第3話 結婚式は地雷原なのかよ!
めでたい席でのお酒は美味しい。
本日はめでたき良き日。
三度の飯よりもお酒を飲むことが大好きな佐藤 頼子(31歳独身)は、中学生時代の友人の結婚式のお祝いにやってきていた。
式場は駅前とアクセス最高。
高いヒール靴でも大丈夫だと、何度か足をくじきそうになったが幸せパワーで乗り切ってやってきた。
森の小さな教会で~♪ではないけれど、会場中庭の緑が生い茂った中にあるなんだかとっても可愛い感じのチャペルでの結婚式。
(美帆ちゃん、きれい……泣ける……)
バージンロードを歩く友人に感涙し、頼子は胸がいっぱいになった。
とても尊い気持ちで、フラワーシャワーを投げ、感動が冷めやらぬうちに披露宴会場へ移動。
既に足は痛くてたまらなかったが、ヒール靴装着に必要なのは気合である。
さて、本日のメインイベントである。
披露宴という名の宴会。宴会と言えばお酒だ。
豪華な料理で飲むお酒。
結婚した二人の趣向を凝らしたお料理と飲み物は格別である。
美味しさに加えて幸せまで頂ける、まさに一生に一度の味だ。
乾杯のお酒はテーブルに用意されたシャンパン。
シャンパングラスに注いで薄ガラス越しに金色の液体を観察する。
グラスから微細な泡がたちのぼっている。
(お酒も生きている!)
生きているから笑うんだ! と割と意味不明なことを考えて乾杯の挨拶を聞き流す。
新郎の同僚とか言ったっけ。挨拶をしている男性の心底嬉しそうな様子につられて頼子の頬もほころぶ。
だが目の前のシャンパンに心奪われ話の内容は頭に全く入ってこなかった。
乾杯! の合図と共に宴会がスタート。
おめでたい場ではあるが、オフィシャルな場でもある。あまりがぶがぶとお酒を飲むわけにはいかない。
いくら頼子でもちゃんと自重できる。だってもう31歳なんだもん。
でも、席にあるメニュー表には『二人の出会いをイメージしたカクテルをご用意いたしました』と記載があったからそれは絶対に飲みたい。超楽しみ。
このめでたい席に呼んでくれたことが、頼子には嬉しくてたまらない。
今日は力いっぱいお祝いするつもりでやってきた。
周りは皆お祝いムード。
こんな幸せが満ち溢れた場所で飲むお酒は最上級に美味しい。
(海老だ! 超大きい海老ー!)
目の前にサーブされた料理に、心の中で雄たけびをあげつつも、同じテーブルについた同級生の面々を見やる。
普段は高校の同級生か大学の同期と飲むことが多いので、この同じ中学の友人というコミュニティは一年に一度会うか会わないかぐらいの付き合いだったりする。
それでも一応細くはつながってはいた。
これだけの人数が一堂に会するのは本当にどれぐらいぶりなのか。前も誰かの結婚式だったような気がする。
久しぶりに会う友人たちとの話題と言えば専ら「最近何してんの?」だ。
海老を丁寧に切り分けて口に運びつつ、頼子は友人たちの会話を笑顔で聞く。
頼子が最近やっていることと言えば、ボーナスで購入するお酒選びでネットの口コミ情報を読み漁っているぐらいである。生産性がない。
とてもこのプチ同窓会みたいな場で披露できるような現況ではないとわかっていた。
笑顔の裏でどう誤魔化せばいいのか、思考を巡らせていた。
友人たちの大半はの子育ての大変さを力いっぱい語っているし、その話を聞いて力一杯共感している。この熱量で頼子に勝たれる話などない。それに下手に共感しようものなら、全員から集中狙撃されそうな気がして怖い。黙るしかない。
いっそこのまま触れないで終わってくれたらいいのにな、と頼子は海老を口に運びながらもそう思った。
(っていうか、さ)
海老は美味しい。シャンパンも美味しかった。オードブルもアミューズもコンソメのスープも美味しかった。飲んでないけどきっとカクテルも瓶ビールもワインもノンアルコールカクテルも全部美味しいんだと思う。
(子育て……だとぉっ!?)
頼子は現実逃避しかけていた思考を軌道修正して現実と向き合うことにした。
さっきから、友人たちは、新郎新婦のことを『ようやく結婚できたね』なんて奇妙な言い回しで語っていることに頼子は気づいた。――気づいてしまった。
そういえば、このテーブル9割が子持ちである。つまり頼子以外は皆既婚で子有。
旦那が子どもの面倒見てくれなくて~、とか、子どもの習い事どうしてる? とかそんなのばかりであることに今更気づく。
笑顔で「皆大変だねえ」と流していたが。が!
(え、あれ? どゆこと? 皆私同い年だよ、ね?)
「頼ちゃんって全然変わんないよねー」
「えへへ」
そんなよくある会話も頼子は笑って濁した。
受け取り方によっては喧嘩売っていると思われそうな言われよう。
(さすがにこんな面と向かって厭味を言うような子たちじゃないから天然かな。はたまた天然を装った皮肉かもって、駄目駄目こんなこと考えちゃ駄目。独身だから心狭いとか思われる。流せ。頑張れ私!)
「独身だから? 頼ちゃん見てると、なんかすっごい懐かしい気持ちになるー」
「え、えへへ、そう? 自分じゃわかんないなー」
もう笑え、笑うしかないぞ、と自分を奮い立たせ頼子は笑った。頑張った。
これはマウントじゃない。世間一般的な話に過ぎない。
これだから中途半端な田舎は価値観が古いんだから~。と、内心舌打ちするぐらいは許されるだろう。許してほしい。頼子は笑顔で願った。
結婚は人生の墓場だぞ~。だって結婚して子ども産まなきゃみんなが抱えている悩みなんて一生知る必要もないわけだし、誰にも自分のペースを邪魔されないわけだし。
そりゃまあ、それも幸せの形だよ、って言われたら、そうだよねって同意はできる。
だって、羨ましいって気持ちはあるもん。
でも、いないんだよね。結婚してくれるような相手。
別に頼子だって結婚なんかするか! って思ってない。
相手がいれば――酒好き女でもいいよと言ってくれる社会人なら誰だっていい。いや、誰だってよくないけど――できるならしたい、今から婚姻届け出しに行くようなスピード結婚でも構わない。
だけど、してくれる人がいないんだよ!
心の中で言い訳めいたことを独白していたら、突然正面に座っていた友人が口を開いて強烈な一撃を放った。
「頼ちゃんてさ、なんで結婚しないの?」
「え」
固まった。
な ん で 結 婚 し な い の ?
(え)
「えぇ?……いやあ、何でだろねえ。みんなは子育て頑張っててすごいなぁ」
何も考えられなかったが、適当な回答が勝手に口をついて出ていた。
そうやって頼子は頑張った。頑張って笑った。
(なんでって言われてもな)
ぼんやりと考える。
逆に「何で結婚できると思った!?」と聞いてやりたい衝動に一瞬かられたが、そんなことをしてもきっと頼子の欲しい答えは出ない。
その問いかけの衝動は激しく、頼子は心あらず状態のまま、笑顔の仮面を貼り付けてその場をやり過ごし。
そうやって大事な友人の一生に一度の晴れ舞台は終わった。
ファーストバイトもフォトサービスも全然記憶に残らなかった。
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