Ahh...
岡部龍海
Ahh...
ナオは、「音」を集めることが大好きだった。
雨粒の音、街のざわめき、人の声などをテープに録音して自分の部屋で何度も聞き返すのが好きだった。
彼にとって「音」は、現実から逃れる唯一の安息であり、テープに収めることによってその「音」を自分だけのものにできるという快感が彼の心を侵略していた。
いつしかナオは、その快感の影響でカセットの音が世界の全てだと感じるようになり、全ての音を自分のものにしたいという欲が生まれる。
早速ナオは無心になって家中の音から録音を始めた。
気付けば60分録音できるテープ6つ全て使い果たし、夜になっていた。
しかし、まだ家の中でしか録音していないにも関わらず、すでに満足したナオ。
早速聴くために急いでカセットを取り出し、強く再生装置に差し込み、雑な手つきで巻き戻し、再生ボタンを押す。
「カチャッ!」
大きな雑音と共に家族の会話やテレビの音、食器を洗う音が鳴り始めた。
録音中ナオは声を出さないようにしていたため自分の声は聞こえない。
そのうちに60分が終わり、カセットを取り出し裏にして続きを聴く。
何時間経っただろうか、彼は寝ることなく夢中で「音」を聴いていた。
最後のカセットをセットし、再生した瞬間
「Ahh...」
これまで聞いたどんな音よりも重く、苦しそうな吐息が聞こえ、この声を最後にテープは終わっていた。
彼はこの声が一体なんなのかがわからなかった。
しかし、その後、彼の録音した最後のテープに異変が起きる。
吐息が次第に変化し、誰かの囁きや、泣き声のようなものが混じり始める。
最初の吐息の存在がどんどん曖昧になっていく。ナオはその録音された「吐息」の意味を探ろうと決意する。
テープを逆再生したり速度を変えたりする。すると、徐々に叫び声や怒鳴り声のようなものが増え、その部分だけがひどい雑音のようなものに変わっていた。
そこで彼はようやくこのテープはおかしいと思い始めた。
普通カセットテープは重ねて録音しない限り音は増えない。あからさまに不自然である。
ナオは録音していた時の記憶を思い出そうとするも、おそらく夢中で録音していたため記憶が一つもない。
ふと握りしめた拳に何か違和感を感じた。ゆっくり開くとそこには血の塊のようなものがあった。
「なんだこれ……」
そう言ったかと思うと途端に目が覚めた。
ナオは薄暗いリビングの床に倒れて寝ていた。
起き上がったナオは目の前の光景に驚愕した。
そこにはナオの母親が血を流して倒れていた。
ナオは全てを思い出し、膝から崩れ落ちる。
「夢の中でもそうなのかよ、俺は……」
窓からリビングに日が差し始め、静かに朝を迎えようとしていた。
Ahh... 岡部龍海 @ryukai_okabe
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