第9話 ……大ピンチ、かも?

 そして翌週末。再び土曜日の夜。

 先日とは違うファミレスで、凝りもせず頼子は芙由と向き合っていた。

 今日は最初からドリンクバーである。メロンカルピスが甘くておいしい。


 お腹もすいていたからタラマヨディップ付きのフライドポテトをパクパク食べる。濃厚で美味しい。

 「お願い頼ちゃん、話聞いて!」でのこのこやってくる頼子も悪い。でも聞いてくれなければ死ぬ! と言わんばかりのテンションの電話は断れる気がしなかった。


(で、あれか? 体の関係もっちゃった、どうしよう、とかじゃねえの?)


 無言でフライドポテトを食べ、メロンカルピスをぐびぐび飲みながらも頼子はもはやさぐれていた。

 もう何を聞かされても驚かないつもり。たとえ『彼の子どもができたの』とか言い出しても。


「……またドライブに行っちゃった」

「ホテルでも行った?」

「何で頼ちゃんわかるの?」

「あのさ、自分を大事にしろって言ったよね?」

「うん、断ったよ、ちゃんと。だって安売りはしたくないから、もうちょっとじらさないと、だよね」

「?????????」


 出た、芙由の意味不明語。


「じらすって、やるつもりなのか!」

「やりたいけど! やれないでしょ! まだ!」


(もう何を言っても無駄かもなー)

 と、頼子は半分匙を投げた。


「頼ちゃん、飲もう、飲まなきゃやってらんないよ」

「はあ? いいけど」


 ここもタブレットで注文だ。

 頼子も芙由と同じ赤ワインを注文した。 


「彼の奥さん、妊娠したんだって」

「はあ?」

「奥さんがエッチさせてくれないんだって」

「はあ?」

「奥さんよりも好きって言ってたくせに、奥さん抱いてた。奥さん抱けないから私に手を出そうとしてきた」

「はあ?」

「悲しいよぉ」

「はあ?」


 目の前でぽろぽろ涙を流す芙由に、かける言葉はない。


(はあ? 既婚者ゲスすぎだろうが! そんなこと浮気相手に言う!?)


 だが、これで芙由の目も覚めたことだろう。

 ちゃんと断れたのは偉い。次は彼氏との話し合いかな。


 店員さんがグラスワインをふたつテーブルに置いていった。

 ここにはロボットはいないようだった。


 友人がフリン沼に沈んでいくようなことにならなくてよかったと、と安堵しつつもワイングラスを手に取る。

 

(ま、芙由の目覚めに乾杯って感じかな)


 だが芙由は頼子が思うような価値観を持つ女ではない。


「憎い! 奥さんが憎いよお! なんで、彼と結婚できて奥さんやってんのに、なんで邪魔するのぉ!」

「法律上の配偶者で夫婦契約してるからだよ!」


 勢いでツッコんだ。

 頼子からしてみれば何言ってんだコイツ? という感じだ。


「こんな風に人を憎む私なんて大嫌い。だけど、それだけ好きってことだよぉ」


(え、またそこに戻るの!?)


「2番目の女ってこんなにつらいの? 1番じゃなくてもいいけど、こんなにつらいのやだよー」


(我儘すぎるだろ!?)


「でも、忘れられないの!」

「飲んで! 飲んで忘れよう、芙由」


 無理やりグラスワインを握らせて、グラスを合わせた。


「乾杯、何にかわかんないけど、乾杯!」


 少し焦りながらも、頼子はワインを飲む。

 そしてポテトをかじる。


(あれ?)


 さあっと血の気が引いたのを感じた。

 もう一口、ワインを口にする。

 やはり一口目と同じである。ポテトもマヨディップをたっぷり付けて口に入れる。

 こちらも同じ。


(……どうしよう)


 味が、しなかった。

 ワインも、ポテトも、マヨディップも。

 メロンカルピスも試しに飲んでみた。やはり味がしない。


(どうしよう!!!)


 芙由に断って再びお手洗いへ直行である。

 先週のように戻すことはなかった。ただ洗面台の鏡に映る自分の顔を見る。

 血の気のない顔。


「どうしよう、何食べても、何飲んでも、味がしない……、楽しく酔えない……、どうしよう……」


 口にした言葉は、虚しくその場に響き渡っただけだった。




 呆然と鏡を見つめていても仕方がない。

 頼子はふらふらと芙由の元へと戻る。


「ごめん、体調悪い。帰るね」

「え! 頼ちゃん大丈夫!?」

「その既婚男、今呼び出してきてくれるのかな。来てくれたとして身重の奥さんほっぽいてよその女を優先する奴ってことだよね? そんな無責任な人ってことだよね?」

「大事にするべき人より、私のことを大事にしてくれるってことだよね?」


 話が通じない。

 これ以上は無理だと判断し、頼子は千円札を二枚財布から取り出して、芙由に渡すと逃げるようにその場から立ち去った。



 『大丈夫?』

 とだけ書かれた芙由のメールは既読スルーしておいた。

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