5話 同窓会

僕は、高2のクラス替えで喜び、期待が高まっていた。

前から気になってしかたがなかった聡子と同じクラスになれたから。

高2最初の授業を待ちながら、わくわくしながら、クラスで自分の席に座っていた。

そうはいっても声をかけられるか不安でいっぱいなのも事実だった。


僕は、高1のときに廊下で会って、笑顔で輝いている聡子にショックを受けたんだ。

聡子とすれ違うと、そよ風がふき、笑顔からは木漏れ日のような光がさした。

はじめて女性にときめき、その時以来、聡子のことしか考えられなくなっていた。


ただ、聡子は、バスケットボール部のキャプテンと付き合っていることがすぐに分かった。

彼は誰かとか知らないし、知りたくもない。

聡子は彼に夢中なのだろう。僕の入り込める余地はないはずだ。

そう思って、聡子には言葉をかけることはできなかった。


聡子は、休み時間とかになると、後ろ側で、友達とアイドルの振り付けを踊っていた。

いつも熱心に真似して踊っている聡子は、いつも輝いていて、僕には眩しかった。


いつも20m以内ぐらいにいる聡子。いつでも、声をかけることができる。

声をかければ、普通に返事をしてくれるだろう。

でも、声をかけて、どうなるんだろう。


聡子には彼がいるんだから、僕と付き合うことはない。

だったら、声をかけるだけ虚しいのかもしれない。

近くにいるだけで十分に幸せということなのかもしれない。


窓から陽の光がクラスの中を照らし、クラスメートの笑顔が溢れる。

その教室の中で、僕だけ、時間が止まり、色がない世界。

せっかく、聡子と同じクラスにいるのに。


学園祭とかでクラスが大きな熱気に包まれているときも、僕だけは別世界にいるみたいだ。

みんなと合わせるように薄ら笑いを浮かべるしかない。


高2で一緒のクラスになれたことは、せっかくのチャンスのはずだった。

でも、なにもできずに1年が過ぎ、高3では別のクラスになり、大学受験に専念する。

結局、聡子とは1回も話すことができずに高校を卒業することになってしまった。


卒業式のときに、せめて聡子に、ずっと心惹かれていたことを伝えようと思った。

だけど、聡子の顔をみたら勇気がなくなった。

今更何を言っても、何も起こるはずがない。

結局、なにも言えずに高校生活が終わったんだ。


高校の門を出るのが最後になるとき、校舎を振り返った。

自分の情けなさに、校舎が薄汚れたようにみえた。

そして、みんなが僕をくだらない人間だと笑っているようで、そこから走って逃げた。


無理だったとは思うけど、告白して、僕を振り向かせるチャンスはあった。

でも、そんなチャンスを使うことなく、高校生活が終わったんだ。

家に帰る途中、河原で1人、子供たちが野球の練習をしているのを呆然とながめていた。


そして、自分ではわからなかったけど、雫が頬を落ちていった。

今でも、美しかったあの夕日は忘れることができない。


その後、大学生、そして社会人になって、3人の女性とつきあい、男女の関係も経験した。

でも、聡子をみたときのトキメキはなく、いずれも長続きしなかった。


むしろ、女性のことよりも、初めてのビジネスマン生活は楽しかった。

だから、付き合っている女性のことなんて考えることもなく時間は過ぎていったんだ。

ホテルで目覚めるともう僕がいないのは寂しいとか、女性はうるさいことばかり言う。


彼女たちから、LINEで連絡しても返事がないとか言われて、面倒だとさえ思っていた。

忙しいんだから仕方がないとLINEの既読スルーし、彼女たちを思いやることはなかった。

今から思うと、ひどい男だったと思う。


僕は、大人になっていくなかで、女性と恋に落ちることからは卒業した。

情熱的に1人の女性を好きになるなんて、今後はもうないって思っていた。 


そんな時、高校卒業から10年が経ち、高校の同窓会の手紙がきた。

同窓会なんてびっくりしたけど、それなら、もしかしたら聡子と会えるかもしれない。

再び、心が踊ったんだ。


まだ、女性と恋に落ちることには卒業していなかったということだよな。

それから、聡子と会えることばかりを考えて、日々を過ごしていたんだ。


でも、期待して同窓会にきたけど、聡子は来てなかった。そりゃ、そうだよな。

いまごろ、だれかと結婚して、子供とかいるにちがいない。

ここには女性も多くいるけど、聡子ぐらい輝いていれば、男性は放っておくわけがない。


僕は、同窓会で、昔の友達と話して楽しそうに振る舞っていた。

でも内心は、この時間が早く終わらないかと、がっかりして過ごしていたんだ。

やっぱり聡子とのチャンスなんて、もう高校のときに終わっていたんだ。

当時の先輩の彼と結婚したのかもしれないし。


あと30分で帰ろうかと思っていた、ちょうどその時、僕の時間は止まった。

入口のドアが開き、ひらひらとしたドレスを着た聡子が入ってきたじゃないか。


高校の時の後悔を繰り返すのは嫌だと思い、重い体にむち打ち、聡子に近寄っていった。

そして、聡子が女友達と笑顔で話している中に割り込んだんだ。


「遅かったじゃないか。」

「ええ、仕事が思ったより長引いちゃって。」

「今日は土曜日なのに、仕事があるんだ。今は、何やっているの?」

「アパレル系の会社で仕事してるの。ところで、橘くん、ひさしぶりね。」

「名前、覚えていてくれたんだ。ありがとう。」

「そりゃ、2年のとき、同じクラスだったでしょう。あたりまえじゃない。たしか、和樹くんだったよね。ところで、橘くんは、私の名前、覚えてる? 忘れてるんじゃないの?」


皮肉を込めた笑顔だったが、そんな顔も心が揺さぶられる。

あれから10年経っても、華やかさ、可愛らしさは全く変わっていない。


「もちろん、覚えているよ。宮本だろう。そして名前は聡子。」

「覚えてくれたんだ。嬉しい。ところで、橘くんは、いま、仕事はなにやってるの?」

「週刊誌の記者をやってるんだ。」

「芸能人のスキャンダルとか?」

「いや、政治家とかの不正を暴くとか。」

「すごいじゃん。」

「でも、高校の時って1回も話さなかったよね。」

「そうね。橘くんは、私のこと嫌っていたから話してこないんだと思っていたけど。」

「そんなことあるはずないじゃないか。眩しかったから、声、かけられなかったんだよ。」

「それは意外。橘くんは優等生だったし、女性からモテてたっていう印象だったけどな。でも、今、話しかけてこれたってことは、私の眩しさはなくなっちゃったってことね。」

「そうじゃないよ。今でも、相変わらず眩しいよ。高校のときに、1回も話さなかったことを悔やんで、今日は話してみたんだ。」

「じゃあ、今日は来た意味があったかな。」


聡子は、何回も、僕の腕をパシパシと叩きながら、笑顔で話していた。

こんな日が来るとは思っていなかったんだ。

僕は、笑顔で話しつつも、心では泣きそうだったんだ。


聡子が僕と仲良く話していたら、さっきまで聡子と話していた女性達は去っていった。

同窓会に来た聡子だったけど、結局、残りの30分は、ほとんど僕と話していたんだ。

僕との飲み会に来たような形になっていた。

僕も、他の男性に取られたくなかったから、誰もこの輪に入るなとオーラを出していた。


「せっかく再会したんだし、今度、どこか一緒に行ってみない?」

「いいわね。」

「彼とか旦那さんに怒られない?」

「そういうのいないから。」

「そうなんだ。じゃあ、どこか、いきたいところってある?」

「そうね。水族館とか好きかな。」

「それいいね。じゃあ、今度の土曜日、サンンシャイン水族館とかどう?」

「行きたい。来週の土曜日、調べてみるね。大丈夫。じゃあ、朝10時に、池袋PARCOの1Fにあるインフォーメーションカウンターに待ち合わせってどう。」

「わかった。どこか知らないから調べておく。」

「迷ったり、遅れそうなら連絡ちょうだいよ。LINE交換しておこう。」

「じゃあ、このバーコード読み込んで。」

「えーと、これで友達になれたね。じゃあ、楽しみにしてる。」


話しが、思ったよりスムーズに進んだことにびっくりしていた。


そして3ヶ月ぐらい経ったころ、僕らは付き合っていたんだ。

その日も、劇団四季のミュージカルを観て、その後、六本木のレストランに来ていた。


「今日の公演、とってもよかったわね。」

「ミュージカルは初めてだったけど、あんな風に表現するなんて感激だったな。ところで、こんなに素敵な聡子が、同窓会で会ったときに付き合っている人がいないと言ってたけど、不思議に思ったな。」

「あのときは、ちょうど別れた時だったのよ。こんなこというと引かれちゃうかもしれないけど、とても憧れている会社の先輩がいたの。でも、その人、結婚していて、それでも、私のこと好きになって欲しくて、いつも、背伸びして先輩と一緒にいた。でも、先輩から、もうこれ以上は無理だと言われて、別れちゃった。今から思うと、先輩は迷惑だったんだと思う。」

「そんなことがあったんだ。」

「私は、いつも、男性とは背伸びして付き合っていたの。でも、和樹とは、高2の同じクラスでも、1回も声をかけられなかったから、付き合うことはないと思っていたし、背伸びなんてしてなかったの。それでも、和樹は私のこと好きになってくれて、背伸びしなくても好きになってくれる人がいるんだと初めて気付いたわ。和樹といると、ありのままの自分でいられて、本当に楽。」

「そう、思ってくれるんだったら、嬉しいな。」


それから1年後、聡子と婚約をした。


でも、その時に、聡子とその友達の凛が話していることを僕は知らなかった。


「凛、昔のクラスメートなんだけど、いいカモが見つかったのよ。」

「どういう意味?」

「政治関係の週刊誌記者。これで、クラブ「フルムーン」で働く時間以外でも、彼を通じて情報収集ができる。だから、結婚することにした。」

「そんなことで、結婚を決めないほうがいいわよ。彼を愛しているならいいけど。」

「愛してなんかいないわ。愛なんて、一時期だけのもの。結婚したら、すぐ愛なんて冷めてしまうものよ。だから、結婚するなら、実益があった方がいいでしょう。」

「で、彼は、どんなこと調べているの?」

「まだ聞いていない。それが結婚の目的だなんて警戒されちゃ困るでしょう。それは、結婚してから、おいおいということで。私、組織で成果をだして、もっと中心的に活動したいの。」

「まあ、それは聡子の勝手だけど。無理はしないでね。最近は、公安の目も厳しくなってきているから。」

「そうね。できるだけ静かにしておくわ。」


そして、僕が知らなかったのと同時に、聡子と凛も知らなかった。

僕が、超能力組織の情報を調べつつあったことを。

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