噂話 4
「あっ」
完全に油断しておった。
村の子供以外に誰もいないような野原に、見知らぬ人間がてくてく歩いているなどまずありえないことだ。
空を飛んでいれば急上昇できるが、このままでは怪我をさせてしまう。まずい。
「えいっ」
「あれ?」
急ブレーキをかけても勢いは殺せず、ぶつかったと思った瞬間、少女の手が風に揺れる柳のように優しく我の手を取り、くるりとその場を旋回して勢いを殺す。魔力や腕力を一切頼ることなく、我の猛突進をいなしてのけた。
ぞくりとする。
人が魔力を使って魔法を覚える前の、古来の闘士のような滑らかな動き。
だが害意は何一つなく、まるで草原に咲く花のようでもある。
人の体はこのように動かすものなのかと、久しく感じなかった感動を覚えた。
そのまま我は風に乗って空を飛ぶような気持ちで体重を預けた。
「大丈夫ですか?」
気付けば舞踏会の円舞曲のように、我はその少女と対峙していた。
「う、うむ。すまぬ。前を見ていなかった」
「あなたに怪我がないのであれば、それでよいのです」
少女は、我の裾の埃を手で払う。
そうされるのがなんともむず痒く、恥ずかしい。
ママとはまた違った優しさを感じる。
「綺麗……」
「あら、ありがとうございます」
エイミーお姉ちゃんが感嘆を漏らした。
我もそう思った。
三つ編みにした金色の髪は静謐な山奥の川のように滑らかだ。
服装だってこのあたりの村人とは一線を画しておる。
なんかブラウスもスカートも色鮮やかでかわいい。
ママの服イズナンバーワンと思っている我も、ちょっと着たいなと思った。
「ところで皆さん、この村の集会場ってどちらでしょうか?」
「集会場は、向こうの方の三角屋根の建物じゃ。こっちは野原じゃし、まっすぐいくと暗黒領域の結界に突き当たるだけじゃぞ」
「ああ、そうでしたか……なるほど」
優しげな目を一瞬厳しくして、結界の方を見た。
「ところで、名はなんと申す」
「ああ、ごめんなさい。名乗るのも忘れてました。『ユールの絆』から来たシャーロットって言います」
◆
集会場に大人たちが集まってきた。
もちろんパパとママもいる。どうやらすでに手紙か何かで来訪が伝えられていたようで、仕事はひとまず休憩となったようだ。村の羊が襲われないかどうかはミカヅキが見張っているので安心である。
そして我も、エイミーお姉ちゃんとその弟たち、その他村の子供たちも招かれた。シャーロットという少女の話を聞くためである。
「……以上が、我が校『ユールの絆学園』の説明となります」
どうやらこの少女は、我らがアップルファーム開拓村のみならず様々な近隣の集落や町に顔を出しては「学校に来ませんか」という勧誘活動をしているらしい。
そしてパパたちはこの少女の話を興味深そうに聞いている。
大人たちは不思議と、「子供たちへの教育ってこれでいいのかな」という漠然とした不安を抱いているためである。別にいいと思うのだがのう。
朝にのそのそと起きて、なんとなくお手伝いしたりしなかったりして、暇な大人がいたら集会場で読み書きや魔法を教わって、友達と遊んで、ミカヅキに首根っこ掴まれて家に帰ってごはんを食べるというとても真面目な生活を送っておる。だというのに大人たちは妙に「なんかマズくねえ?」という顔をたまに浮かべる。解せぬ。
「なるほど……思ってたよりちゃんとした学校なんだな。太陽神を崇めてるって聞いてちょっとびっくりしたが……」
パパが悩ましそうに呟いた。
「同じ年頃の子供たちが集まって様々な勉強をしています。卒業した子らをスカウトに来る騎士団や魔術師団、大きな商家などもございますし、故郷の未来を創るために農業牧畜などの知識を学ぶコースなどもございます」
シャーロットの説明に、大人たちは思い思いの表情を浮かべていた。
面白そうだと思う大人が多いが、一方で難色を示す大人もいる。
「……ウチは『子供に勉強なんていらん』とか言うつもりもないし、そういう場所があるのは助かる。大人たちが読み書きを教えるのもちょっと限界があったしなぁ」
「そうよねぇ……」
「「だが……」」
パパとママがちらりとこちらを見る。
いや、この二人だけではない。大人たちみんながなぜか我の方を見る。
ついでに子供らも我を見る。
この珠玉の可愛らしさを持つ我が村を離れることを心配しているのであろうか。
「子供がうっかり学校から脱走したり施設を破壊する可能性もあるんですが、そのあたりは大丈夫でしょうか」
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