3話 親子
組織メンバーの大部分は公安から暗殺され、壊滅的な状況だという情報が入っていた。
もう、あの組織から逃げられるかもしれない。
公安からも目をつけられないように静かに暮らそう。
もう、生まれてから100年近くが経つのね。
そういえば、こんな体になる前のことは、もう思い出せない。
でもその100年で、生活も、女性の立場も、信じられないぐらい変わった。
女性が好きだとカミングアウトする女性も、最近では珍しくなくなった。
むしろ、そういう気持ちを隠しながら生きるのはよくないという風潮になったと思う。
私が戸惑うのも当然のこと。
そういえば1999年にノストラダムスの大予言とかあったわね。
私もこれで死ねるかもと思ったけど、なにも起きなかった。
これから何かに頼るんじゃなくて、自分で生きていかないと。
世の中ではバブルが崩壊し、暗い話しが増えていった。
あれだけはしゃいでいた日本が一気に暗くなったのは不思議だったわね。
私は、就職氷河期でも、組織に守られていたので仕事につけた。
でも、周りの女性は、有名大学をでても派遣として働くなんていう姿をよく目にしたわ。
お金もないので、ぜいたく品は買わないし、高いレストランとかにも行かない。
些細なことに幸せを感じようという雰囲気になり、それは今の私にはぴったりだった。
会社での服装も自由になり、夏とかは、Tシャツに緩いスカートとかで出社した。
ある週末、桜が満開な公園でベンチに座っていると、可愛らしい女の子が目に入ってきた。
お父さんとシャボン玉を飛ばして大笑いしている。
「お父さん、こっち、こっち。シャボン玉が飛んでいっちゃうよ。」
「美海、あまり走らないでね。公園からでると危ないよ。」
お父さんと娘さんが、大笑いしながら遊んでる。
お父さんは、娘さんを愛おしいという目で暖かく見守ってる。
こんな親子もいいわね。私も子供がいたら、幸せだったのかしら。
私は女性が好きだけど、子供がいらないわけではない。
これまで、そんなことを考えたことがなかっただけ。
シャボン玉は、紫や緑や橙色とか複雑な模様で、陽の光をあびてキラキラしている。
お父さんの口元から飛ばされた大小のシャボン玉は、そよ風で流れていく。
それを追いかけて娘さんが大笑いして捕まえようと走っていた。
子供は純粋で汚れもなく、かわいい。
ただ、目の前のシャボン玉だけがすべての世界で、今を楽しんでいる。
私は、ずっと、この娘さんを眺めていた。
そして、お腹も空いたので持ってきたアップルパイを食べることにした。
すると、あの娘さんが近寄ってきて、話しかけてきたの。
「おねえさん、そのアップルパイ、とても美味しそう。どこで買ったの?」
「お姉さんが自分で作ったのよ。多めに持ってきたから食べてみる?」
「え、本当! 食べたい。」
「美海、知らない人にねだっちゃだめだろう。」
「いえ、いいですよ。お父さんも、いかがですか?」
「いいんですか?」
女の子も、無精髭のお父さんも、私のアップルパイを笑顔で食べてくれたの。
ベンチに女の子を囲み3人で座っていたから、夫婦と子供に見えたかもしれないわね。
でも、不思議とお父さんと一緒にいるのは嫌じゃなかった。
普通だったら、仕事以外で男性が近づいてくると嫌悪感があるのに。
娘さんがいたからかしら。
アップルパイを食べながら、しばらく雑談をしていた。
「お母さんは、今日は来ていないんですか?」
「いえ、この子には親は私だけなんです。」
「変なこと聞いちゃって、すみません。」
「いえ、いいんですよ。」
このお父さんは、無精髭は生えているけど、肌はとてもきれいだった。
きれいというより、きめ細やかで、柔らかそうに見える。
シミやシワもなく、紫外線対策とかしっかりしているのかもしれないわね。
そして、声は男性らしい低音というよりは、少しキーが高い感じがした。
まだ若いのね。
その後、私がシャボン玉をふき、娘さんとしばらく遊んだ。
どうしてか、お父さんとは自然な自分でいられたの。
でも、公安かもしれないから、心は許せないと考え直す自分がいた。
その時は、それで別れたんだけど、しばらくして、そのお父さんと再会した。
会社からの帰り道、スーパーで買い物をしていると、あのお父さんから声をかけられたの。
「あれ、また会っちゃいましたね。この辺に住んでるんですか?」
「ええ、本当に偶然ね。今日は、お嬢様は一緒じゃないんですか?」
「家で、帰りを待っています。どうですか、娘も一緒に夕飯を私の家で食べませんか?」
「え、この前、会ったばかりなのにお宅までお伺いしたらお邪魔でしょう。」
「そんなことありませんよ。娘も喜びます。この前、一緒に遊んでくれたお姉さんと、また会いたいと言っていたので。」
「そうなんですか。じゃあ、今回は、お言葉に甘えて行っちゃおうかな。」
「どうぞ。ご遠慮なく。」
スーパーからお父さんの家に向かう道は、夜桜が街頭の光を浴びていた。
春を迎える華やかな気持ちになれる風景。私は夜桜が好き。
あたりは暗くて何もみえず、桜だけがスポットライトを浴びて幻想的な風景。
一瞬の輝きだから美しく思えるのね。
彼とは付き合う気もなかったけど、娘さんとはまた楽しい時間を過ごしたいと思った。
でも不思議。私が、娘さんがいるといっても男性の家に行くなんて。
少しは気持ちの変化もあったのかしら。
「鷺ノ宮さんは、どんな仕事してるんですか?」
「お恥ずかしいのですが、銀座のクラブでホステスをしています。」
「そうなんですか? こんなこと聞いちゃいけないんでしょうけど、初めてあった男性と寝てお金をもらうなんてこともあるんですか?」
「いえ、そういうことはしません。仕事に疲れた男性の話し相手になって、ガチガチになって体から離れない鎧を取ってあげるようなことをしているんです。」
「そうですか。それは大変だ。何も知らないですみません。」
「いえ、普通は知らないですよね。」
「でも、その若さで、銀座のクラブで、そんな仕事してるんですね。」
「あまり、人に言えない職業なんで、普通は隠すんですけど、釘宮さんには、なぜか、言ってもいいかななんて思っちゃって。ところで、釘宮さんは、どんな仕事しているんですか?」
「最近までIT会社で働いていたんです。でも、娘の美海と一緒に暮らす時間がもっと欲しくて、会社辞めたんです。」
「いいお父さんですね。でも、お金とかはどうされているんですか?」
「今は、自分の部屋で株式投資をしています。もともと、銀行のトレーディングのシステム開発をしていて、大体の勘所があり、すぐに儲けることができるようになりました。」
「すご〜い。私なんて、株式なんてやったこともないし。」
「簡単ですよ。バブルは崩壊しましたけど、うまくやれば、暮らしていくのに十分な稼ぎを得られます。でも、なによりも良かったのは、娘の美海が一緒にいて喜んでくれること。美海の笑顔を見れるなら、それだけで幸せですから。」
「釘宮さん、とっても素晴らしいお父さんなんですね。」
家に入いると、私が来ると聞いていたのか、娘さんが走って、私に抱きついてきた。
くすくす笑って、私の手を掴み、部屋に招き入れてくれた。
とても、清潔感があるダイニング。娘さんと一緒に暮らしているからなのかな。
私達は、女の子を囲み3人でテーブルに座った。
お料理はお父さんが作り置きしていたハンバーグをチンしたもの。
私も、キャベツを切って、お皿に盛り付けた。
私も、男性と仲良くなれたら、こんな家庭を作れたのかもね。
でも、それは無理。男性には興味はないし。
ただ、このお父さんはそんなに嫌じゃない。
そんな男性もいるのには驚いていた。
私はお酒を交わして陽気にいっぱい話していた。
女の子は寝る時間になり、お風呂に入って、パジャマで寝室に行く時間になった。
「おやすみなさい。」
「おやすみ、おねえさん。また、明日遊んでね。」
「じゃあ、明日の土曜日には、公園でまた会おうね。」
「絶対だよ。じゃあね。」
「おやすみ。」
可愛らしい娘さん。
30分ほど経った。娘さんは寝たかしら。
私はお酒を傾けていたら、結構、酔っ払って、話してしまったの。
ずっと秘密にしてきたことを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます