前世が封印した妖狐が俺の嫁になると言い出した

月嶋つばさ

前編

 その狐、人々の不浄をその身に宿し、浄化されず蓄積した後に妖へと転じる。妖狐へと転じた狐は人々から忌み嫌われるも、人間を傷つけまいとして自身の祠に身を隠し続けた。

 そんなある日、妖狐の前に一人の呪術師が現れる。名を『久遠くおん清十郎せいじゅうろう』といい、高い霊力を持った青年だった。

 青年──清十郎と妖狐は会う度に言葉を交わし交流を深めるようになった二人は、やがて互いを『特別な存在』と思うようになっていったそうな。

 だが、それを許せぬ者がいた。二人の仲を知った者が一人現れ、やがて貴族たちの耳に入り、妖狐を祓うよう清十郎に強要しはじめたのだ。

 清十郎が家族を人質に取られたことを知った妖狐は自らを祓うようにと清十郎に己を差し出したが清十郎は聞き入れることは出来ず、封じることで貴族たちを納得させる。それを受け入れた妖狐は清十郎の手により封じられその姿は碧玉へきぎょくに変わったという。

 そして、久遠家は妖狐が封じられたその碧玉を祀り、日々蓄積される不浄を浄化する役目を全うすることとなったのである──。




「──と、言うのが我が久遠家の背負いし宿命なのだ。理解しておろうな?」

「その話、何回目だよ……じいちゃん」

「何度でもするぞ。いいか、誠司せいじよ。お前はこの久遠家に生まれ、その中で最も霊力が強く浄化の力も強いのだ。今その手にある碧玉こそ妖狐が封じられている代物、決して久遠家以外の人間に触れさせたり渡したりしてはならんからな」


 わかったか、と老人は目の前の青年に言った。聞いている方は「はいはい」と適当に流しているがその手にある碧玉を優しく指で撫でている。碧玉と呼ぶには色が濁っている玉は撫でられた指に引っ張られるかのように中の濁りが動いた。


 ここ、久遠家は代々碧玉を護り、この世の不浄を蓄積する碧玉からその不浄を祓う役目を務めている呪術師の家系だ。人ならざるものたちと意思疎通ができる呪術師は稀少な存在であると同時に現代ではあまり知られていない存在でもある。平安時代あたりでは陰陽師がいた時代とも言われているがその陰陽師と同様、時代と共に衰退しているともいっていい存在であった。


「ところでじいちゃん。この碧玉に封じられてる妖狐ってどんな奴なの?」

「聞くところによると絶世の美女とも言える程の美しさをもっている狐だとか。同時にその神通力も強く、退治することは適わなかったらしい」


 へぇ、誠司は短く返事をすると碧玉を両手で下から包むように持ち直しつり目がちな蒼い瞳を閉じて深く呼吸を繰り返す。静まり返る室内、誠司の周りの空気が変化し体内の霊力がゆらりとその身体から溢れ出ると手中の碧玉が内側から淡く光り濁りが消えいく。濁りが消えた碧玉はその名の通りの美しさを取り戻した。


「っはぁ……、最近、碧玉に穢れが溜まるのが早い気がする」

「ああ、お前の言う通り、ここ最近は浄化してもすぐに溜まっておる。それ程に人の欲深い負の感情があるということだな」


 その言葉に誠司はふと碧玉の中にいる狐がどうしているのかも気になった。小さい頃、何も知らされず言われるがまま玩具のように触っていたこの碧玉が自分の家にとって重要なものとは当然知らずにいたのだが、子供ながらに『何かいる』ことだけは理解していたのだ。両親は勿論、祖父母に聞いても「封じられている妖狐がどうなっているのかはわからない」という回答のみ。聞いても意味のないことだと諦めたが青年期になった今、やはり興味が出てきたのであった。


「……封じられたならさ。これを解くこともできるんじゃないの」

「何を馬鹿なことを言っておる! 絶対解いてはならんぞ、誠司!」

「だって人間の都合で妖狐になったんじゃん。要するに、身体の中の穢れがなくなれば妖狐は妖狐じゃなくなるってことだろ?」


 誠司は至って真面目に言っている。事実、妖狐は妖狐ではなかったのだからその原因を取り除いてやればいい。だが、それは久遠家が一度も試みたことがないわけではなく『試したが封じた清十郎ですら成すことは叶わなかったことを我々ができるのだろうか』と思ってしまった故に誰も挑まなかったのだ。


(誠司の言うことは最も……。だが、代々の当主が皆これは出来ないと諦めてからは誰も試みたことはない。しかし……、誠司なら、もしかしなくとも……)


 祖父は誠司をじっと見つめる。誠司の霊力なら先代たちが諦めてしまった妖狐の身体に染み付いた穢れを浄化し、本来の姿に戻せるのではないかと。力のコントロールの修行をしなくともやり方を教えただけで浄化の責務を苦もなくこなしている誠司ならば不可能を可能にする……、そう思わずにはいられなかった。が、同時に封印から開放された妖狐が果たして人間に心を開いてくれるかもわからない。恨みつらみで復讐しようと襲ってくる可能性も否定できないことから祖父は首を左右に振ってだめだと伝えた。


「……もしものリスクが高過ぎる。長い時をこの碧玉の中で生き続けた妖狐が我々人間に対して復讐心を持っていないともかぎらん。その時、妖狐を祓える呪術師がおらぬ今、どうなるか想像はつくだろう」

「……それはそうかもだけど」

「お前の今の力では難しかろう。妖狐を救いたい、その気持ちは理解するが封印を解くことを許すことはできん」


 鋭い眼差しで誠司を見据える祖父に気圧された誠司は少し間を置いてからわかったと頷く。美しく輝く碧玉を祠に戻し、扉を閉めながら誠司は思った。


(今の俺では難しい、けど、それなりに力がついてくれば可能……て、じいちゃんは判断してくれた、のか……?)




 その夜、誠司は家族で食事を済ませて順番に風呂に入り自室でのんびりと過ごしていた。翌日は休みということもあり多少の夜更かしも大丈夫である。1人で流行りのオープンワールド系ゲームをしながらふと考えた。


(妖狐ってどんな姿してるんだろ。やっぱ狐? それともこのキャラみたいに耳と尻尾があるのかな)


 画面に映る狐の耳と尻尾を持った種族のキャラクターを見ながらぼんやりと誠司は脳内で想像してみる。妖艶系か、カッコイイ系か……自分としてはどんな姿でも変わらないと思うが接するにあたりその辺は気になるものだ。


「ん〜……っ、幕間終わった〜。寝ようかな」


 進めていたストーリーに区切りがついて誠司はコントローラーを置いて背伸びをした。机の上の電子時計が表示している時刻は深夜2時、もう少し起きていてもいいがなんとなく体が眠さを訴えているようにも感じる。おそらく今日浄化した穢れが思っていたより多かったのだろう、いつもより多めに力を使ったことで霊力が回復を求めているような気がしたのだ。

 パソコンの電源を切って布団に潜り込む。


(祓っても祓ってもなくならない妖狐の穢れ……、碧玉であれなら狐本体はどうなってるんだろ)


 そう思いながら誠司は瞼を下ろす。眠りは直ぐに訪れ誠司の意識は睡眠へと誘われて行ったのだった。




***




『清十郎様、今日も来ましたの?』


 明るい女の声がする。言葉とは裏腹に嬉しそうな声色、閉じていた瞼を上げるとそこには長い銀髪の美しい女がいた。しかし、人とは違うその姿。頭には耳があり体の下の方には柔らかそうなしっぽがある。気配が人ならざるもの、強い神通力を感じた。


『清十郎様? わたくしの顔になにか』

『……いや、なんでも。君の方は大丈夫だろうか』


 そう言って女の頬を撫でる。こちらに向けられた金色の瞳が細められ、白雪のような肌は紅潮し愛おしそうに頬を掌に擦り寄せた。


『貴方様がこうして私の身を案じてくれるだけで、十分です』

『何を言っているんだい。君の身に募る穢れは増していく一方、私が何度も浄化しているというのにそれを上回る勢いで君を蝕んでいく。呪術師が聞いて呆れるくらいだ』


 男の声が心底悔しそうに言葉を紡ぐ。女はそんな男に対して微笑みながら片手を伸ばし頬に触れた。


『いいえ、清十郎様。そのお気遣いがあるからこそ、私はまだ正気を保てているのです。でなければきっと、私は今頃、傷つけたくないと思っていた人間を襲い、憎み、惨殺しておりますわ』


 その言葉には妙な説得力があった。瞳に宿った悲しみに近いもの。女の神通力が完全な妖力へと変わってしまったのなら、有り得る話だ。男は両眼を伏せて額を女の額へ寄せて口を開く。


『すまない。私に君を救える力がもっとあれば……』

『大丈夫です。他の誰でもない、貴方様に封じられるのであれば……。私はこの身が縛られることになっても構いません』

『……ッ、必ず君を元の姿に戻してみせる。それまで待っていて欲しい。何年かかろうと、君を必ず救ってみせるから』


 男の言葉に女は嬉しそうに笑った。目尻には一筋の涙が零れて女の体は男の傍から離れる。


『その時をお待ちしております。この世界の時が何年経とうとも、私は貴方様のその言葉を信じて──』

『──ッ!』


 光が女を包むと同時に男の叫びが聞こえた。だが、なんと言ったか聞こえない。聞こえたのは女の声だけだった。


『さようなら、愛しい人。いつかまた、私と出会ってくださいましね』




 バサッと勢いよく飛び起きた。秋だと言うのに何故か全身汗まみれになっている。誠司は肩で浅く呼吸をして額を覆った。


(なんだ、今の……。夢にしてはリアル過ぎて……っ)


 混乱する頭でなんとか情報整理をしようとしたが脳裏には思い出せるものがなかった。けれど、体が自然と動いてベッドから降りると躊躇いもなく祠へと足が向かっていく。理由はわからない、けれど、そうしなくてはいけないような気がしてならなかった。


(なんだろう、胸がざわつく。でも、今すぐそうしろって心が叫んでるみたいだ……っ)


 祠へ辿り着いて祀られている碧玉を手に取る。誠司は碧玉を見つめて息を整えながら考えた。


「あれは……、妖狐の記憶……、なのか?」


 それとも俺の、と思うが自分はれっきとした現代の人間だ。わからない、しかし、突き動かされる何かが誠司にはあった。碧玉を額に当てて誠司は呟く。


「……教えてくれ。俺は、何をしたらいい?」


 ふと、なにか聞こえた。誠司は辺りを見渡すが何もいない。居るのは自分と碧玉だけ。困惑したままの誠司は落ち着こうとして両眼を伏せた。すると脳裏に、言葉が聞こえてくる。


「……、……。わ、れ、久遠の、名に……おいて……」


 誠司は脳裏に聞こえる言葉をそのまま口にし持っていた碧玉を置き手は誠司の意識とは別に自然と印を結んでいる。ざわり、と周りの空気が一変し外の異変に気付いたのか祖父だけでなく両親や兄が家から出てくると誠司の居る祠までやって来た。

 目にした誠司がいつもと違うことに気が付いた父が近付こうとしたがパシッという音と静電気に近いものが指に走る。


「ッ、これは……ッ」

「今の、結界……。誠司が無意識に結界を張ってるんだ……!」

「今までこんなこと……。誠司、返事をして、誠司!」


 母の声が届いていないのか誠司は振り返らない。その間も誠司は印を結びながら何やら言葉を呟いている。その様子に祖父は昨日の誠司とのやり取りを思い出す。


「まさか、碧玉の封印を解こうとしているのか……?!」

「そんなことをしたら、どうなるか……!」

「ッ、大丈夫だろ」


 祖父と父の会話に兄がそう言った。


「誠司なら、解き放たれた妖狐を抑えられるはずだ」


 何故か確信しているような言葉に3人は困惑するばかりだ。そして遂に──。


「……誓いをここに。汝の封を、我が力を持って解き放とう──」


 誠司は蒼い瞳で碧玉を見据え、その名を口にした。


「──目覚めろ、天月あまつき!!」


 刹那、碧玉が割れる音が響き、放たれた力が空間を揺るがす。光と共に強い風が誠司の体を吹き飛ばしたが誠司の体を兄が受け止めた。眩い光に目を開けられずにいたが漸くその光がおさまり4人は視線を光の元へと向ける。そこにいたのは狐の耳としっぽを持ち、長い銀髪を下ろした女がいた。

 途端、誠司の心臓が大きな音を立てる。


(俺は……、知ってる、あの姿を……知ってる……?)


 女が髪を揺らしてこちらに振り返る。金色の瞳が4人を捉えて離さない。息を飲むほどに美しい女の姿をした狐、着物の裾を揺らしじっと見つめてくる。彼女の視線が誠司に一点集中され、暫しの沈黙が続いた。が、沈黙を破ったのは女の方だった。


「……じ、……ぅ、さま……?」

「……え?」

「……ッ、清十郎様〜〜っっ!!」


 一瞬だった。本当に一瞬だった。

 女は『清十郎』と言いながら一瞬で距離を詰めて誠司に飛びついたのだ。誠司を支えていた兄はその勢いをなんとか堪えながら抱きつかれた誠司を受け止め続ける。女は物凄い勢いで誠司に擦り付きその光景に祖父と両眼は目をぱちくりさせているではないか。


「は? な、清十郎……?!」

「清十郎様、清十郎様! お会いしとうございました清十郎様……っ」

「だから清十郎って……っ」

「この天月、ずっとお待ちしておりました! 例えこの身が妖のままだとしても貴方様が必ず来て下さると──」


 女の目が誠司に真っ直ぐ向けられる。どきり、と誠司は胸うつが女は黙り込んだ。漸く目の前にいるのが『清十郎』ではないことに気が付いたらしい。


「……落ち着いたかよ?」


 誠司がそう言うと女はそっと誠司から体を離し顔を真っ赤にして顔を覆った。


「ご、ごめんなさい! 貴方が清十郎様とあまりにも似ていたものだから私ったらつい勢いで……ッ」

「あ、うん、そう……。わかったなら、いいや」


 誠司は頬をかきながらそう言う。女はぷるぷると震えながら未だに顔を覆っているが。兄が後ろでぼそりと「まあ、間違えるのも無理ないわな」と呟いていたので誠司は首を傾げる。


「清十郎、というと『久遠清十郎』のことで間違いないかな」

「え、ええ、そうです……」

「うむ、であれば……。ここは久遠家で間違いない。我々は『久遠清十郎』の生家、呪術師・久遠家の血族。私、一誠いっせいと娘の清蘭せいら、孫の誠也せいやと誠司は清十郎の弟である清次郎せいじろうの末孫になる」


 祖父・一誠がそう説明すると女は顔を上げて目をまん丸にしていた。余程驚いたのか次の瞬間には口を少し開いてぽかんとしている。


「せ、清次郎様の……。つまり、その、清十郎様は……私を封じた後、ご結婚されなかったの?」

「家系図にはなにも」

「ぅ、うそ、だって……、あの時、清十郎様は最上家の娘に……」


 そこまで言って女は口を閉じる。なんでもないと首を振ると一誠に向き直り視線を正した。先程まであれほど取り乱していたというのにその雰囲気を覆すような彼女の様子に自然と背筋が伸びる感じがする。


「すみません、取り乱して自己紹介が遅れました。私、天月と申します。妖狐として清十郎様に封印されておりました。此度は封印を解いてくださりありがとうございました」


 礼儀正しく礼を述べる妖狐・天月。ただの偶然なのだが……、とは天月のことを考えて誰も言えずにいた。誠司は誠也から離れて天月を見つめる。


(記憶にないのに、どこか懐かしさを感じる……)


 妖狐と呼ぶには相応しくない程の神通力で妖力は一切感じることはなく、凛とした佇まいはどう見ても天狐そのものだ。しかし彼女の中にあるものだけは確実に妖狐であることを主張していた。


「……あんた、その穢れだらけの体で良く正気を保ってられるな」

「……! 貴方には見えるのですね。私の中にある浄化し切れていないこの世の不浄が」

「俺にも見えてるよ、天月様。浄化の力は誠司の方があるけどな」


 にこっと笑う誠也に天月はきょとんとした。そしてまた、今度は耳をピンと立たせて口をぱくぱくさせているではないか。


 忙しい御仁である。


「あ、ああああっ、貴方、まさか、清次郎様……っ!?」

「あはは〜、何を言ってるんだか。そこまで似てるってことは俺と誠司は清十郎と清次郎の生まれ変わりみたいなもんかな?」

「まあ、魂は生まれ変わるっていうし……。有り得なくはないんだろうけど……」


 生まれ変わり、と呟く天月。このまま外にいても風邪をひくだろうということで全員で家の中へと入る。広い居間には中で待っていた祖母・琴乃ことのがおり、テーブルには既に朝食の準備が整っていた。

 琴乃が5人だけでなく天月もやって来ると「あらあらまあ」と驚いている。


「これはまた、えらい別嬪さんだこと」

「琴乃ばあちゃん、この人、封印されてたお狐様だよ」

「そうなの。ようこそ、久遠家へ。さあさ、お座りなさい。すぐに用意するからね」


 そう言って当たり前のように天月を受け入れて座らせるとすぐに天月の分の食事を用意する琴乃に母である清蘭が手伝いに行く。天月はされるがまま座ると少し困惑したような顔をしていた。


(あ、当たり前のように家に入れてもらって、更にはおもてなしされてしまっているわ!? 未だに封印が解かれたことにすら動揺していたというのに……!)

「うちのばあちゃん、来るもの拒まずだから気にしなくていいよ」


 誠司が隣でそう言いながらお茶を天月の前に置いた。天月はそうなの、と呟いているうちに目の前には天月の分の茶碗や箸などが並べられていく。そうして当然のように家族全員で「いただきます」と言って食事をはじめる光景に天月は困惑を隠せずにいた。が、自分のために用意された食事を無下にするような天月ではない。倣うように「いただきます」と言って白米を口にし咀嚼する。と、天月はぱぁっと表情を明るくさせた。


「……美味しい」

「良かった。お狐様は昔から良いものを口にされてたと思うからどうかなと心配だったのよ」

「い、いえ、そんなことは……。妖狐となってからは人間たちには疎まれてきましたので……」


 そう言うと天月は黙り込んでしまった。そんな様子に一同なんと言えばいいかわからずにいると隣の誠司は箸を進めながらこう言った。


「別にお前が悪いわけじゃないだろ。そうさせたのは人間であって、お前自身がそうなりたかったわけじゃない。何もしていないお前が、妖狐だからって理由で疎まれるのが俺にはわかんない」

「……!」


 天月はその言葉に瞳を丸くさせる。


『君がなりたくてなったわけではないというのに』


「だから俺はお前を疎むことはしないし距離を置くこともしない」


『どうか気にしないで欲しい。私は君と話がしたいんだ』


「どうしても気になるって言うなら俺がお前の傍にいてその穢れを浄化してやるよ。……俺じゃ頼りないかもしれないけど」

『私では力不足かもしれないが、少しでも君の助けになれるように努めるよ』


 かつてあった日、天月が清十郎に言われた言葉と今ここにいる誠司の言葉が被る。天月は箸を置いて袖を口許に当てながらなにやらもじもじとし始めた。そんの様子に一同は首を傾げて見つめている。そして──。


「……そ、そんなことは、ありません。その、こんな私でも、誠司様は、傍に居てくださるのですか……?」

「……? そりゃそうだろ。俺がそうしたいって言ってるんだから」


 誠司がそう言ったことで天月は両手で頬を抑えてしどろもどろ。誠司は何やってるんだ、と見ていたが誠也は必死に堪えている。両親は誰に似たのかとお互いを盗み見ており一誠は何も言わずに黙って箸を進めている。ただ1人、琴乃だけは違っていた。


「ふふ、誠司は優しいねえ。昔の一誠さんにそっくり」

「そうだったか?」

「へぇ、じいちゃんがねぇ……?」

「誠也なんだその顔は」


 別に〜、と笑う誠也。一誠はそんな態度の孫に「もう知らん」と言って湯のみに口をつけていた。

 天月は暫く誠司を見つめたままでいたが当の本人何も気に来ることなく食事を続けている。


(見目が似ているだけで口調も声も、清十郎様とは全く異なるのに、何故か奥底に清十郎様を感じる。魂が同じ……なのかしら? それを言うのなら誠也様だって……、いえ、あの方はどちらかと言えば清次郎様の気配を感じ──)


 考え込んでいる天月が視線を誠也に向けると視線が交わった。途端、誠也はにっこりと笑って口を動かしてみせる。


(あ・と・で・ね)

「ッ!?」


 天月はギョッとして耳をピンと立てた。誠也は何事もなかったかのようにお茶をすすっているが。


(や、やはり私の知っている清次郎様とは異なるような……?)

「で、天月は結局どうしたいんだよ」

「へ?!」


 唐突に話を振られた天月は驚いてしっぽまで立ててしまう。誠司はそこまで驚くか、という顔をしていた。


「わ、私は……その。勿論、許されるのでしたらお傍に居たいです」

「別に構わないって」

「それに、封印を解いて頂いたお礼もしたく……」


 お礼とは、と誠司は天月を見ているが他の面々は耳だけを傾けている。天月はまたもじもじとしていたが意を決したようにじっと誠司を見た。


「誠司様」

「うん?」

「私、貴方様の妻になります!」


 誠也と琴乃以外の全員が、同時にお茶を吹き出したのだった。






【前世が封印した妖狐が俺の嫁になると言い出した・前編】

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