第7話 初☆ファミレス飲み……からの地雷!

「わあっ! 頼ちゃーんっ! 来てくれてありがとぉお、嬉しいよお!」


 待ち合わせ場所で顔を合わせた途端、両手を包み込むよう掴まれ熱烈歓迎をされて、「なるほど、これが女子力か!」と頼子は素直に感心していた。


芙由ふゆ、待った?」

「ううん。今日ちょっと早く終わっちゃったから」


 首を振って気を使わせないようにか言ってくる友人、芙由ふゆは普通に可愛い。

 30越えてもかわいいのはなぜだろう。頼子は少しだけ凹んだ。

 一応昨年末ボーナス様で購入したおしゃれなスカートとふんわりニットを着用してきたが、ファーのついた白いコートをかわいく着こなすこの友人の前では引き立て役にもなれない気がする。


「それならいいけど、どこ行くの?」

「今日はおしゃべりメインでいきたいから、にぎやかなとこがいいな」

「うん、じゃあ行こ」




 で、なんでファミレスなんだろう。


 心底疑問に思いながらも頼子は、ソファー席に腰を下ろした。

 最近のファミレスは案内もなく好きなところに座っていいらしい。

 ちょうど席が空いていてよかった、と芙由はかわいい顔で笑った。


(まあいっか。ファミレス飲みでも。安くてたくさん飲めるって天国じゃん!)


 ポジティブなところが頼子の長所である。

 テーブルに設置されているタブレットを手に取ろうとしたら、先に芙由が手にとった。


「頼ちゃん、何にする?」

「メニュー見ないとわかんないから、芙由が先に頼んでよ」

「あ、そっか。ゴメーン、いっつも注文係だったからつい」


 ドジっ娘アピールと気の利くアピールもできるとは、恐るべし、これが女子力か……!

 完全に打ちのめされて頼子は紙のメニューを手に取る。

 多分本人からしたらいつもやっていることでアピールしているわけではないんだと思う、と自分に言い聞かせながら。


(お酒は意外に充実……! やるなファミレス!)


 生ビール推しな雰囲気だが、ここはサワーでスタートを切ろう。

 あとは定番のフライドポテトを頼んでおけば間違いない。

 芙由から手渡されたタブレット端末で素早く二つを注文して、頼子は芙由を見た。


「頼ちゃん、全然変わんないね。高校時代に戻った気分になるー」

「そう?」


 それは誉め言葉かくさしてるのか。正解がわからずただ曖昧に頼子は首をかしげるにとどめた。

 なんだろう、愛想笑いをする気にもならない。


「まだみんなと集まってるの? みのりんにも会う?」

「みのり、は」


 先日「女に生まれた時点で地獄!」と呪いの言葉を放ってきた、仲間内で唯一子持ちの友人の姿を思い出して少しだけ言葉に詰まってしまった。


「元気。子ども、かわいい」


 何だか片言みたいになってしまったが、問題ないだろう。

 別に芙由はそれを聞きたいわけではなさそうだ。何かを話したいが、いきなり本題というのも……、という遠慮なのはわかる。


「芙由、話したいことあるんでしょ? 彼氏となんかあった?」


 前置きは面倒くさい。頼子は促す。早く頭の中がお花畑がハッピーな話を聞かせてもらって自分も幸せな気分に浸りたかった。


「うん、彼氏とは、あんま変化なしなんだけどぉ」


 芙由は今の彼氏と付き合って5年目になるはず。記憶が正しければ、の話。

 昨年会ったとき、「4年も付き合ってるのに結婚のけの字も出てこないよー」と嘆いていたんだっけ。

 「逆プロポーズすれば」とか「結婚資金貯金すれば」とか「お試し同棲しちゃえば」などと多種多様な提案をされていたが、結局「でもでもぉ」と否定されて終わっていたはず。

 多分、芙由は『ロマンチックなプロポーズをされて、愛される結婚』がしたいだけ、と友人が渋い顔で言っていたのが印象的だった。


「最近、会社の人に言い寄られてて」

「ほう?」

「ちょっとぐらついてる」


 女子っぽい悩みの告白と同時に、ロボットが注文の品を運んできた。

(今ファミレスってこうなってるんだ! かわいいなごむ!)

 そんな場合ではないのに、呑気な感想を抱きながらも頼子が運ばれてきたものをロボットからおろした。

 「受け取ったよ」ボタンを押せば、厨房へと一目散だ。かわいい。

(今度、改めて来たい、ファミレス。お母さんはきっと好きなやつ、ロボットちゃん)

 母親と好みは似通っている。親孝行がファミレスでご馳走というのはどうかと思うが、再来を誓った。


「じゃ、乾杯」

「お疲れ様」


 レモンサワーの頼子に対し、芙由は赤ワインだ。

 小さなグラスの中身をちびちびと飲む。勿論レモンサワーは豪快に飲む。もう酔わないとやっていけない話だな、とさわりだけで判断した頼子はハイペースで飲んだ。

 まずくはない。薄くもない。及第点だ。


「会社の人に口説かれてるって?」

「そう。ねえ頼ちゃん、私どうしたらいいと思う?」



 知 ら ん が な !



 思わず口から出そうになったその言葉を飲み込めるぐらいにはまだ素面だ。

 

「えー、その横恋慕野郎――あ、えっと会社の人、芙由のタイプなんだ?」

「実はそう」


 えへへとかわいく笑う。

 わかりやすくイケメン高スペック大好き女子だった気がする。

 そしてちゃんと好みのタイプを捕まえてくる高スペック女子だ。


(今回も乗り換えかー)


 芙由の今の彼氏は、割と堅実な仕事をしている出世頭の高身長で若干オレ様入った男である。

 「その強引さもちょっと意地悪なとこも大好き!」と付き合いはじめた頃、延々惚気られ悪酔いしたのは嫌な記憶だった。


「カレと違って、何をするにもスマートで優しくって、お姫様扱いしてくれるの」


(三十路女がお姫様扱いで喜ぶって地雷だよ!)


 まだ口には出さない理性はある。

 だが何となく勘が働いた。


「その人さ、もしかして、既婚者?」

「えー、えー、なんで!?」


 頬を紅潮させて両手を大きく振る様に、頼子は自分の勘が外れたと思いちょっとほっとした。

 が、


「なんでわかるの!? 頼ちゃんすごーい!!」

「ま じ で ! ?」


 力を込めて聞き返す。

 こんなふわふわで、可愛くて、彼氏がいつもちやほやしてくれるようなモテ女子が既婚者なんかにぐらつくか!?


 頼子は世界が崩壊していくような錯覚を覚えた。

 理解ができない。したくない。

 ジョッキを握りしめ飲み込む。冷たい。しゅわしゅわ。落ち着かない。


「だって、そんな気が利くタイプってたいてい既婚者だよ!?」


 だって奥さんが教えてるから。鍛えてるから。躾けているから。

 たまに、前カノがしっかり躾けてから放流パターンってのもあるから100%ではないにしろ。


「えー、そうなのー?」


 そしてそういう躾けられた男にいいようにされたいわゆる『フリン女』は独身男は色々な意味で雑すぎて物足りなくて、別の既婚者に走るという負のスパイラルだ。


「だって、奥さんが支えてあげてるから心の余裕があって寛容に見えるだけだし、服のセンスがいいのも奥さんのセンスだよ。ちゃんとハンカチ持ち歩いてるのも、靴下に穴が開いてないのも、靴がしっかり磨かれてるのも奥さんの力だよ!?」

「えー! 頼ちゃん、あの人のこと見たことあるの!?」

「ねーよ!」


 思いきり否定してしまった。もう言葉を抑える理性は吹っ飛んだ。頼子は酔っぱらっている。

 しかし、芙由はこんなに頭のネジがゆるい奴だったっけ?


「家に帰れば奥さんがいるから遅くまで遊んでいられるし、経済的な余裕があるのも奥さんが稼いでいるからだよ!」


 今や共働きが当然の時代である。

 たいてい奥さんも働いているのだろう。働いて生活費を稼いで貯金して、なんとか生活を回している傍らで夫がよその女の子と遊んでいたら、しかも稼いだお金を女の子に課金してたら、もう笑えない!

 しかも子どもがいたら? 『ほんとに殺意が芽生えたよ』と育児は全て押し付けてくる夫に対し笑顔で語っていた友人を思い出す。家事も育児も全て押し付けて、若い子とよろしくやってたら……?

 結婚もしていないのに、頼子は嫁視点だった。


(ないわー。本気でありえない!)


「ええ、でもぉ、奥さんより私の方が大事って言ってたしぃ」


(生まれ変わったらワンオペフルタイム兼業主婦になるように呪いをかけたい……!)

 この世で一番孤独でつらい仕事だと聞く。そうやって自分のやったことの報いを受ければいいのに。

 頼子は再びジョッキの取っ手を掴んでレモンサワーをぐびりとあおる。


「あのさ、芙由、自分を大事にしなよ。幸せになんてなれないよ。少なくとも奥さんを不幸にしてるんだからさ」

「違うの! 別に私奥さんから彼を取りたいわけじゃない! 」

「???????????」


 理解が追い付かず、頼子はジョッキをテーブルに戻した。


「奥さんがいてもいいの。私を好きって言ってくれれば!」

「???????????」


 やはり理解ができなかった。

 頼子は首を傾げる。


「奥さんがいるから余裕があるんでしょ。余裕があるから私をお姫様扱いしてくれるんでしょ? じゃあ奥さんがいて、私を大事にしてくれればいい」

「……はい? あ、いや、じゃあ彼氏はどうするの?」

「彼は、今は考えたくない。だって、私に冷めてるっぽい。会社の人ほど熱を感じないもん」

「5年も経てば熱も冷めるよ。逆にずっと熱い方が心配になるわ」

「じゃあ、どうすればいいの! 好きになっちゃいそうなの! 悪いことだってちゃんとわかってるもん。だけど止められないじゃない! 好きってそういうことでしょう?」


(全然わからん!)

 恋や愛とは程遠い生活をしている頼子である。明確な答えなどない。

(あー、でも、そうか)

 酔いからか、経験不足からか、頼子は間違った方向へ思考の舵を切った。


「そうだね、落ちちゃうものは仕方ないのかもね」

「頼ちゃん!!」


 芙由が涙目で頼子を見つめる。その上目遣いに「女子力強ぇええ!」と感心する頼子。


「私、どうすればいいんだろ。好きになっちゃうよぉ、駄目ってわかってるのに!」

「つらいね……」


 同情を込めた声音で言って、頼子は芙由を慰めた。




 思えばこれが全ての過ちのはじまりであった。

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