第3話 甘い君

「は?急にどうした?だから言ってるだろ、それは男のロマンだって……」


「くだらないこと言わないで。真面目に答えて。」


 彼女の少し不安げで揺れている瞳を見つめながら、俺は思わず真剣に考え始めた。


「——いや。別に。」


「そう。」


「うん。結局、俺は一人と長く寄り添い合って、支え合う関係に憧れてるし、そういう物語の方が好きなんだ。そう考えると、なんで自分があんな話を書こうと思ったのか……流行を追うことばかり考えて、自分の気持ちを全然考えてなかったみたいだな。」


「ん。それを分かってくれればいいわ。」


 シオリは再びフォークを手に取り、皿のパスタを巻き取る。なぜだろう、彼女が少し嬉しそうに見えた。


「とはいえ、売れない作品を書いて時間を無駄にしたという事実は変わらないけどね。」


「ぐっ……」


「気を切り替えて、あなたの得意なジャンルに書き直すのはどう?」


「うーん……まあ、そうだな。でも、それだと大幅に改稿しないといけないな。あ、でも、一部のストーリー展開は残せるかも。」


「それでいいわ。主人公のクズっぷりはともかく、起こる出来事自体は面白いものね。誰かさんが自己投影した結果かしら?」


「おいおい。遠回しに俺をディスるのやめてくれよ。それとさ、なんかやたらチーレムに詳しそうだけど。他の作家さんの担当もしてるみたいじゃないか?」


「してないわよ。ただ、あなたくらいの年齢の男性が好きそうなものを、データで学習しただけ。」


「え」


「他の作家の担当なんて全部断ったわよ。他の人に時間を費やす気はないから。それに、あなたはちゃんと私の期待に応えてくれてる。一人で数人分の成果を出してるもの。暴走する時があることを除いてね。まあ、それも含めてあなたらしいけど。」


「それ、どういう意味……」


「マスター、飲み物とデザートを。オサムは?」


「え?あ、ああ。君と同じで。」


 マスターが俺たちの前の空いた皿を下げていく。俺はというと、視線を落としてグラスの水を静かに飲み始めた。


 なんだか、頬が少し熱い気がする。


 こっそり向かいを見ると、彼女は相変わらず涼しい顔をしている。


 ……水、うめえー。


「お待たせしました。こちらはデザートのパンケーキです。」


 マスターがパンケーキを運んできた。シオリは慣れた手つきでハチミツを取り、湯気の立つパンケーキにかける。そして、ナイフとフォークで丁寧に一切れを切り分け、生クリームを添えた。それから髪を後ろにかき上げながら、パンケーキを口に運ぶ。彼女がほんのり舌を出して、桜色の唇を舐めるのが目に入った。


 ごくり、と。


 俺は、思わず唾を飲み込んでしまった。


「どうしたの?いくらそうやって見つめても、私の分をあげる気はないわよ。おとなしく自分のを食べなさい。」


「……別に。ただ、君って本当に甘い物が好きなんだなって思って。」


「意外?」


「いや。もう何回君と食事したと思ってるんだ。単純に、すごく好きなんだなって思っただけ。」


「オサムは?」


「ん?」


「オサムはどうなの?甘い物、好き?嫌い?」


「うーん……好きとも違うし、嫌いとも違う。どちらかと言えば、甘い物自体はあってもなくてもいいかな。でも、たまにすごく美味しいって感じる時がある。特に好きになる瞬間がね。うまく言えないけど。」


「何それ。作家のくせに。」


 ともかく、俺もナイフとフォークを動かす。柔らかで甘い味が口の中に広がった。


 ――おいしい。


 なんだか、ハチミツが思ったより甘く感じる。

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