないのじゃ。今は暗黒領域から離れたくはない。ゴブリンどもは以前よりかは強くなったが、我が不在の間にどこぞの勢力に踏み荒らされるとも限らぬし。


「わんわん!(暗黒領域のことなら心配するな。月が出ているタイミングなら俺の転移魔法を貸してやれるし、遠くから言葉をお前の頭に語りかけてSOSとかも出せる)」

「そんなことできたのじゃ!?」

「わんわん(おっ、忘れてやがるな? 結界を作った大自然の化身なら転移できるんだよ。場所は自分の支配域に限定されるけどな。前世のときに便利だから覚えとけって言ったろ)」

「ぐぬぬ……退路を塞ぐではないわ……!」

「わぉん!(観念しろ。そもそも人間の子供だったら学校に行くもんじゃねえか)」

「ほら、ミカヅキも頑張れって言ってるだろう?」

「言ってないのじゃ!」

「わんわん、わん!(そもそもお前、親と別れて家を出る方向性で考えてたじゃねえか。親元を離れて学校で暮らすのは自立の第一歩だぞ。なんで嫌がってんだよ)」


 あれ?

 そういえばそうじゃ。

 なんで我、こんなに嫌がっておるのじゃろう。


「ぐぬぬぬぅ……!」


 悩ましい。

 大いに悩ましい。

 前世のとき、側近となる魔物を選出する武闘大会で決勝が判定にもつれこんだ時でさえここまでは悩まなかった。


「やはりミカヅキを飼ってよかったなぁ」

「本当に頼りになるわぁ」


 しかもミカヅキの方が信頼されておる。


「そ、そんなことないし……我の方が凄いし……!」

「じゃ、ソルちゃんも学校に行ってみましょうね」


 そういうことになってしまった。







 こうして我はまんまと乗せられて、『ユールの絆学園』へ行くことになった。


 制服は当然まだない。我は普通のワンピースである。だがエイミーお姉ちゃんは無理矢理頼み込んで制服を借りたようだ。


 弟たちや他の子らはまだ幼く学校に行くほどではなく、もっと年上の子らはすでに仕事をしているので大人の仲間入りをしつつある。我としては気心のしれたエイミーお姉ちゃんがいれば安心であるが。


「見てごらんソルちゃん! ここが隣町のペアフィールドの町だよ!」


 ガタゴト揺れる乗合馬車はあんまり乗り心地がよくない。

 だがエイミーお姉ちゃんは元気に窓から外を見ている。

 我も同じように身を乗り出して外を見ると、隣町が近づいていた。

 街道は整備されておるし、門のあたりで行商人などがざわめいておる。


 というか……人、多っ!


「いいなー、栄えてるなー」

「そんなことないのじゃ。地元の方が魔力は豊富だし防衛態勢はしっかりしておる。こっちの門番もたるんでおるし」

「わぉん!」


 ペアフィールドの街には城壁はあるものの、魔法による結界は何もない。


 正門で槍を携えている番兵もあくびをしておるし内包する魔力もへちょい。大した腕前ではなさそうだ。ウチの村人の方が遥かに強かろう。


「それは仕方ないよー、開拓村はみんな魔物を倒したり土地を切り開いて耕した人だからね。特にウチの親たちは魔物退治で名を上げた冒険者クランだしさぁ」


 辺境で、しかも暗黒領域に接するほど近いとなると、普通の人間は怖がって開拓などせぬ。辺境に住めるというだけでけっこう強いのである。


 にしてもパパもママも人間にしては妙に強すぎる気がするのだが。だがそこを詳しく聞いても「パパとママが強いのは当たり前だろう。パパとママなんだから」とはぐらかされてしまう。


 そんなことを思っていると、馬車は門を通過したところの馬車駅で歩みを止めた。


「それじゃ行こっか、ソルちゃん!」

「お姉ちゃん、そっちではないのじゃ」


 よくわからぬ咆吼にダッシュしようとするエイミーお姉ちゃんのスカートの裾を掴む。


「おねがいー! 寄り道したいのー!」

「ダメなのじゃ。お小遣いには限りがあるし、遅刻してしまうのじゃ」


 エイミーお姉ちゃんは散財癖がある。

 ちゃんと学園に送り届けるようにとエイミーお姉ちゃんのママから言い含められておる。


「でもあっちにワッフル屋さんあるよ」

「…………わっふる」

「わん! わんわん!(おら、ガキ共。道草食ってないで行くぞ!)」


 うっ、危ない危ない。我も道草を食ってしまうところであった。


 本当はここに誰か村の大人が保護者としてついてくる予定ではあったが、エイミーお姉ちゃんが「あたしたち強いから大丈夫だよ」、「収穫の時期が近いから大人の手を借りるわけはいかない」と強硬に主張した。本音としては親の目の届かぬところで町で遊びたいというのが本音ではあるが。


「わん!(帰りがけに喫茶店によるくらいは目こぼししてやるから、大人しく用事を済ませちまえ。遊ぶのは後々。ほら出発!)」

「なんかあたしもミカヅキちゃんの言葉わかる気がする」

「こやつわかりやすいのじゃ」

「わんわん!(怒られてるくれーそりゃわかるだろうがよ!)」

「これ、乙女の尻を押すでないわ!」


 ミカヅキが我らを後ろからぐいぐい押す。

 さっさと用事を済ませろというミカヅキの圧に推されつつ、我らは目的地を目指して町を歩いた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

邪竜幼女 ~村娘に転生した最強ドラゴンは傍若無人に無双する~ ふれんだ(富士伸太) @frenda

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ