4話 男性ホルモン
「私ね、本当に汚い女なの。」
「どういうこと。」
「私ね、男性が好きになれなくて、好きなのは女性なの。そんな女性、ほとんどいないじゃない。だから、愛し合える相手が見つからないのよ。」
「そうなんだ。つらいね。」
「わかってもらえる? あなたは、今は奥様は一緒じゃないみたいけど、結婚してたんでしょう。羨ましいわ。」
「そんなんじゃないよ。」
「いえいえ、絶対に幸せな結婚をしてたのよ。」
「実は、僕は女性なんだ。」
「意味がわからない。だって、ヒゲも生えてるし。」
「昔から、女性が好きで、男性になりたくて悩んでた。そこで、勇気をだして男性ホルモンを飲んで男性として暮らしてるんだ。」
「・・・。」
「信じられないんだったら、ここ触ってみて。」
手を触れると、男性としてあるべきものがなかった。
少し変だとは思っていたけど、バストも少し大きい。
男性でも大きい人はいるしねと思っていたんだけど、それにしては大きすぎる。
だから、声も女性みたいという先日の記憶が蘇ってきた。
「でも、子供は生みたかったんだよ。だから、精子バンクから精子を買って、自分で生んだのがあの子なんだ。でも、手術して男性器をつけるとか、バストを切るとかまで勇気はなくて、身体は女性のまま。ヒゲを生やし、風貌は男性ぽくしているだけかな。だから、女性が好きでも声をかける勇気がなくて、今日まで来てしまった。でも、先日、キラキラしたあなたと出会って、あなたのことばかり考えていたんだ。もし、女性のことしか好きになれないんだったら、僕の身体は女性だし、一緒に付き合えないかな?」
「え、突然で、よくわからない。」
「断ってもいいから、ゆっくり考えてみてくれ。」
その晩は、彼は娘さんの部屋に布団を敷いて寝ることにした。
私は彼がいつも寝てるベットで過ごしたけど、たしかに男臭さはない。
包みこまれるような温かさの中で、ぐっすりと寝ることができたの。
朝日が目に入り、私は、冷蔵庫にあるベーコンと玉子をフライパンで焼いた。
食パンを焼き上げたころ、コーヒーの香りで目が覚めたのか、彼と娘さんは起きてきた。
「わぁ、おねえさんがまだいた。おはよう。」
「おはよう。よく寝れた?」
「ぐっすり。」
「おはよう。朝ごはん、ありがとう。おいしそうだね。」
「起きたのね。じゃあ、食べましょう。」
「昨晩は、無理なことお願いしちゃってごめんね。返事待ってるから。」
「もう少し、時間をちょうだい。あなたのこと、なんにも知らないから。」
「待ってる。」
「ねえ、おねえさん。食べたら、早く遊びにいこうよ。」
「そうね。どこがいいかしら。」
「遊園地に行こうよ。お父さん、いいでしょう?」
「そうだね。いいかな?」
「もちろんよ。」
私達は、遊園地で思いっきり楽しんだの。
そして、帰り道、道端には、野の花も咲き始めているのに初めて気づいた。
小川のせせらぎも気持ちがいい。
心が華やいだからか、周りは色にあふれているのに改めて気づいたの。
まだ、少し寒いけど、陽の光は温かい。白いレースのスカートは風になびいている。
周りからみると、恥ずかしいけど、私の顔には、微笑みがあふれていたんだと思う。
そして、彼の家で過ごすことが増えていった。
私は、彼のレクチャーを受けて、トレーダーとしての経験を積んでいった。
そして、彼の家で、ネットでの株式投資をして、着実に資産形成をしていった。
ごはんは一緒に食べ、もう一緒に暮らしていたの。
こんな生活、悪くはない。というより、毎日が幸せ。
彼は、山を歩くのも好きで、ふもとに別荘を買い、金曜日の午後には車で別荘に向かう。
土曜日の朝から女の子とハイキングをする。
夜には、別荘に引いた温泉に一緒に入るなんて贅沢な時間を過ごした。
朝、起きると、女の子を囲み、彼の横顔がある。まるで家族。
化け物で変人な私でも、普通の幸せを得ることができた気になっていた。
心が満たされる日々が続いた。
今から思うと、やっぱり男性と一緒に過ごせないことの世間体が気になっていたんだと思う。
この人とは、一緒にいることが心地よかった。
女性どうしで過ごし、外からは男女の家族としてみられる、それが両立できることが。
ずっと、この生活が続くものだと疑うこともなく・・・。
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