4話 さようなら

僕は恵子との交際を続けていた。

内閣府では、30歳ぐらいで結婚して落ち着くのが出世の条件と暗黙の了解があった。

家庭をもって落ち着くことが仕事に専念できる条件だと。

そんなこともないと思うけど、やはり気になる。


最近は、結婚をせずに仕事をがんばる人も増えてきたのは知っている。

でも、僕は出世したい。だから、今がとっても重要なタイミングだ。

そんな僕にも、やっと、明るい未来が見えてきた。


最近は、お互いに仕事が忙しかったから、週末にレストランを巡ることが多かった。

でも、なかなかプロポーズの返事がもらえないことに、最近、ストレスがたまっていた。


「僕たち、付き合って1年が経ったけど、そろそろプロポーズの返事をくれないかな?」

「一郎のことは本当に大切に思ってるし、これからも、ずっと付き合いたい。その気持ちには全く変わりはないけど。」

「ありがとう。でも、僕は急いでいるんだ。」

「いいじゃない。そんなに急がなくても。急がなければいけない理由があるの?」

「恵子だって29歳になったし、お互いの年を考えて、そろそろ子供も欲しいんだ。普通なら、この年だと、女性から結婚を迫ってくるもんじゃないかな。」


普通って、何よ。私は、超能力者で普通じゃないの。


「まずは、僕の親に会ってくれよ。結婚の返事は、それからでいいからさ。僕の親も、そろそろ結婚しろって、お見合いとか持ってきているんだ。安心させたくてさ。お願いできないかな?」

「う~ん。一郎の親に会いたくないという訳じゃないんだけど、会うとなると、私の親にも会わせないと怒りそうだし。」

「僕は、恵子のご両親に会うよ。」

「でも、まだ、心の準備ができてないし。」

「なにか、問題でもあるの?」

「いや、私の親は頑固だし。」

「僕らの関係を次のステップに進めたいんだよ。そのぐらい、なんとかしてくれてもいいだろう。」

「考えてみるけど。」


なんとなく歯切れは悪かったが、多分、恵子のご両親に会わせてくれると思う。

それなら早い方がいいよな。僕の親に会う日程候補をいくつか伝えておいた。


「恵子さん、始めまして。一郎の父親です。まだ付き合っている段階とは聞いているが、あなたも29際の女性として落ち着いた方がいいだろうし、結婚を前提とした付き合いだということでいいんだよね。」

「もちろんです。よろしくお願いいたします。」

「よかった。じゃあ、まだ早いかもしれないが、お祝いだ。ところで、恵子さんは、どんな仕事をしているんだい。」

「マーシャルという外資系コンサル会社でマネージャーをしています。」

「そうなんだ。まだ若いのに、よく頑張っているね。そうだとすると、仕事が楽しくて結婚はまだという感じかな。気持ちは分かるけど、年を取るのはすぐだし、結婚しても続けていけばいい。」

「はい。」


そうなんだ。これまでコンサルタントとは言っていたけど、仕事をがんばっているんだな。

僕が課長とかじゃないことを気にして言えなかったのかもしれない。

でも、将来は僕も出世するから、そんなこと気にしないでいいのに。


そして、僕も恵子のご両親にお会いし、結婚を前提としたお付き合いをしていると伝えた。

恵子のご両親は、かなり年をとってから産んだ子だと言っていた。

だから、父親は、すでに定年で年金生活をしているとか。そんな話しも初めて聞いた。


頑固と聞いていたけど、そんな雰囲気ではなく、とても優しそうなご夫婦だった。

これなら、結婚後も、うまくやっていけるだろう。


なんとか、次のステップにこれたから、どんどんアプローチして結婚に持ち込んでいこう。

こういうことは勢いだって聞いたことあるし。


「結婚式って、どんな風に考えている? 100人ぐらい呼んで盛大にやるとか、家族だけでハワイとかでやるとか。」

「まだ、実感がないな。一郎はどう考えているの?」

「職場の人を呼ぶとか面倒だし、家族だけでハワイとかいいかも。」

「そうよね。私も、あまり盛大にやるのは違うかな。」

「どこがいい?」

「任せるけど。」

「わかった。考えておく。でも、その前に、恵子から正式にプロポーズの返事をもらわないと。」

「すこし待っててね。」


でも、それから半年経っても、恵子からの返事はなかった。

まだ独身でいたいという気持ちなのだろう。


「ねえ、僕はもう待てない。今日、恵子から返事もらえないなら、もう別れるしかない。」

「そうなの。そういうのなら、残念だけど、これで最後にするしかない。」


え、そういう答えを期待していたんじゃない。

でも、別れると言ったのは僕だし、引き止めることはできなかった。

去っていく恵子を見守ることしかできない。行かないで欲しい。


周りは、ちょうど桜の花びらが散りはじめ、目の前は、薄ピンク色の世界だったはず。

でも、目には、大粒の涙がいっぱいで、先が見えない。

夜なのに、街灯と散っていく花びらでお昼にいるみたい。


世の中は、冬から春に向かい、みんなが歓迎ムードで楽しそうにしている。

それなのに、どうして、僕の将来は真っ暗なのだろうか。

それも、自分の手で真っ暗にしてしまった。


僕が焦ってしまったのが悪かったのだと思う。

そうでなければ、一緒にいることで、もっと僕のことを好きになり、結婚できたかも。

どうして、あんなこと言っちゃったんだろう。僕が悪いんだ。


夜桜から散った花びらが、小川の上で踊るように流れ、小川を白く彩っていた。

そんな中、僕は、うなだれて川沿いを歩いていった。


そんな時、超能力組織では幹部が話していた。


「あの女は、本当に信用できるのか? 殺しておいた方がいいんじゃないのか。」

「あいつは大丈夫だ。人を殺してばかりいたら、逆に警察から目をつけられちゃうだろう。その前にあの女は仲間だろう。まずは利用することを考えろよ。」

「情に流されているんじゃないだろうな。」

「いや、あんな女に想いなんて一つもないさ。だって、薬を最初に飲ませたのは俺の指示。そして、俺達の組織から出ていくというから、俺の指示で別の組織を仮で作って、あの女を誘った。ずっと、俺の手元にいるんだから。」


そして、恵子も、桜の花びらが水面を埋め尽くした小川沿いの道を歩いていた。

顔いっぱいに涙を浮かべて。


一郎、これからは、一郎を大切にしてくれる人と幸せに生きてね。

私は、あなたを幸せにできないのよ。ごめんなさない。


一郎に会ってもらった私の両親は、その日だけのバイト。

コンサル会社に問い合わせればわかるけど、マネージャーに私の名前なんてない。

ましてや、超能力者で一郎のように清らかな体じゃない。


こんな、はりぼての私が、一郎のことを幸せにできるはずもないじゃないの。

一郎は、いつも、真っ直ぐで、笑顔に溢れ、人をすぐに信じちゃう、とても素敵な人。

ドジなところもあるけど、一緒にいて安心できる男性。


私の理想の男性だった。私なんて横にいる資格がない。さようなら。

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