第20話 最後のサンドウィッチマン

田中は看板に浮かんだ「田中雅也」という名前を見つめ、全身が震えた。自分の名前が「客」として浮かび上がることを、恐れていた。そしてそれが現実となった今、自分がこの物語の終着点にいることを確信した。


「俺が……門を通るのか……?」


その言葉が頭を離れない。胸の奥から湧き上がる恐怖を抑えようとするが、背中の看板が今まで以上に重く、熱を帯びているように感じられた。


田中は看板を背負い、山道へと向かった。足取りは重く、森の霧はこれまでになく濃く、不気味な静寂が広がっていた。風もなく、鳥や虫の音さえも聞こえない。


看板は脈打つように振動し、田中の心臓の鼓動と共鳴しているようだった。まるで、森全体が彼を待ち構えているようだった。


山道に立つと、背後から囁き声が聞こえ始めた。


「田中雅也……最後の門を開け……」


振り返っても誰もいない。しかし、その声は頭の中に直接響くように続く。


「お前が鍵だ。お前が終わらせる。」


田中はその声に耐えられず、頭を抱えた。記憶が断片的に蘇り、自分がなぜこの契約を受けたのか、そして何を求められているのかを理解し始めていた。


「俺は選ばれた……ただ、それだけだ……」


自分の意思など関係ない。この仕事、この役割、この運命――すべてが既に決まっていたのだ。


やがて霧の中から一人の影が現れた。それはこれまで導いたどの「客」とも違う存在だった。田中自身の姿をした影――虚ろな目で田中を見つめる、もう一人の「自分」だった。


「お前は誰だ……?」


田中が尋ねると、影は微かに笑った。


「俺はお前だ。そしてお前は、最後の『客』だ。」


その言葉に田中は背筋を凍らせた。影は田中を見つめたまま、ゆっくりと山道の奥へ進み始める。


「待て! お前はどこへ行く!? 俺は何をすればいいんだ!」


田中は叫び、影を追いかけようとした。しかし、足が動かない。看板が背中に食い込むような感覚がし、体をその場に縛り付けている。


そして、看板に最後の文字が浮かび上がった。


「十四人目、門を通過。」


夕方、小屋に戻った田中は、壁に看板を立てかけた。しかし、看板がその場で微かに震え始めると、床が低く唸るような音を立て始めた。


小屋の床が裂け、地下室への道が再び現れた。そこから強烈な風が吹き上がり、田中を地下へと誘っているようだった。


田中は懐中電灯を手にし、地下室へ降りた。そこには黒い柱が立っており、その表面には無数の名前が刻まれていた。田中が近づくと、柱に新たな文字が浮かび上がった。


「お前が最後の鍵だ。門を閉じよ。」


その言葉を見た瞬間、田中の体が柱に引き寄せられた。看板が背中から剥がれるように浮き上がり、柱と一体化していく。


「これが俺の役目……」


田中は悟った。自分は「門」を開く最後の鍵であり、送り出した「客」たちを迎えるための存在だった。そして今、門を閉じるために自らを捧げる役割を果たさなければならない。


暗闇が田中を包み込む中、柱が最後の輝きを放ち、地下室全体が静寂に包まれた。そして――すべてが消えた。


エピローグ


何年か後、新たな男が山奥の小屋に足を踏み入れた。彼は仕事を失い、行き場をなくしていた。壁に立てかけられた看板を見つめ、呟いた。


「これが……俺の新しい仕事か……?」


背中に看板を背負い、山道へ向かう彼の姿を見守るように、風が静かに吹いた。


門は再び開かれる運命にあった。


(第20話 終)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

山奥のサンドウィッチマン 星咲 紗和(ほしざき さわ) @bosanezaki92

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画