第4話 我が世界の半分を占める君
パンケーキを食べ終わると、俺たちはマスターが運んできたお茶を飲みながら、第二ラウンドの会話を始めた。
今度は雑談ではなく、作品についての真面目な話だ。
意見がぶつかることは多いけど、俺はこういう会話が嫌いじゃない。
前のめりになり、いつもの癖で髪を後ろにかき上げ、真剣な表情を浮かべるシオリを見ていると、俺もつい姿勢を正し、彼女の質問や提案に真摯に向き合う。
シオリは演算やビッグデータから得られた結論を語り、ターゲット層やブランド展開について分析していく。一方、俺は自分の主張を押し通そうとし、アートとしての価値を強調する。こうして意見を交わし続け、最終的にはお互いが納得できる妥協点を見つけるのだ。
満足はしていないけど、納得はできる。
そんな、バランスの取れた結論。
気づけば、ポットのお茶は何度もおかわりされ、太陽はゆっくりと沈んでいく。街を行き交う人々の影が、長く伸びていた。
「——ふう。」
シオリが一息つき、メガネを押し上げた。
「まあ、作品の大筋はこれでいいんじゃないかな。あとは、しっかり修正してね、オサム。」
「だね。まあ、時間も遅いし、そろそろ解散かな。」
手元の機械式時計を見ながら言うと、シオリがじっと俺の方を見つめていることに気づいた。
「……相変わらず、その古い時計を使ってるのね。もっとメンテナンスが簡単で、多機能なAIデバイスもあるのに。それに、自動運転の車もあまり好きじゃないでしょう?今回も歩いてきたみたいだし。行きつけの理髪店も、クラシックな床屋さんで、ちゃんと手でカットするところ。ここだって、代々受け継がれた、手作りの料理が売りの店だから選んだんじゃない?」
「まあね。よく見てるな、君。」
「……このくらい普通よ。だって、あなたが私の担当作家なんだから。」
「そうか?まあ、とにかく、俺はAIデバイスがちょっと苦手でね。時間を見るくらいなら、こういう機械式の時計で十分なんだ。」
「そう。」
「うん。なんていうか、ああいうデバイスって、安心できないんだよね。分かってるよ、今となっちゃこういう機械装置の方が、最新技術を使ったデバイスよりも維持費が高くつくのは。でもさ、こういう伝統的なものの方が、なんかホッとするんだよな。ずっと監視されてるみたいな感覚もないし、情報を収集されたり、行動を把握されたりっていうのも嫌でさ。」
「……そう。」
「伝統的なものとか、手作りのものとか、自然なものの方が、俺には馴染みがあるんだよ。ほら、俺の実家もどっちかって言うと保守的だったろ?独立はしたけど、その伝統的な考え方を少しは受け継いでるんだと思う。」
「そう……なのね。」
シオリは少し俯き、長い髪がその顔を覆うように垂れた。俺は後頭部を掻きながら、思わず深く息を吸い込む。
「でもさ、最近は非伝統的で、最高性能で、全く新しいものも悪くないかなって思うようになってきた。なんていうか、長く一緒にいると、だんだん好きになってくるっていうかさ。」
「え」
シオリは顔を上げて、目を大きく見開いた。今度は逃げずに、俺は勇気を出してその視線を正面から受け止めることにした。彼女の瞳はまるでサファイアのように美しい。しかしよく見ると、瞳孔にはシャッターのような構造があるのが分かる。そのシャッターが最大に開かれた瞳の中、澄んだ反射の中に俺自身の姿が映っていた。
きっと、シオリが俺の目を見たなら、そこにいるのも全部彼女なんだろう。
これまでの付き合いの中で初めて、シオリが視線をそらした。白い肌に薄い紅が差している。ああ、シオリにもそんな機能があるんだなと、不適切にもそんなことを思ってしまった。
「……うるさい。ダメ作家のくせに。」
「おいおい、酷すぎるだろ。俺はただ正直に自分の気持ちを言っただけだぞ。」
「うん。知っている。」
振り返ったシオリは笑んでいた。だけど、いつもの控えめな微笑みじゃない。まるでひまわりのように、満開の笑顔だった。
「あなたのこと、私は全部分かってるから。」
反応する間もなく、シオリに手首を掴まれた。彼女は俺を引っ張り、店のドアを押し開けて夜の街へと踏み出す。笑顔のシオリは、今の俺の目にはまるで輝いて見えた。
「行こう、オサム。」
「ああ。」
店を出る時、俺は一度ショーウィンドウを振り返った。
鏡のように磨き上げられたガラスに映る自分の姿は、今や笑みを浮かべている。
人ならざる君と 浜彦 @Hamahiko
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