第8話 堂々巡りは勘弁!
頭が痛い。
土曜日の朝。
友人、芙由を目いっぱい慰めて解散して帰ってきて泥のように眠って、朝、である。
結局レモンサワーしか飲んでいないが、芙由と二人で号泣するほどには酔っていた。
記憶はとんでいない。
頼子は寝返りを打った。
頭が痛かった。悪酔いである。
(嫌いな飲み方だ……)
自己嫌悪だ。人生で一番嫌いな時間。嫌な朝。
目を閉じてもう二度寝を決め込んだ。
「あんたまだ寝てたの?」
正午になる手前の時間に起き出してリビングに行けば母が呆れた顔をしていた。
「お母さん、最近のファミレスってさ、注文、かわいいロボットが運んでくるんだけど」
「知らなかったの? あれかわいいよね。あれ見たさにランチにファミレス行くようになっちゃった」
既知であったか。
頼子は少しがっかりした。母と二人でファミレスに行きたかったわけではないが。
芙由からメールが来ていた。
『頼ちゃん、昨日は聞いてくれてありがとう。すごく嬉しかったし、心強かったよ。また相談に乗ってね』
どう返信するか悩みに悩んで、一日寝かせて、
『あんまり早まらないで。自分大事に』
とだけ送っておいた。
週末。
今度は居酒屋だ。
目の前には芙由。
昨日――金曜日の夜、頼子に泣きながら芙由が電話をしてきたのだ。
「もうダメかもしれない!」
と。
仕事の疲れで魂が飛んでいた頼子は適当に慰め、話は明日聞くから、と切り上げた。
そしてその明日、つまり本日土曜日の夜、頼子は芙由とまた向かい合っている。
「昨日仕事帰りにドライブに誘われてね」
(のこのこついてくなっての、チョロすぎる!)
「夜景が素敵なとこがあるから連れてってあげるよーって。彼の車、私の好きな車なの」
(外車かよ! んでもって口説き方古すぎ!)
「夜景が有名な山に連れていかれて、車の中でしばらくぼーっと夜景を見てて、そしたら、キスされそうになっちゃって」
(そりゃ車ん中乗っちゃえばOKって勘違いする奴多いだろうよ)
「嫌って言ったらやめてくれたけど……でも、やっぱ好きだって、言われちゃって、で。しちゃった」
「馬鹿か――――!!」
まだ乾杯もしていない=飲んでない=素面 なのに、思いきり頼子は叫んでいた。
「だから、自分大事にって言ったじゃん! なんでチューすんの!? っていうか何で車乗るの!?」
「だって、好きって言われたら、……逃したくなくなっちゃう」
「…………」
たまに芙由は頼子の知らない言語を話すように思う。
逃したくないって日本語だけど、何を言っているのかわからない。
「車に乗らなかったら、キスしなかったら、嫌われちゃうかもしれない」
「いいじゃん、嫌われて万歳でしょ!?」
「……嫌われたくないのぉ」
また芙由の目には涙が浮かぶ。
「だって、だって、好きなんだもん、もう好きになっちゃったんだもん!」
「??????????」
また頭の中にクエスチョンマークが飛び交って、頼子は混乱した。
ようやく来た生ビールのジョッキを乾杯もせずに豪快に吞む。
酔おう。駄目だ。酔おう。
で、ほろ酔いの気持ちよさで全部忘れよう。
(なんか同窓生なのに、気持ち悪い!)
「いや、芙由。芙由はその既婚者よりも若いし、同性の私から見ても可愛いんだから、もっと自信もちなよ。そのやらしい既婚者よりもいい男捕まえられるって」
(私と違ってな!)
思いついた自虐にひっそり笑いを漏らす。ちょっとだけ酔いが回ってきた、本調子はこれからだ。
「その既婚者ずるいじゃん? いいとこどりじゃん? そんなやつごめんじゃん?」
「でもでも~」
「そんなずるい奴に芙由の時間費やす必要ある? 私たち割ともう崖っぷちなんだよ?」
「だけど、だけど、好きなんだもん~」
「芙由だって普通に結婚したいんでしょ? その既婚者とは絶対結婚できないよ」
「結婚は望んでないもん。でも結婚したい――!」
「じゃあもう結論出てるでしょ!」
まだ「でもでもだって」を繰り返そうとする芙由に、頼子は畳みかけようとして、めまいを感じ口を閉ざす。
「ごめん、なんか酔った。トイレ行ってくる」
芙由に断り中座してお手洗いに向かう。
気持ち悪いものをすべて吐き出して、大きく息を吐いた。
(やばい。なんでまだ一杯飲み切ってないのに)
ちょっと疲れすぎているせいか。今までなかったのに。
(もしかして、歳!!??)
後始末をして芙由のところへ戻った。
ソフトドリンクで芙由の「どうしよう、どうしよう」の堂々巡りに付き合う。
諭したり宥めたり、色々な手法を試しても「でも」「だって」「好きなんだもん」「どうしよう」のサイクルにハマる。
(面倒臭い)
最後には、既婚者彼の素敵なところを語りまくる芙由の言葉を聞き流しながら、明日は何をしようかなと明日への希望を思い描いているうちに解散することになった。
「頼ちゃん、ちゃんと話聞いてくれるし、叱ってくれるから好き。聞いてくれてありがとう。またね」
割とすっきりした顔で去っていく芙由とは対照的に頼子の顔色は悪い。
(せめてZOOMで在宅飲みにしたい……、こんなに人を叱るのはじめてだ……)
後輩にだって叱ったことないのに……、と、ため息を漏らす。
とにかく帰宅することにした。
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