2話 再会
「あれは、鷺ノ宮 凛じゃないのか。」
私は、過去に経団連の会長をしていたが、不正が明るみになり失脚した。
不正が1つもないリーダーなんていない。
なかには、それが発覚せずに、リーダーとして君臨し続ける人もいる。
だが、そんな人は本当に一握りで稀だ。
今日は、昔、私の職場があった銀座の街を歩いていた。
私が日本を動かしていると実感していた頃を懐かしみながら。
そんな時、凛、いや凛と瓜二つの女性を見かけたんだ。
当時、よく通ったクラブ「フルムーン」でいつも指名していた女性だ。
凛は、今だと40歳ぐらいだろう。
前から近づいてくる女性は、どう見ても20代前半だ。
若々しく、顔にはあどけなさも残っている。
でも、どこから見ても昔一緒の時間を過ごした凛にそっくりだ。
あんなに似ている人はいない。もしかしたら妹なのか。
それにしては、歳の差もある。でも、娘さんという程の差もない。
そして、その女性に無意識に話しかけていた。
「あのう、鷺ノ宮さんではないですか?」
その女性は、自分の名前を呼ばれ、誰かと振り返ったように見えた。
「どなたですか?」
「私、昔、経団連の会長をしていましたが、今は、仕事はせずに余生を楽しんでる者です。」
その女性は、一瞬、凍りついたように見えた。
なにかやましいことがあるかのように。
しかも、自分の顔をまじまじと見つめた後、その場を逃げるように去ろうとした。
「待ってください。」
「私になにかご用事ですか?」
「鷺ノ宮さんですよね。」
「ええ、そうですけど。」
「あのう、鷺ノ宮さんのお姉様に凛さんとうい方はいますか?」
「どうしてですか? 私は急いでいるので、失礼します。」
「凛さんとは昔、お世話になっていて、長らく会っていないもので。でも、あなたは、凛さんにそっくりで、もしかしたら、妹さんとかじゃないかと思って・・・。」
「間違いです。」
「でも、あなた、鷺ノ宮さんなんですよね。」
「もういいでしょう。失礼します。」
「せめて、どこに住んでるか教えてください。」
「どこの誰かわからない人に住所なんて教えられないです。離してください。警察を呼びますよ。」
遠くに走っていく女性を止めることは、今の自分にはできなかった。
顔がそっくりで、名前も鷺ノ宮というのだと思う。
凛と血縁があるのは間違いないのだろう。
自分でも不思議に思ったが、それから、その女性の後を追った。
電車でも陰に隠れ、ついていくと、住んでいるところも突き止めた。
その家の様子を数日見ていた。
雨の日も、傘をさしながら電柱の陰で生活を覗き見する。
20歳ぐらいの女性に纏わりついている自分に、今更驚いていた。
こんなおじいさんが、若い女性をストーカーしているんだから。
その中で、なんとなくわかってきた。
男性と一緒に暮らしていて、4歳ぐらいの娘もいるようだ。
結婚して、幸せな人生を送っているのだろう。
お昼は家にいるから専業主婦なのだと思う。
子供の送り迎えをしている。
ただ、ママ友とかとの交友は苦手なようだ。
旦那さんは、どんな仕事をしているのだろうか。
会社に出勤する様子はない。
資産家なのかもしれない。
さすがに私は夕方には家に帰るから、それ以降のことはわからない。
ただ、子供もいるし、夫婦団らんという感じなんだと思う。
あの女性は、20歳に見えたが、30歳ぐらいなのだろうか。
それなら凛の妹という可能性はある。
でも、それ以上は分からなかった。
ただ、突然、男性と娘の姿は見なくなった。
そして、あの女性も最近は気配を感じない。どうしたのだろうか。
犯罪になるとは思いつつ、父親と偽って管理人から鍵を借りて家に入ってみることにした。
管理人は、本当に、その女性の父親かその目には疑いがにじみ出ている。
「最近、娘から連絡がなくて、心配で来てみたのですが、部屋に入れてもらえないでしょうか?」
「304号室の江川さんね。旦那さんとお子さんは残念でしたね。」
「え、何かあったんですか?」
「知らないの? 娘さんと仲が悪いとは思ったけど、そんなに悪かったんだ。旦那さんと娘さん、交通事故で亡くなったんですよ。本当に聞いてないんですか?」
「初耳でした。」
「本当に奥さんのお父さんなんですよね。娘さんの名前を聞いてもいいですか?」
あの女性の名前は知らない。
「鷺ノ宮り・・・。」
でも、知らないとは言えないので、とっさに「り」まで言いかけてしまった。
「たしかに、鷺ノ宮 凛さんね。あの家族、事実婚で、戸籍上は家族じゃなかったんでしょう。お父さんも、よく娘さんのことを許していたね。それとも、それで仲が悪かったのかな。じゃあ、部屋に言ってみよう。」
え、あの女性は凛という名前なのか?
どういうことだろうか。
そんなことを考えていると、管理人は、玄関を開けた。
「誰もいないみたいですね。え、部屋にはなにもない?」
家の中は、人が暮らしているぬくもりというものが全くない。
冷蔵庫の電源は切られ、中に食べ物とかは全く入ってなかった。
水道も電気も止められている。いつの間に。
外の表札は鷺ノ宮とあり、誰かにこの家を転売したのではなさそうだ。
「お父さん、娘さんが、旦那さんと娘さんの死に耐えられずに出ていってしまったという感じですね。行方不明ということですか。それは心配だ。ところで、どうします? このマンションは分譲マンションだし、もう旦那さんは購入代金を支払済のようだから、このままでもいいけど、このまま放置していたら傷んじゃいますよ。とはいっても、娘さん帰って来るかもしれないしね。当面は、お父さんが窓とか開けて定期的に換気とかしてくださいね。」
「いない・・・。」
「まあ、ショックですよね。警察にいっても、行方不明じゃ、対応してくれないから、連絡を待つしかないですかね。鍵を渡しておくから、合鍵を作って、後日、私に返却して。私はこれで。」
管理人は、孤独死していなくてよかったとぼそっと言いながら部屋を出ていった。
管理人が父親と誤解してくれたのは助かった。
でも、あの女性は、どこに行ったのだろうか?
そういえば、以前会ったとき、20歳の女性にはない風格、凄みを感じた。
どういうことだろうか? あんな若い女性が、何を経験すれば、そうなるのだろうか?
今回の移転も、とても手際がよくて、全く気づかなかった。
そもそも、大きなことを見逃しているんじゃないか。
何歳なのかも、いろいろな矛盾があってわからない。
なにか、勘違いしているのだろうか。
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