短編集
カンザキリコ
「ただいま」
南極に設けられた研究施設は、人類がはじめての地球外物体を、あつかうのに非常に適していた。
世界各国が騒然としたニュースは、日本人観光客が、空から落ちてくるソレを見たことに始まる。
当初、スペースデブリとみられていた物体は、地球の大気圏を原型をとどめたまま、南極のぶあつい氷の上へ落ちた。おかげで、千葉県と同じ面積を持つ氷河が海に剥がれ落ちたが、物体は、ほぼ原型を保っていた。
落下地点からニキロメートルの位置に設けられた研究施設でアランは、その物体の正体を判明させようとしていた。
「なぁ、デイブ、こいつはアンテナと見ていいんだよな」
技術専門班としてカナダからやってきたアランは、同郷のデイブに確認をもとめた。
「アンテナじゃなくて、ヨットのような、帆かもしれんぞ」
「だとしたら、小さすぎるし、何よりこんなに硬そうな材質のものを利用する意図が、分からない。アンテナだ。ひとまず、そうしよう」
技術専門班として、アランたちは、地球との衝突で片側だけを原型をとどめている物体が、どういう構造を持っているのか、第一次調査隊が撮影してきた写真をもとに分析していた。
「アラン、ここにあるものが何かわかるか?」
デイブが地面にめり込んでいる部分を写した一枚を見せた。
「どれだ」
「こいつだ、さっきの帆の下」
「アンテナだ。たしかに何かあるな。金属光沢で反射しているせいで、よく分からないな」
「他にここを写したものがないか、探そう」
デイブとアランは、E−05とされた画角の、他の写真を漁り始めた。
「あったぞ」とアランは言った。
「こいつは……なんだ……」
「プロジェクトリーダーに報告する」
アランがプロジェクトリーダーに電話を入れているあいだも、デイブは、ブツブツと、つぶやきながら、写真の中にうつる、黄金色のパーツについて、考えていた。
「なあ、アラン。こいつは……」
「ええ、もう一度調査隊に確認してきてほしい部分が……ええ……分かってます……」
「おい、アラン。こいつの正体がわかったぞ」
電話を切り上げたアランが、デイブが見つめる写真をのぞきこんだ。
「こいつの正体が、なんだって」
「ボイジャーだ。こいつの正体は、ボイジャーだ」
「なんだって」
アランはデイブが下した判断を、疑っていた。なぜなら、宇宙において、ボイジャーという言葉が、指すものはただひとつ。
「こいつは、地球外物体じゃなくて、地球が、おれらが、宇宙にとばした、あのボイジャーだっていうのか」
「ゴールデンレコードさ、アラン」
とデイブは落ち着きながら言った。
「こいつは、まちがいなく、ゴールデンレコードだ。おれらの親たちが、宇宙へ行かせた、あのボイジャーについてるそれさ」
「デイブ、よく考えろ。ボイジャーはまだ太陽系の外へだって、行っていない。いちばん近い恒星へ行くのにだって、四万年はかかるんだ。なのに、なぜ、そいつが帰ってきたっていうんだ」
「分からん。けれど、この黄金色の円盤は、まちがいなく、ゴールデンレコードだ。あいつが大切に抱えていった、それだ」
「わからなくなった」
アランの通信機にコールがはいる。相手はプロジェクトリーダーだった。
「アラン、先ほどの話だが、別の分析チームからも、再調査の依頼が出た。なんでも、われわれ人類が送り出した、ボイジャー探査機じゃないか、ということだ。この報告を持って、第二次調査隊をボイジャーもどきのところへ、出発させる。君のチームも行くか」
デイブは、アランの目を見て、うなずいた。
「ええ、行きます。技術からは私とデイブが行きます」
「分かった。五十分後に出発だ。ゲートで合流してくれ」
アランはデイブと出発の準備を整え、合流場所であるゲートへ向かった。
ゲートには、他の分析班から志願した研究員が集まりつつあった。
「なあ、デイブ、あいつの正体は、本当にボイジャーか」
「でなきゃ、説明がつかない。ついさっき、他の研究員とも話したが、やはり、ボイジャーで間違いないそうだ」
「おかえり、とは言えないな」
アランは少し笑って言った。
プロジェクトリーダーが、数分後、ゲートに来た。各研究員に注意事項を伝えると、アランたちは、ボイジャーもどきを目指して、モービルで移動し始めた。
四十分後、ソレのもとにたどりついた。
そこには、ボイジャーがあった。
ゴールデンレコードを写した撮影ポイントに向かう
そこにもボイジャーがあった。半分に割れているが、たしかにゴールデンレコードだった。
他の研究員も疑念が確信へと変わり、やがては疑問を抱き始めた。
なぜ、帰ってきたのか。
この問題は、研究施設に戻った後、他の研究員にもこの事実が伝えられ、アランたちは、この問題に答えを出す必要が求められた。
自分たちの研究室に戻ったアランとデイブは、互いに意見を出し合った。
「つまり、デイブ、きみの言うことをまとめると、宇宙を一周したっていうのかい」
「そうだ、もちろん、おれだって、自分が何を言っているのかは、分かっている。一周したっていうのが、どれだけバカなことを、言っているのかは、分かってる。でも、そうとしか考えられないんだ」
デイブはそう言うと、深くため息をついた。
アランも、デイブが頭の中が混乱しかかっていることを、感じ取りはじめていた。
「デイブ、ぼくのかんがえだと、そうじゃない。ぼくが思うに、これはもうひとつの地球から、やってきたんだ」
「どういうことだ」
「他にも宇宙があって、そこは、ぼくたちに似た人たちがいる。その人たちも、地球外知的生命体をさがして、ボイジャーをとばしたんだ。でも、ぼくらの世界と進む方向が数ミリぐらい、ズレていたんだ」
「それで」
「どこか、別の宇宙にいけるポイントを通って、地球に向かって飛んできたんだ」
「めちゃくちゃだな」
「でも、無いとは言えないだろ」
アランは回収した半分になったゴールデンレコードを持って、机の上に置いた。
「デイブ、ここだ。さっきも確認したが、ここがその根拠だ」
デイブが机に近づき、アランが示す箇所を見る。
「ここは、さっきも言ったが、落下した時に出来たキズだと、確認しただろ」
「でも、もともとこのレコードに刻まれていないと、こうはならないことも確認したじゃないか」
「いや、一周してボイジャーは帰ってきた。これだ、これしかない」
「きみは、その考えで立論してくれ。ぼくは、ぼくだけの考えで報告書を書く」
アランとデイブは二人ともそれぞれの考えで、報告書を書き上げ、プロジェクトリーダーに提出した。
今、あなたの前に、ふたつの報告書がある。
ひとつは、宇宙を一周して、地球へとボイジャーが戻ってきたとする報告書。
もうひとつは、宇宙に別の宇宙へと行けるポイントがあり、別の宇宙の地球からやってきたとする報告書だ。
あなたの宇宙では、ボイジャーはどこにいるだろうか。
短編集 カンザキリコ @kanzakiriko
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