噂話 5
「なんでじゃ!」
パパの言葉に、我は思わず抗議した。
「そりゃお前……羽根を生やして飛び回るわ、獣や魔物を倒すわ、魔法で大木を折るわ、寝ぼけて羊小屋に潜り込んで一緒に寝てるわ……普通の町や学校でやったら大騒ぎになるんだぞ!」
そんな悪戯はしていない……わけではない。
全部心当たりがある。
「わ、我は悪いことしてないもん!」
「まあ、悪くはない。羊を襲う獣をミカヅキと一緒に蹴散らしたり、崖から落ちそうになっている子を助けたり……良いことはしてるんだが……」
その通りである。我は確かに門限は度々破っておるし、破った瞬間にミカヅキに首根っこ掴まれて強制帰宅しておるし、好き嫌いが直ったかというと、炒めた玉ねぎは食べられるが生の玉ねぎは相変わらず嫌いである。
だが己の道に背くような力の使い方は一度たりともしておらぬ。
「シャーロットさん。うちの子、もうちょっとおしとやか……とまでは行かずとも、この綺麗な顔立ちと印象が裏切らないくらいの大人しい子に成長しないかしら」
ママも親バカである。
その隣でパパも大いに頷いていて、「親バカだなこいつら」という村人の目線にまるで気付いておらぬ。シャーロットという少女も困っておるではないか。
「そ、そうですね。基礎教養や礼儀作法なども学ぶ機会がありますから……」
うーむ……。
面倒くさそうである。
そもそもこやつらにとっての太陽神って多分、我のことだ。
我が我に祈っても別にありがたみがない。
なんか全体的に気乗りがせぬ。
(エイミーお姉ちゃんは……)
どう思っているだろうか、と思って横顔を見ると、すっごいキラキラしておる。
目から輝きが放たれんばかりである。
(ソルちゃん!)
(う、うむ)
(制服めっちゃ可愛くない!?)
(そーかのー)
アップルファーム村は上質な羊毛が取れるおかげか、服には困っておらぬ。交易で麻や綿などの生地も手に入るので、我はおしゃれである。他所から来たおべべなどママの縫ったワンピースに比べたら取るに足らぬ。
(弟どもは……あっ)
三人とも目がハートになっておる。
この村にはおらぬ清楚系美人オーラに陥落とされたようであった。
「見学や体験入学なども実施しておりますので、もしご興味があればぜひ一度お越しになってください」
「い、いやじゃ! 我は行かぬぞ!」
「でも面白いかもしれないわよ?」
「我より弱い者に何を教わることがあろうか」
「こらっ、ソル! そうやって他人を見下したり侮ったりするんじゃあないぞ」
パパはそう言って我を窘めるが、この村の人間は総じて強い。野良の魔物や獣がいる場所を切り開いて村を作ったのであるから、弱いわけがない。都会の者のような甘っちょろい生活はしておらぬ。
暗黒領域も近いし、ここにおる方が学びがあるというものだ。
「ソルさん。ではあなたが世界で一番強かったら、勉強する必要も、鍛える必要も、まったくないのでしょうか?」
うっ。
それを言われると、我も弱い。人間を見て、学びを得なければと思ったのは我自身じゃ。謙虚にならねばならぬとは思っている。
「そ……そういうわけではないのじゃ」
「じゃあ、勉強が嫌い?」
「そういうわけでもないのじゃ。本を読むのは好きじゃ」
「そう。この子はやんちゃだけど意外と本が好きなんだ。真面目な本も滑稽本も読むし。こないだなんか都会で話題になったラブコメを……」
「パパ、うるさいのじゃ!」
本は良い。人間の寿命は短く、その儚き一生の中で、後世に渡って様々な知恵や文化を伝え残す。その中でも、本や書物は我のお気に入りじゃ。もし前世でこれを知っておったならたくさん収集しておったであろう。
「でも本当なんです。ソルフレアの神話なんて読みふけっちゃって、村の大人よりも詳しくなっちゃうくらい」
「まあ、それは素晴らしい! ソルフレア様の書物なら学園にたくさんありますよ?」
シャーロットが聞き捨てならぬことを言った。
「なんじゃと?」
「図書館があるので古代の神話や伝承をまとめていますし、一応、娯楽本の類も置いてます。教科書を買うついでに色んな本を首都から直送していますから、すぐに棚に並びますし……」
「だってさソルちゃん! 一緒に行こうよー!」
エイミーお姉ちゃんがそう言ってむぎゅっと抱き着いてくる。
行ってみたいけど女子一人で行くのは寂しいのじゃろう。お姉ちゃんにはそういうところがある。
「お姉ちゃんは制服が着たいだけではないか!」
「それだけじゃないよ! 学校のある街に行けばカフェもあるし! 格好良い男の人もいるかもしれないし!」
「ええと、遊びに着てもらうわけではないので、勉強は必要ですよ?」
シャーロットの忠告を、エイミーお姉ちゃんは都合良くスルーしておる。
周りの大人たちもやれやれという雰囲気を出しているが、どこかホッとしている雰囲気もある。我らが学校に興味を示して一安心といったところなのだろう。手のひらで転がされてるようだが、お姉ちゃんを無下にもできぬ。
それに……少し、この娘の素性も気になる。
あの鮮やかな手並みはどうにも尋常ではない。
猛者の気配だ。
「ひとまず今日はご案内に来たまでですが……いつでも遊びに来てください」
シャーロットはそう言って、今日のところは解散する流れとなった。
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