「原始、女性は太陽であった」
囚人番号774番が、ここでの私の名前で、死ぬときまで、抱える数字だった。
何度も出入りしている囚人仲間に聞くと、太陽系の中の宇宙空間に設けられた監獄ごとに番号をつけており、ここは入所した順につけている、ということだった。つまり、私は774番目に、ここに入所した囚人だということだ。
私の記憶が正しければ、私は違法地球外生物の売買でここ収監されている。
刑期は30年。入って15年目のときに、囚人仲間から木星のドンと呼ばれるようになった。
それから2年が経つので、私の刑期はあと13年だ。そんなときに持ちかけられた脱獄計画は、刺激に飢えていた私にとって、ちょっとしたアソビだった。
「アンタは間もなく、別の収容所に送られることになる。チャンスはその時だ」
「なんでそんな事がわかる。牢屋に入れられてから、18年でも経つと成人式でも祝うところでもあるのか」
「いいか、ジュピターさん。オレがちっせぇ稼ぎでここにブチ込まれるたびに気づいたことがある」
ジュピターは私のアダ名でバカにされているなと思いつつ、それを受け入れ、囚人番号4879番、マーキュリーの話に耳を傾けた。
「太陽系内に設けられた宙域監獄は、どこも脱獄が不可能だと思われている。そのおかげで、どこの牢屋も看守の数より、圧倒的に囚人の数が多い。こういう状況でアイツらが警戒するのは、囚人が結託して、看守どもに反旗を翻すことだ」
「今の私たちのようにな」
「そう。だから、囚人が互いに関われないようにすればいいんだが、地球の人権団体のおかげで、こうして中庭で互いに交流させなきゃならん。そういう中で看守どもが考えたのが、囚人、とくに刑期の長いヤツを頻繁に移動させることで、計画を立案できないようにする収容方法さ」
「なんで刑期が長いヤツが対象なんだ」
「10年で出られるようなヤツは良い子ぶっていればいいからな」
マーキュリーの計画は移監に使われる小型宇宙船を奪って、木星のすぐ近くにあるコロニーに逃げ込むというものだった。
実行当日。ことは問題なく進み、他の囚人の協力もあって、私とマーキュリーら脱獄することが出来た。
しかし、問題があった。
「クソッ、アンタ、小型船の操縦免許は持ってねえよな」
「あたりまえだ。30年、ブチ込まれる予定だったんだから、取ってもねぇし、そもそも憶えてすらいねぇ」
看守が脱獄防止に用意した策は、囚人の移動だけではなかった。宇宙船の操縦を自動化させるのではなく、非常に煩雑な手順にすることで、囚人には運転出来ないようにする方法だった。
宇宙船は制御を失い、いまだ分類されていない未知の小惑星に墜ちた。もっとも、ここが未知の惑星だと知ったのは、先住民が教えてくれたからだ。
「ジュピターさんよ、どうやら脱獄はできたが、地球連邦ですら知らないところに、ついちまったらしい。宇宙船の情報を信じるなら、ここは宇宙服無しで呼吸できるらしい。」
私とマーキュリーは、ここがどんな場所かを知るために、宇宙船の外へ出て、探索をはじめた。
30分。歩いてみると、ここには動植物がどれも豊富に住んでいることがわかった。
「マーキュリー、こいつは食えそうだ」
「ああ、こっちも水をついさっき見つけた。こんなに住みやすい星なのに、植民者がいないのは不思議だが、次の計画を練るのに、十分な環境だ」
マーキュリーと今後のことを話していると、何かの影が見えた。
「おい、今のは何だ」
「どこだ」
「あそこだ。ヤシの木モドキの下だ」
ヤシの木に似た植物の下に、何かが、2本足で立っている。人間だ。植民者だろうか。
「やりましたよ、こいつぁ。この星から思った以上に早く出られそうだ。おーい、あんた、コロニアンか、すまねぇが宇宙船が壊れちまって、ここから出られねぇ。たすけてくれねぇか」
人影はゆっくりとこちらへ近づいてきた。人間だ。少なくとも襲われる心配は無さそうな女だった。
「あら、ひさしぶりにお客さまが来てくださったわ。ようこそ、ムーンへ」
「ムーン? ここは月だって言うのか」
「いいえ、月ではないの。ここはムーンよ」
ブロンド髪に桃色の肌をした女はそう言った。マーキュリーがこちらを見ている。たしかにそうだ。こいつは、ちとばかし不穏なニオイがする。こういう場合、犯罪者のカンというのは、信頼できるものだ。
マーキュリーがサグリをいれた。
「あんた、ここで何してる。てか、どこから来た。肌の色を見るに火星から来たって感じがするが」
「わたしはイブ。この楽園ムーンを管理してるの。わたしはあなたたちが来る前からずっとここにいるの」
イブはそう言うと、空を見上げた。私とマーキュリーも、それにつられて空を見上げた。
遠くに小さいながらも私たちが脱獄してきた牢獄があった。しかし、太陽は見えなかった。私は訊ねた。
「おい、イブさんよ、太陽はどこだ。こんなに昼間のごとく明るいんだ。どこにあるんだ」
イブが指さす方向を見る。太陽は無かった。
「あら、いけない。そろそろ、おうちへ帰らなくちゃ。ゲッシンがくるわ」
「ゲッシン?」
マーキュリーが繰り返した。
「あなたたちも、わたしのところへ来るのかしら」
マーキュリーと顔を見合わせた。ここは従うしかないだろう。
「では、寄らせてもらおう」
イブを先導に少し距離を開けて、その後ろを私たちは歩いた。
「なあ、あの女はどこか、ヘンだ。ヤクでもキメてんじゃねぇか」
「それよりもゲッシンが気になる。ゲッシンってなんだ」
「あのアマの妄想じゃねぇかな」
イブが立ち止まる。
「ここよ」
「どこだ。何も無いが」
「この下にあるのよ」
イブが土にかくれていたトビラを開ける。はしごを使って降りると、核シェルターのごとく気密性の高いドアを通り、気圧調節室に入る。マーキュリーが疑問に思い、聞いた。
「なあ、なんで気圧調節室がいる。しかも、なんで地下に家をつくる必要がある」
「ゲッシンがあるからよ」
「ゲッシンってのは何なんだ」
「ここはかみさまの楽園だから、かみさまが選んだ生命しかここには住めないの。それがゲッシン。あなたはどうかしら」
「月神ってわけか」
マーキュリーが納得のいった素振りをみせる。
気圧調節室を通ると、山程の食べ物とみられるモノと、半年は持つであろう水の入ったタンクがあった。
「今日はここで泊まっていくといいわ」
イブはそう言うと、三叉にわかれた通路の一番右を指さした。
「なあ、木星のだんな。この女は、何かヤバい匂いがする。命に関わる匂いじゃあない。ここからの運命を分ける匂いだ」
「おまえは船に戻るつもりか」
「ああ、少なくとも一夜を過ごすことは出来るだろう。アンタも来るか」
イブの方を見る。貼り付いた笑顔でこちらをじっと見ている。
「わたしはここに残る。ヤツの狙いが知りたい」
「わかった。用心してくれよ」
マーキュリーがそう言うと、イブに言った。
「イブさんよ、わりぃが、オレはここじゃ寝られねぇ。休めもしねぇ。長旅で疲れているんだが、眠り慣れた宇宙船で、ちっとばかし、休ませてもらう」
「いいわ」
イブはそう言うと、マーキュリーを出口へ案内した。
イブがいない間、部屋を物色することにした。
たくさんの食料と思わしきモノに埋もれて分からなかったが、本棚がある。イブが本棚として使っているかは分からないが。
《月震について》
そう書かれた手帳を開く。
『航海日誌 〈判読不可〉』
あいつは、ここの神だ。やっとそれがわかったときには、手遅れだった。
ゲッシンは2から3週間そこらでくる。自然の選択だ。ある時は自転が1日30分になるほど早まり、ある時は重力が弱まって、酸素が無くなっちまう。
イブは、アダムという男を求めている。
この楽園で、生命を生み出し、知恵の実を食ってくれるヤツを、ずっと待っている
だが、オレはアダムじゃない。もし、ここに逃げてきたやつがいるなら、すぐにここを出ろ。あの女はヘビのようにそそのかしてくる。
ずっと一緒にいようって。
手帳から顔を上げる。
イブが笑って立っていた。
次の更新予定
2025年1月5日 18:00
短編集 カンザキリコ @kanzakiriko
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