第12話 勝利の美酒に酔え

「え、それで芙由連れてどこに行ったの?」


 久々のいつものメンツでの飲み会だ。

 頼子と同じ酒量飲める声優オタクと、下戸だけど飲み会の場が好きな大食漢と、頼子の三人組。

 行きつけの飲み屋で、バーニャカウダソースをかけた野菜スティックを素手で摘まみながらテーブルを囲む。

 やはりこのメンバーが一番落ち着く。ホッピー片手に頼子は口元が緩むのが止まらない。

 アルコール度数が低いため、ビアテイストとはいえほとんどジュースだ。酔いが回るのが遅い。


「お見合いパーティー」

「おみパ!?」

「私が経験がある出会いの場ってそれしかなかったから」

「何でその発想……」


 友人たちが微妙な顔つきになる理由はよくわかった。

 頼子だって、今でも本当に良かったのかと自問したくなる気持ちはある。

 でもあのまま放っておくよりは何かやった方がいいのは間違いない。話合いが無理で他の何か、で思いついたのがそれだ。


「でもさ、すごかったよ。前に行ったときに一人の美人さんに人気集中してたって話したでしょ。今回は芙由が入れ食い状態で見ててなんか誇らしくなった!」

「誇らしいって……」

「芙由ちゃん、見た目は華奢で可愛いからわかる気がする……!」

「プロフィールカードっていう、気に入った人に渡す連絡先と名前書いた紙も山のように貰ってて。フリータイムも次から次へと話かけられてて、モテ子の本領発揮って感じで」


 すごかったよ、本当に! とあの場の空気を思い出して興奮気味に頼子は二人に伝える。他の参加者さんには本当に申し訳なかったとは思う。まさしくおみパ荒らしだった。


「芙由は結局誰ともカップルにはならなかったんだけど、ちやほやされたのが気持ち良かったのか『なんかあんなおじさんにのぼせ上ったのかわかんなくなった』だってさ」

「うわー……」

「見事なまでの豹変ぷり……」


 自尊心が満たされたんだろうな、と頼子は思っている。

 手段がどうであれ不幸になりかけた人が救われたのだ。今日も酒は美味しい。


「芙由はちょっとは痛い目にあった方が本人のためにもよかったんじゃないの? モテモテで終わるって、被害に遭った頼子がバカみたいじゃない」


 頼子のことを想ってくれているからこそ友人の言葉はきつい。


「モテモテ無双できるのも、せいぜいあと2、3年でしょ。それまでに芙由が変わらなかったら、悲惨なことになるだろうし」

「はー、本当に頼子って……」

「私がやったのって、別に芙由を気持ちよくさせただけじゃないんだよね。ただ延命処置しただけ。私が本当にいい人だったら、ちゃんと亜由美に説教させてたと思う。亜由美だったら芙由がちゃんと反省するまできっちり説教してくれただろうし」


 亜由美に任せなかったこと、それが頼子ができる精一杯の意趣返しだった。色々思うところもある。

 ただそれは頼子の中で長続きはしない、ほんの一瞬の感情であるのも確か。

 これで芙由がちゃんと考えて更生したんなら、もうそれでいい。


「で、頼ちゃんの今回のおみパの成果は?」

「割と近場に酒蔵見学できる場所があるって情報をゲットしたこと、かな?」


 空気を変えようとしたのか、友人の期待を込もった質問に頼子は真面目に答えた。

 

「それさ、よかったら一緒に行きませんか? って遠回しなお誘いだった可能性は?」

「ないない」


 自己紹介カードの『最近はまっている物・事』欄に正直に「日本酒」と書いておいたのだ。今回は芙由の引き立て役だから自分を偽る必要がない。酒蘊蓄のノイズも少々あったがわりと実のある情報交換もできた。そう思えば素晴らしい成果を収めたともいえよう。


「ま、それは置いといて、私、今回のことですごく大事なことを学んだ気がするんだよね」

「だろうね」

「頼ちゃんがお酒が飲めなくなるって相当だもんね」

「一応聞いてあげよう、何」

「一つ目、不倫、駄目、絶対」


 当然だ。

 友人たちも「そりゃそうだ」と頷いている。

 不倫は色々な人を不幸にする。全然関係のないお酒を飲むことしか趣味がないアラサーにお酒を飲めなくなるような心身的ダメージを与えたりもする。


「二つ目、私、酔えればいいとお酒の銘柄なんでもいいと思ってたんだけど、味がないのは無理だったんだよね。お酒は味も大事」

「うん、そんなの前からわかってたよね」


 友人は呆れ顔で言ってくるけれど、頼子にとっては大きな発見であった。そりゃ美味しいものは好きだけど、酔えるならなんでも、ではないと気づいた時には驚いたのだ。

 味がわからないと酔えるものも酔えない。


「最後、美味しい酒を飲んで楽しく酔うためには、時には戦わなきゃならないってこと」


 頼子がそう告げれば、友人二人は顔を見合わせあった。


「大げさな」

「ねえ」

「私にとっては重要なファクトなわけよ。美味しく楽しくはカンタンに享受できるものじゃないってこと。奪われないように戦わなきゃならないし、意外と戦えるなぁって気づけたのも大きいな」

「珍しく勇ましいじゃん、頼ちゃん」

「だから今日は勝利の美酒ってわけです」


 一番楽しいお酒が飲める場で味わうそれは、心底楽しくて美味しい。


「いいんじゃない、頼子がそう思うんなら。やっすい幸せだと思わんでもないけど」

「まあまあ、頼ちゃんらしいじゃない」


 二人とも口々に言ってから、同時に頼子を指差した。


『ホッピーは美酒じゃないでしょ』


 声も見事に重なった。


「勿論、もっと強いのどんどん飲むよー、今日は飲むって決めてきたからね! 最後まで付き合ってね」

「しょうがないなー」

「送るから潰れるまでいっちゃいなー」


 楽しい夜は、今日もそうやって更けていく。




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とりあえずここで一区切りです。

また思いついたら続きます。

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