第4話 結婚は地獄への入口という説もある

「しないんじゃなくて、できないんだっつーのっ!!」


 だん、と大ジョッキをテーブルに叩きつけるように燻っていた思いを吐露する。


「頼ちゃんが」

「荒れている」


 結婚式の翌日、頼子は高校時代の同級生二人と居酒屋で酒を飲んでいた。

 大変珍しい頼子の酔い方に友人二人はやや引き気味だ。

 気分はやけ酒である。頼子が一番嫌いな飲み方であるが、「これが飲まずにやってられるか!」だった。


「なんで田舎って結婚みんな早いの!」

「田舎って言っちゃったよ……」


 中学時代の友人たちは昨日見てきたとおりほとんどが結婚出産し、夫婦仲良く生活している子ばかりだ。

 それに対し、高校時代の同級生は圧倒的に独身が多い。一緒に飲んでいる二人は頼子同様彼氏すらいない。


「まーま、頼子、飲んで飲んで」


 と、飲み物のメニューを渡された頼子はそれを一瞥してすぐに注文を決める。


「鍛高譚ロックで」

「あらま、焼酎に行くとは、本気で飲むねえ」


 明日仕事なのに、と友人は言いつつも自分も日本酒熱燗などを注文している。かなり本気飲みモードだ。


 もう一人の友人は完全に下戸でソフトドリンク専門だが、こうやって居酒屋も付き合ってくれ、かつ車で送迎までしてくれる天使だ。

 「二人が飲む分、私は食べるからいいの」と気を遣わせないように言って、本当に三人前ぐらい食べる健啖家である。たまに酒代よりこの子が食べた分の方が金額が高かったりする不思議な胃袋の持ち主だ。

 類は友を呼ぶというのか、頼子の友人はこんなのばかりである。


「いいじゃん『たんたかたーん』ってなんかめでたい気するし」

「私は紫蘇苦手だから飲まないけど、確かに注文したい響きなのはわかる」

「私も飲めないけど、それ、ちょっとわかる」


 駆けつけ大ジョッキを飲み干し、お通しのがんもどきの煮物を食べて、ようやく頼子は一心地ついた。

 思いきり感情をむき出しにしたせいもあるかもしれない。


「あーでもわかるわー、私も何でしないの? って聞かれても答えられる気しないわ」

「でしょ? 結婚はできて当たり前、みたいな価値観が見え隠れしててさー」

「結婚マウントかー、結婚式でそれはしんどいね」

「でもさ、言われて自分がものすごく人として劣っている気がしてきて、みじめだったんだよー」


 ううっと泣きまねをすれば、下戸の友人がよしよしと背中をなでてくれる。


「結婚できないだけで劣ってるなんて絶対ないって。今令和だよ。いつの時代の価値観よ?」

「そうそう、昔の人も言ってるじゃん、結婚は人生の墓場だって」

「それ私たちが言うと負け犬の遠吠えって言われるやつ!」


 自分で言って頼子は少し落ち込んだ。

 お酒を飲んでほろ酔いで、楽しいはずなのに、楽しくならない。


「でもさ、この間、みのりが会った時に語ってたじゃん」


『さっさと結婚しろって攻められて結婚したらしたで次は子ども産め攻撃でしょ。

 で、まあお金とか家とか子どもを持つ準備をプレッシャーをうけながらも必死でやって、子どもができれば、完母がどうのミルクがどうので今度は同じ子持ちから攻撃されて。

子の夜泣きでまともに寝れずにふらふらしてる時に、出産祝いのお返し準備したのって旦那のお母さんからなぜか子供がようやく寝たタイミングで連絡が来て、子どもが起きて泣いてさ、もう「お前の息子に言えよ!」ってあの時は怒鳴りそうになるのを必死で我慢したよ。

 でさ、育休から仕事に復帰すりゃ、子どもはすぐ体調崩すし、体調崩せば全部私が仕事を休んで、病院連れてって看病してさ。

 会社にまともに出社できないし、同僚には白い目で見られるし、雑用しか仕事回されなくなるし。

 挙句の果てには「お母さんが仕事仕事で一緒にいてくれなくて子どもちゃんかわいそうねえ」って言われるんだよ!ほんと「おめーの息子が年収一千万ぐらい稼いで来たらいくらでも仕事辞められるんだよ! 甲斐性がないおめーの息子に言えよ」って感じ。

 仕事辞めたら自分のものなんて何にも買えないよ、ずっと子どもと一緒で自分の時間なんてないよ。ほんと終わらない地獄』


 おっとりとした癒し系の友人のみのりと久しぶりに吞んだ時に「最近どうなの?」と投げかけたら一気に語られた言葉だ。頼子たち独身にはそれはそれは重たい言葉であった。


『女はねー、どんなライフステージにいても地獄だよー。

 何かに攻められながら生きていくしかないんだよね。

 結婚? したら地獄のはじまりだよ。

 結婚しなくてもさ、孤独が待っていると思うと地獄だもんね。

 女に生まれるってさ、どんな苦行なのさって思うよ、本当に』


 遠い目をして語る友人にかける言葉もなく、沈黙が落ちたあと、友人は笑った。幸せそうに。


『でも子供は可愛くて幸せ』


「あれは、ねえ」

「うん、あれは、ねえ」

「頼子は結婚したいの?」

「あれを思い出した後にそれ聞く? そもそもしたい、したくないじゃなくて、『できない』の!」

「威張るなー! あ、でもわかるかも。先に出会いだよねー」


 友人の言葉に頼子は大きく頷いて同意した。

 出会わなければその先はないのだ。たとえ待ち構えているのが地獄であっても。


「頼ちゃんはさ、お酒好きな人と出会えば?」

「お酒が好きな人とは基本的に趣味が合わないから」

「なんで?」

「私はお酒をのんでほろ酔い状態になるのが好きなんであって、お酒の銘柄にはそんなに興味がないんだけど、お酒好きな人って銘柄から攻めるじゃん。飲みながら聞かされる蘊蓄ほど嫌なものはないね」

「じゃあ、逆に全く飲めない人とか」

「それもなんか遠慮して飲めなくなりそうでさ」


 そういう意味でもし選べるのであらば決め手はお酒ではないところで選びたい、と頼子が言うと、お猪口片手に日本酒をちびちびやりながら友人が、そういえば、と思い出したように言った。


「頼子、前にさ、誰だっけ? 紹介してもらうって話でなかったっけ?」

「あ、それ聞いた、飲み会好き男子だっけ、あれってどうなったの頼ちゃん」

「会う話を詰める前に、向こうに彼女ができて立ち消えた」


 あー、と友人たちは顔を見合わせてなんとも言えないような表情になった。


「ちなみに、ちょっと面白い話なんだけど」


 そんな友人たちに頼子は言う。


「その飲み会好き男子の前にも、紹介するよ話をあちこちから立て続けにいただいていたことがあったのね。その数三人。

 三人とも紹介話が固まる直前に彼女ができて話が流れた」

「……頼ちゃん、それって」

「偶然にしてはできすぎている。もう私は誰とも付き合うなという神様の思し召しかと思ってます」


 ロックグラスの中身をグイっと飲む。きつい、と顔を顰めながら頼子は涙をこらえた。


「頼子、こうなれば運命と勝負だ! ちょっと真面目が過ぎて、いない歴=年齢の奴が後輩にいるんだけど、紹介するわ。会うよ!」

「え、強制?」

「絶対あいつなら直前で彼女できるなんてありえないから! 絶対に会うよ!」

「そんなの紹介するなー」


 絶対だから、と約束させられて、締めのお茶漬けを綺麗に食べてから解散となった。

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