3話 別れ話し

朋美とは一緒の時間は続いた。

でも、朋美の心が壊れていく音がずっと聞こえていた。

朋美はこの家に毎日帰って来る。でも、その顔に表情は日に日に消えていった。


暗い部屋に閉じこもる時間も増えていく。

私が、少しでも明るくしようと誕生日会をセットしたこともあった。

でも、朋美は、ごめんと言うだけで部屋に戻っていった。


あんな笑顔に溢れる朋美だったのに。

病気なんだから病院に行こうなんて、私から言い出せない。

あれからも、シャワーで汚れを消そうと長時間お風呂にいる朋美がいた。


朝も起きれずに、会社に連絡を入れて休む日も増えて、最近は会社にも行っていない。

一緒にいることは、朋美を苦しめてしまうかもしれない。

でも、1人にさせると、逆に朋美が自殺とかしたらどうしよう。

私は、どうしようか判断がつかずに時間だけが過ぎていった。


そんな中、突然、朋美は別れ話しをしてきた。


「昔の彼が、私がいないと生きていけないと泣かれて、申し訳ないけど、別れて欲しいの。ごめんなさい。」

「え、朋美は男性が好きだったの?」

「男性も女性も好きなのよ。凛のことは本当に今でも好きよ。でも、この前、彼から5年ぶりに連絡があって、精神的にもだいぶ参っていたようだったから放っておけなくて。本当にごめんなさい。」

「私も泣けば、私と一緒にいてくれるの?」

「そんなこと言わないで。昔の彼は本当に危ないのよ。許して。」


本当に悲しかったけど、私は、黙って別れるしかないと思った。

あの事件以降、2人で一緒に過ごすことに自信もなくなっていたから。

というより、もう朋美は限界だったんだと思う。

もしかしたら、彼のことは、私のことを傷つけないための嘘だったのかもしれない。


そして、分かったというと、朋美は、ほっとした顔つきをして、去っていった。

それから、1年後、朋美と偶然、渋谷で出会って、一緒に飲みに行ったの。


朋美は、昔の彼と結婚の話しが進んでいるとか。

どうも、子供が欲しいというのが彼と結婚する理由みたい。

今なら精子を買うという方法もあると言ったけど、子供には父親も欲しいらしい。


それでも、私は諦めきれなかった。

酔っぱらった朋美と一緒にラブホに行き、一晩を過ごしたの。

そして、彼がいてもいいから、時々はこんな風に一緒にいてと朋美の耳元で囁いた。

女友達、そういえば彼から疑われない。


それから、再び、時々会って過ごす仲になっていたの。

今日は、朋美と一緒にホテルオークラの豪華ステイをしていた。

夏休みに、ゆったりとプールサイドで過ごす、そんな感じの広告を見つけて来てみた。


「今度、香港に一緒に行ってみない? 彼にはばれないようにさ。」

「香港か。でも、海外旅行はもう懲り懲りかな。ちょっと、無理かも。」

「まだ、引きずっているのね。だったら、海外じゃなくてもいいから、一緒に旅行とかどう? 朋美と一緒に旅行したい。」

「ごめんね。」


朋美は、シャワーを浴びて、仕事があるからといって、お昼にホテルを出るという。


「もう、行っちゃうの? 寂しいから、もう少しいてよ。」

「でも、仕事が。ごめんね。」

「朋美が行っちゃうと、本当に寂しいの。」

「今回で、会うのは最後にしましょう。私も、彼にもう隠しきれないし。」

「彼が1番でいいから、私とも一緒にいて。時々でいいの。」

「ごめんなさい。本音を言うとね、この前の事件、私が女性が好きだというこの気持ちが、この世の中の摂理に反していたので、神様が罰を下したんだって反省したの。もちろん、自分の気持ちに素直ということは、これからも大切にしたい。でも、女性は男性と一緒になり、子孫を残す。この義務を果たすことが大前提なんだよ。だから、まずは男性と一緒になろうと決めたの。」


そうだったんだ。

世の中の摂理に最も反しているのは、歳をとれない私の方。

そんな私が、朋美に言えることなんて何もない。

苦しんできたんだね。


「せっかく、決心したんだから、この気持ちを躊躇させるようなことは言わないで。凛とは綺麗に別れたい。とっても美しい記憶ばかりだもの。」


朋美は、うつむいたまま部屋を出ていった。

朋美と初めて出会ったバーカウンター、神戸での時間、多くの光景が頭をめぐる。

私の目からは涙が止まらなかった。


私は、ほとんど何もない自分の部屋に戻った。

夕食を作る気力もない。

永遠の命をもらったはずだけど、何もない毎日、生きていてなんの意味があるのかしら。


朋美と別れてからは、また灰色の日々が続いた。

死ねない体なんて、本当に嫌。どこまで私を苦しめるの?

私は特別なことを望んでるんじゃない。


ただ、誰かに愛され、ごく普通の幸せの時間を過ごしたい。

でも、もうレズビアンというだけで、普通の幸せはないのかしら。

だって、公園で私が作ったお弁当を家族で笑いながら食べるなんてできないもの。

だれもがやっていることができない私なんだから。


私は、もう何もやる気がおきず、家に閉じこもるようになった。

化粧もせず、髪の毛は荒れ放題だったけど、肌が荒れるようなことはない。

そんな中でも、お腹がすくのは不思議だった。


時間はたっぷりあるから、最近は、お庭で、ナスとかミニトマトとかを栽培している。

野菜は、日に日に育ち、次の世代に生をつないでいく。

横の家のお爺さんからも、イチゴがよく育ったねなんて声をかけられるときもある。


やっぱり時が悲しい気持ち、むなしい気持ちを和らげてくれるのね。

もう、明治時代の頃の生活なんて思い出せなくなっている。

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