温泉旅館秋桜は本日も営業します。

Hekuto

温泉旅館秋桜は本日も営業します。

「うぅ……朝か」


 僕の部屋に音の出る目覚ましは無い。小さい頃、あの突然鳴り響く音がなんだか心臓に悪いと言ったら、妙に楽しそうに笑う父さんが部屋の目覚ましをライティングタイプに変えてくれたのだ。


 だから眠気と戦い重い瞼を開くと、今日も目覚めは青い空と眩しい光で始まる。目を開けるのは辛いけど、窓から見える自然豊かな光景はいつも通り目に優しい。


「今日の予定とチェックインリスト出して」


「おはよう秋也しゅうや、表示しますね」


 何時までも微睡みの中にいたいけど、僕の仕事は待ってくれない。僕も少し前に15になったのだ、何時までも子供のような事は言ってられない。ずいぶんと昔は15なんてまだ子供だったらしいけど、今年で旅館経営3年目にもなればもう立派な大人である。


 朝起きたらまずその日のタスクチェック、一声かければウォールディスプレイが切り替わって今日の予定を映し出す……あれ? 昨日の夜と内容が変わっているな。


「おはよう秋桜あきざくら……今日予約客なんて居たかな?」


「昨夜ギリギリのタイミングで予約が入りました」


 昨日はだいぶ早めに寝ちゃったからか、まぁ僕が働かなくても大体のことは秋桜達AIの方で何とでもやってくれるんだけど、任せっきりじゃただのダメ人間になってしまう。今時親の脛を齧るニートだって何かしら仕事をしていると言うのに、それは流石に恥ずかしい。


「この時期に珍しいな」


 それにしても今の時期に予約とは珍しい。前日だろうと予約して貰えると助かりはするのだけど、最近は移動も楽になってきた所為か、ギリギリになったら大半はその日に交渉する客が多いんだよな。


 それに比べて予約して来るって事は、良客というやつだ。特にイベントも何もない時期だから少し料金を下げといてあげよう。ほんのちょこっとだけだ、あまり下げ過ぎるとみんながうるさい。


「お仕事頑張ってください」


「はーい」


 秋桜が見送ってくれるが、その声は若干笑っていた。たぶん僕の値下げに思う所があったのだろうが、秋桜は問題のない範囲の値下げなら何も言わないで見守ってくれる。まぁ経営に問題が出る様な判断をした場合はその限りではないのだが、高度AI相手に口じゃ勝てないからその時は直ぐに降参しないと後が怖い。


「今日は少し温度高めかな? 麦茶にするか」


 今日は少し気温が高い日みたいだからすっきりした麦茶にしておこう。カグヤ辺りは冷たすぎない水にしてくださいと言うんだろうけど、朝の一杯は冷たければ冷たいほど良いとされているのだ。あと水はなんだか味気ない。


 ウォールディスプレイに健康状態が表示されるが損傷も無く代謝も平均以内で特に問題は無し、若干の寝不足と出ているけど、これはたぶん二日前に遅くまで歴史学系の動画を見ていたからだな、一度の夜更かしは一日二日じゃ元に戻らないんだよなぁ。


 僕も強化処理を施せばいくらでも無理できるんだろうけど、誰も賛同してくれないから許可が出ない。まだ体が出来て無いからとか色々言われるけど、その時々によって大人扱いしたり子供扱いしたり、早く立派な大人になりたいよ。


「ふーん? 突発客予測はしばらくないな、やっぱりこの時期は静かなもんだ」


 突然来るお客を予測するアドインを入れたのは正解だな、いまのところ85%の確率で当たってるし、無料アドインでも大手の物は安定してるよね。大手ばっかり利用してたら破産するんだろうけど、かといってこの間の業者も微妙だったからなぁ? ……嫌な音が聞こえてきた。


「何があった?」


 緊急時の連絡は音を変えてあるんだけど、この音が聞こえる度にテンションが下がるのをどうにかしたい。父さんに相談しても、そんなものだと笑われただけだったから今もそのままなんだけど、さて何の連絡だろう。


「温泉の設備の一部で異常が発生しました。ゴザレスを繋ぎます」


 ゴザレス、家の旅館で一番ビックなおとこだ。


「おう坊ちゃん! 給湯器の二号、四号、五号機が異常停止しとる。今からちょっと見てくるが循環系もなんかおかしい、そっちまで手が回らんので循環設備は後回しだ」


 ビックな漢が大問題を持ってきたぞ? 画面いっぱいにメカニカルな顔を映すゴザレス曰く、給湯器が故障したらしいけど温泉用の給湯器は五台しかないんだよ? 半分以上停止なんてしてたら温泉の維持が出来ないよ、3号機は劣化してるから騙し騙し運転で実質交換したばかりの1号機しか使えないんじゃそれ……ん? 2,4,5だと。


「ちょっと待ってよ、それって全部最近整備した場所じゃないか」


「やっぱあの営業は駄目だったな」


「もっとマシな業者居ないのかよ……」


 調子が悪いからって、つい最近分解点検と部品交換してもらった給湯器が全部駄目になってるじゃないか、やっぱり安いからって飛び込み営業の知らない業者なんて使うんじゃなかった。


 ゴザレスも鉄の体を丸めて溜息を吐いている。流石高性能AI搭載型の作業用ロボットだな、大きな体に似合わず繊細な動きだ。……いやそんなことに感心している場合じゃない。


「今は大手が人を取ってるからなぁ? まぁ俺らで何とかするさ」


「お願いね」


「おう! 任せときな」


 本当なら旅館の主人である僕がすぐに修理業者を手配出来れば良いのだけど、残念なことに知り合いの会社は大規模な近場の工事でしばらく出払ってしまっている。特急料金を積んだところで今日の営業には間に合わない。


 こんな時の為のゴザレス達設備管理担当のロボット達なんだけど、いくら優秀な彼等でもパーツが無ければ直せる物も直せない。予備部品の納品も飛び込みの修理業者に依頼していたんだけど、突然取引先が潰れたとかで納品されるはずだった予備部品も無い。なんだったら予備部品があればゴザレス達でも改修は出来たんだよな……。


「予約が入ってる日に限ってこれかぁ」


「チェックインシステムからの稼働チェック要請で動かしてすぐみたいですね」


「秋桜、あの業者ブロックで」


 ありえない、工事完了後最初の試運転でいきなり故障するとか、報告書では何の問題も出て無いし渡されたデータの数値だって問題は無かったはずだ。これは絶対に何かやらかしてるな、ブロックだブロック! どうせこっちから連絡しても真面な連絡が取れない相手だ構わん。


「了解しました。関連業者も注意リストに入れておきます」


「うんそれでいい……え? また?」


 ちょっとまってまた嫌な音が聞こえるよ? ブロックした瞬間だから余計にドキッとしたよ……今度は連絡じゃなく異常警報だ。


「噂を擦れば循環系全停止です」


「こっちの方が問題じゃないか」


 ウォールディスプレイに館内の状況を表示してたから警報が直接鳴ったのか、ついさっきまでゴザレスと話してた循環機器系統が全部停止してる。エラーコードは異状負荷による緊急停止? 前にも似たような異常が出た時は全停止なんてしなかったはずだぞ? どうなってるんだ。


「今から来てくれる業者はいないし、こっちはとりあえずラトゥーヤに見て来て貰えるかな?」


 何かあった時のラトゥーヤ、家の旅館で困ったことがあれば何でも頼めるクールなアンドロイドお姉さんである。


 若干神出鬼没なところがあるけど、そつなく何でも出来るので頼りにしている彼女は、この時間だと旅館周りの清掃をしていると思うので、連絡したらすぐ動いてくれるだろう。


「通達します。カグヤから連絡です」


「坊ちゃん! 生け簀の設備が停止してしまいましたが何事ですか?」


 おおう!? びっくりした。本旅館に三人いる役職者の三人目が空中ウィンドを歪ませながら現れた。ずいぶん昔に流行った通信システムの仕様らしく、古めの旅館であるうちの内線では現役だけど、最新の通信システムだと別途アドオンを拾ってこないとこんな臨場感あふれる会話は出来ない。


 と言うかカグヤ怖いよ、いつもは清楚で優しいお姉さん? なんだけど、緊急事態になると言葉使いと言うか雰囲気がきつくなるんだよね。


「循環系設備が全停止してるんだ」


「……一大事じゃないですか! ゴザレスは対応しているのですか?」


 一大事ではあるけど受け止め方は人それぞれ、たぶん僕たちよりもずっとカグヤの方が深刻に受け止めているのだろう、その証拠に顔がとても蒼くなっている。僕はアンドロイドについてはそれほど詳しくないけど、カグヤのボディは有機素体を多く使った高性能で高級品らしく、表情の変化も普通の人である僕と変わらない。


「それが、先に給湯設備で問題が出て動けないんだよ。今はラトゥーヤに見て貰えるように連絡入れたから」


「私たちもすぐ向かいます。全面停止では調査範囲が広すぎます」


「それは助かるけど、厨房は?」


 別にラトゥーヤの事を信じてないわけでは無いだろうけど、カグヤは一刻も早く循環系を復旧させたい様だ。普通の旅館と違って家はある程度余裕をもって設計されているからすぐに問題が出るわけでは無いんだけど、厨房を預かる身としては悠長なことを言ってられないのかもしれない。


「今日のお客様は魚料理を予定していますので、このままでは生け簀の魚が弱ってしまいます。せめて生け簀だけでも復旧させなければこちらも気が気じゃありません」


「そっか、ごめんね? お願いできる」


 うん、やっぱりそこが心配なんだね。旅館で使う水の水質維持を主に担っているのが循環設備、特に生け簀は常に水を循環させて魚にとって最適な環境を作り出している。逆に言ってしまえば、その循環が途絶える事で水質環境は直ぐに悪化するわけだ。


僕としては多少の水質変化なら問題ないようにも思えるが、カグヤの基準では問題大有りみたいである。


「はい! お任せください坊ちゃん! ……あんたら行くよ!!」


『うっす! 姐さん!』


 また言葉使いが荒くなってますよカグヤさん? あと板前ロボット達も元気だね。君たちみんな旧型仕様なはずだから、インストールされている感情表現ソフトも古いはずだよね? なんでそんなに感情豊かなのかな? 僕はとても不思議です。


「……僕は宿泊施設のチェックに回るね」


「了解しました。通達しておきます」


 まぁ気にしてもしょうがない。よく見たら仲居ロボットも何人かカグヤに追従しているみたいだから、僕はそっちの業務に回ろう。何も無ければ割と自由な時間が多い旅館の主人だけど、緊急事態はみんなのフォローに回らないと、最近はAIのレベルも格段に上がって人のやることも少なくなったとは言え、こういう時こそ人の出番だよね。





「なに? 循環停止? ラトゥーヤとカグヤが点検に動いたってことは、旅館誰も居なくなってないか?」


 家の若旦那に連絡入れてから、急いで工作ロボ共と給湯機械棟に向かってみれば循環機器が停止したなんて連絡が来やがる。しかも全停止ならそっちの方が大事だ、絶対にカグヤの奴が暴れると思えばすでに向かってると来たもんだ。


 てか板前に仲居まで動員してるじゃねぇか、多少は残すかと思ってたんだが、これじゃ若旦那の仕事が大変な事になってんじゃねぇか? まぁ……坊ちゃんは手の掛からない子だから大丈夫だろうけど、全停止だからとそこまで人手はいらんだろうに。


「四号機水槽内で不純物を検出」


「五号機内部でも同様に検出」


「給湯循環ろ過装置の部品に損傷確認、スキャン中」


 図体のでかい俺の代わりに小回りの利く工作ロボが小型ドローンを使って走り回っているのが羨ましくもなる。


 でかい体じゃこう細かい所は直接見れないが、まぁこれだけデータが分かりやすけりゃ問題ない。と言うか問題のある部品はこれしかないだろうが、根本の原因は何だ? この辺の部品は全部交換したんじゃなかったか? パッケージもチップも新しいから間違いないはずだが……。


「ろ過装置か、外部に損傷は無し」


 ろ過装置、こりゃやっぱ坊ちゃんが一杯食わされたか、詳細は取り外して分解してみないと分かんねぇが、問題解決は簡単だ。


 ほれ、指定した部品を交換だ交換。あ? 新品から中古品に交換するのは何でだって? そんなもんデータ見りゃわかるだろ、不良品の新品使ったからこうなってるんだよ。あ? その判断基準? 勘だよ勘、良いから交換して再度データとって見ろ。


 微妙にこいつら頭が固いんだよなぁ? まぁそう言う所はあった方が良いんだろうが……循環の方は大丈夫だろうか、あいつら見た目の割に荒っぽいからな、絶対ボディの選択を間違ってるだろと思うが、言ったら後がおっかねぇんだよな。


「……循環は大丈夫か?」


「大丈夫じゃありません! ろ過フィルターが詰まっています」


 あぁん? そっちもフィルターだ? 通話開いた瞬間怒声が飛んできたが、向こうもてんやわんやしてんな、本気であの業者何しに来たんだ。こりゃ他の部品も早めに調べておかないと不味いぞ? 取り付けて数日も経たずにフィルターが詰まるなんてどう考えてもこっちの不手際じゃないだろう。


「原因は?」


「まだスキャンが終わってませんが……不良品じゃないですか? ラトゥーヤどうですか?」


 循環機のフィルターはもう全部外したのか、外部ユニットを取り付けたラトが調べているみたいだが……おいおい、取り付けネジの頭が折れてるじゃないか、どんだけ馬鹿力で回したんだよ。しかも抜けねーからって振動ナイフでボルト切断しやがったな? 修理するのは俺たちだって言うのに無茶しやがる。


「……これ、蓋、外してない」


「は? いやいや、循環テストは大丈夫だったはずだぞ?」


 蓋だぁ? そんなもん初心者でもちょっと気にすりゃ気付くだろ、説明書呼んでねぇのか。だが循環テストは問題ない数値だとデータも貰っているし、運転しているところも確認していたはずだ。


「たぶん、蓋が機能してない。外れて内部に落ちていたのが、歪んで詰まった」


「…………おいおい」


 ラトのやついつも通り淡々と話してるが眉間に皺が寄ってやがる。そりゃ呆れもするだろうな、完全に不良品だったってわけだからな。


 まてよ? そうなるってぇと大分おかしな事になるぞ、他の交換部品がいくら上等なもんでもフィルターがこれじゃ真面なデータが出るわけねぇ……まさか。


「あと……スキャン終わった。提出データと違う」


「不良品にデータ改ざんですか、良い度胸ですね」


「とりあえず旧部品があるからそっちで何とかする」


 ラトの眉間がさらに深くなってぇし、カグヤなんてとても若に見せられねぇような顔になってやがる。有機素体系は感情表現が豊かになるが、それもよりけりだよなぁ? 俺はメタルボディだから感情なんて大して伝わらないが、なんて言ったかな? 古い言葉で……そうそう、はんにゃだった、そんな顔だよまったく……有機素体系の女はおっかねぇ。


「どのくらいで?」


「に……わかった一時間以内に何とかする」


 だからこぇって! 若の前でそんな顔してみろ、心臓止まっちまうぞ……。まぁ気持ちも分からんじゃないが、二時間ぐらい多めに見てもらいたいもんだぜ。


 おいまぁ良くこんだけデータ改ざんしたもんだな、改ざんなんて生易しいもんじゃないだろこれ? ラトもデータのおかしい所をわざわざ注釈入れてくる辺り相当怒ってるな、流れてくるデータ見るだけで感情が透けて見えるってもんだ。


「よろしい」


「よろしくないんだけどなぁ……ラトゥーヤ悪いが洗浄を頼む。カグヤは問題のあるパーツを外しといてくれ」


 何がよろしいんだか、それに比べてラトは無駄なく動いてくれて助かる。流石に給湯設備に潜った機体で循環系統弄れねぇからな、ほれロボもドローンもさっさと洗浄して次行くぞ、急がないとカグヤの馬鹿力でマニピュレータねじ切られっちまう。


 お、動きが早くなったな、やっぱお前らもカグヤは怖いか、しかたねぇよな。


「良いでしょう。貴方達、聞いてましたね!」


『よろこんで!!』


 それにしても今日は厄日か? 確か俺の星座は8位だったか、若は2位のはずなんだけど……やっぱ占いなんて気休めだってことか。っておいおい! めんどくさくなってボルト全部振動ナイフで切断してんじゃねぇよ脳筋共!! 流石にこれは若に言いつけるしかねぇ。





「そうか、何とかなったんだね」


 なんとかなった。……なったと言って良いのだろうか。


「おう、まぁ何とかなったが問題だらけだ。あとの処理は頼むわ大将」


「そいう時だけ大将なんだね、まぁ良いけど」


 ゴザレスもまったくもって調子がいい、いつもは坊ちゃんとか行ってくるのに真面目な話をするときは若旦那、問題があってお願い事がある時は大将と来たもんだ。まったくもって調子がいい男であるが、それでもかまわないくらいには有能なので気にしてない。


 それより問題はカグヤだな、後でお説教だ。ただでさえお客が少なくて余裕が無いのに、これ以上無駄な出費は流石に見逃せないよ。流石の僕でも面倒だからと機械の取り外しでボルトを切断するなんてしない。


「秋也、予約客のビーコンを確認しました」


「早いね?」


 お客さんが到着した様だけど、予定よりずいぶんと早いな? 2時間、いや3時間ぐらい早いんだけど、これ修理が間に合ってなかったらお迎えにも支障が出てたんじゃないかな。


「同時に救難ビーコンも検知」


「え?」


 は? 救難ビーコン? お客さんからってことはまぁ緊急事態か、そう言えば最近海賊が増えているって通知が回って来ていたような気もする。


 かと言って家に直接攻撃仕掛けてくる様な海賊はいないと思っていたけど、お客さん達は話が別なのは当然か、負傷者が居なければいいんだけど、今回のお客さんは生身の人間が多かったはずだ。心配だな……。


「こりゃ酷い」


「輸送船内で火災が発生中、側面装甲の損傷大、人的被害は無いようです」


 よかった、人的被害は無かったようだ。でも側面装甲が完全に捲れ上がっているな、装甲の溶け具合を見るにエネルギー兵器の弾痕かな、高出力のエネルギー兵器が掠ったってところか、こう言うのが見たくないから両親の仕事を継いだと言うのに、あぁ鼻の奥に焼けた鉄と硝煙の臭いが蘇る。


「……うん、問題は無さそうだね。モジュールを変更、セーフドックモジュールにて接舷後すぐに収容、ミニマルリペアを実施」


「了解、モジュール展開、誘導ビーコン起動」


 通常の接舷モジュールだとこっちも被害受けそうだし、そっと扱わないと怪我したお嬢さんは何時暴れるか分からないからね。泡保護も入れておくとして、最低限の修理は施すのでちゃんと保安局にも連絡入れておかないと、早めに話し通しておかないと最悪救助控除が受けられなくなっちゃう。


 上手く固定できたみたいだけど……ダメだな、スラスターがうまく動いてない。軍港併設なら外部取り付け型のスラスタードローンがいくつも置いてあるんだけど、ここにはそんなものないので、ゴザレスに任せよう。輸送船ぐらいなら大丈夫だろう。


「ゴザレスはもう一働きね」


「もう準備完了だ」


 お願いする前にもう準備をしていたみたいだ。


「収容サポート後、デブリの回収も頼む」


 ロボットボディ用強化外骨格タイプMA-3 F型、フルアーマータイプの機体には武装を同時に展開できる腕が6本、旧式ながら制圧力はずば抜けている。と言っても今はその沢山ある手と高機動用スラスターが輸送船の牽引にマッチしているのだ。


 牽引作業が終わった後は輸送船から洩れたデブリの回収にもそのまま対応できる。軍からの払い下げ品の中でも割と人気のあるタイプだけど、なぜか安く買えたお気に入りの機体は、ゴザレスの巧みな操作で輸送船を接舷コンテナに収めた。


 これで一安心、後はドローンに任せておけばミニマルリペアが完了するだろう。


「輸送船カステラより通信です」


「うん、繋いで」


「了解、繋ぎます」


 どんなお客さんだろう。こんな辺鄙な場所にある旅館を利用する人なんて変わった人が多いんだけど、怖い人じゃないと良いな。


 父さんと母さんから受け継ぐ前の旅館は割と近くに大きな国がいくつかあったから、一般観光客も多かったんだけど、旅館業法の引継ぎ転移クジに外れた時から妙な事になったんだよなぁ……なんだか懐かしくなっちゃった。


「お! 聞こえるか?」


「通信良好」


 受付のウォールディスプレイいっぱいに現れたのはめちゃくちゃ良い笑顔のおじさん、額には玉の汗を浮いているが不快感は無い。あれだけ船体が損傷していたんだ、艦内環境維持装置に不具合が出ていたとしても仕方がないだろう。


 秋桜の流暢だけど平坦な返事に目を細めて笑っている。AI相手にもこんな表情を見せてくれるこの人はすごく良い人だと思う。


「そうか! いやあ助かったぜ! 迅速な収容感謝する。軍港でもなかなかここまで素早い収容はしないぜ! おっと、俺は恒星間輸送船カステラの艦長、甘井あまいだ。よろしくな!」


 甘井艦長の後ろでは荷物と人が飛び回っているが、緊急時の宇宙船内ではよく見る光景だ。僕も昔は荷物と一緒に格納庫を飛び回ったものだ。


 その光景に少し懐かしい気分になりながら、楽しい仕事が始まるのを感じる。第一印象はとても重要、後ろで飛び交う人達は少し不安そうな顔をしているから、先ずは相手をしっかり安心させるところから始めた方がよさそうだ。


「はい、ミニマルリペアが終わるまでもうしばらく艦内で待機していてください。外付けの環境維持装置をすぐ接続しますね。あとは、ようこそ惑星間衛星温泉旅館秋桜へ。当旅館の主人、桜山さくらやま秋也しゅうやが皆様を歓迎いたします」


 準備はたぶん万全、今日も惑星間わくせいかん衛星温泉旅館えいせいおんせんりょかん秋桜あきざくら、全力で営業を開始します。

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