3話 女子アナ

何が起こったのかしら。私の前で横のマンションに電車が衝突している。

電車の中の人たちは押しつぶされ、マンションも大火災になっていた。

そういえば、私はさっきまで電車の中にいたのに。


何が起こったの?

私は、違和感を感じた。そう、下を向くと体型も着てる服もさっきとは違う。

というより、いつもはお腹で見えない足が見える。

しかも、手にはブラを持ち、マンションのベランダにいる。どういうこと?


そういえば、死ぬ直前で私は超能力を使ったんだと思う。

もしかしたら、人と入れ替わる能力だったんじゃないかしら。


私は、部屋に入り、自分が誰なのか分かるものを探したの。

そしたら、明日の4/1入社というテレビ局への案内状を見つけた。

配属はアナウンス部とか。女子アナなの?


鏡を見ると、そこにはスタイルがよく、美形の女性が立っていた。

唖然として、バカのような顔をして佇んでいる。

でも、この女性には悪かったけど、死ぬことからは免れたわね。

この女性は、何も分からずに死んでいったんだと思う。


私は、翌日、テレビ局に行き、入社式に参加し、椅子に座った。

新卒は20名ちょっとで、大体がコンテンツ制作・ビジネス部門という配属。

アナウンス部門は私と男性の2人だけだった。


社長がようこそと挨拶を始めた。

女子アナって、私とは最も縁遠い職業じゃない。やっていけるかしら。

でも、外見はとびっきり美人で、痩せていてスタイルが良い。

女子アナというぐらいでとっても透き通った声。


いきなりテレビ局新人研修が始まった。

職場見学ということでニュース番組の現場を通ったの。

そこでは、私が乗っていた電車の衝突事故を報道していた。


特に、先頭車両はめちゃくちゃだったって。

その壁には、お煎餅のように潰された女性たちがいっぱいだと報道されていた。

みたくないけど、あの中の1人が私なのね。


これまでの私、というよりこの体の女性は死んじゃったんだと思う。

でも、今日からは、安積 陽菜という女子アナの新人として暮らすの。

これってチャンスよね。こんなに魅力的な顔とスタイルなら、人生をやり直せる。


そうはいっても、OJT中心の研修が始まり、先輩たちの指導は厳しかった。

女子アナってヘラヘラしていればやり過ごせると思っていたのよ。

でも、漢字の読み方とかから始まり、何もかも否定され、いつも給湯室で泣いていた。


でも、せっかくの人生のやり直しだから、挫けるわけにはいかないわ。

次の日には言われたことは完璧にこなすよう頑張ったの。

それが認められて、バラエティ、スポーツとか、いろいろな番組に出れるようになった。


仕事は大変だったけど、楽しいこともいっぱいあったのよ。

スポーツ番組に出てる時に、野球選手から合コンに誘われた時は、舞い上がっちゃった。

周りは知っている有名選手ばかり。

また、これまで経験したことがない、あのチヤホヤされるってやつ。


酔っ払って、朝起きたら、あの人気選手の横で寝てた。

彼の肩、腕に目をやると、筋肉がすごい。

こんな腕に再び抱きしめられたいって、あそこがもぞもぞする。


私の体をみると、なにもつけていないわね。

私は立ち上がり、周りに散らばっていた下着を着ることにした。

そうすると、彼も起きたみたい。


「昨日は、とても素晴らしかったよ。」

「私、全然覚えていないんだけど。恥ずかしい。」

「そうだったの。結構、陽気に楽しそうだったけど。」

「そうなんだ。でも、私、マッチョ好きだから、そうだったんだと思う。」

「どう、付き合ってみない?」

「でも、あなたには美人の奥様がいるでしょう。いつも、TVで仲良さそうじゃないの。」

「いや、あれはTVの世界だけで、毎日、嫌味とか言われて、もう限界なんだよ。」

「じゃあ、離婚したら考えてみるね。私、昼番で出ないといけないから、もう出る。昨晩はありがとう。」

「また、連絡する。」


その後、彼から何度か連絡が来たけど、その晩以降は距離を置いたわ。

さすがに人の旦那さんに手を出しちゃまずいでしょ。

奥様とよりを戻し、充実した時間をお過ごしくださいねと丁寧にお断りしておいた。


また、バラエティー番組にも出たけど、MCとか、全国放送で可愛いとかいじってくれる。

そんなことないぞーとかふざけて言っても、みんな大笑いしてくれる。

本当に人気者という感じで楽しい。

美人って、何かと得するものね。想像していたよりすごい。


ところで、仕事は順調だったけど、この体になって変わったこともある。

仕事が厳しかったからかもしれないけど、タラタラする人を見るとイライラするの。

昔だったら、いいじゃないのと言えたことでも、許せなくて、厳しく言っちゃう。


また、女子アナ同士で飲み会とかいくと、上司や先輩の批判や、人の噂話しとかが多い。

昔だったら嫌いだったけど、今は、逆にリードするぐらい話して、不満の吐口としている。

なんでかな。痩せると、脳内で分泌する成分とか、何か変わるのかもしれない。


軌道に乗ってきた時だった。いきなり、アナウンス部長に呼ばれた。

私が学生の時に、キャバクラで働いていたと明日の週刊誌に出るからと告げられた。

そして、期限未定で自宅謹慎になってしまったの。


もともと事故前のことは知らないんだけど、間違いですと何度も言った。

でも、写真とか証拠があって、週刊誌は止められないと言われたわ。


その後、週刊誌の記事を契機にして、水商売アナとか言われて、清楚系から転落した。

毎日のように汚らしい女性とテレビで批判されたの。

だいたい、男性は水商売の店に行ってもいいのに、どうして女性はだめなのよ。

不公平じゃない。


なんてことなの。せっかく人生をやり直そうと思ったのに。

人生って、そんなに簡単じゃないのね。


その後、減給され、アナウンス部門から総務部の備品管理係に配属転換となった。

頑張ろうと思ったけど、あからさまに女子トイレで汚い女って言われたりしたの。

転落するときは早いのね。これまでのやっかみもあったんだと思う。


そんな中で、会社にいることが辛くなって、会社に出社できなくなってしまった。

転職しようとしたんだけど、顔と週刊誌の記事は誰もが知っていて厳しかったわ。

そこで、会社を辞めて、キャバクラで働くことにした。大胆な決断でしょう。


キャバクラでは、競争が厳しかったけど、もと女子アナとして人気は出た。

アナウンス部での苦労を考えれば楽だった。

目標設定をして日々努力していたら、どんどん成果は出てきたの。


特に、会社で働いていて、男性の苦労とかも見てきたからだと思う。

おじさん達の悩み相談とかしていたら、結構、多くのお偉さんから指名をいただけたのよ。


そして、友達もできた。鷺ノ宮 凛という人。


「陽菜さんは、ホステスは天職ですよね。みんなから愛されている。」

「それって、いいことなのかな。私は、女子アナを追放されたのよ。もっと、女子アナやっていたかった。」

「それはそうでしょうけど、女子アナなんて、もって5年ぐらいじゃないの。それなら、早めに転職したと思えばいいのよ。お給料だって、上がったでしょう。」

「そうだとは思っているんだけど。ところで、凛さんは何歳なの。とても若く見えるけど。」

「24歳なの。陽菜さんと同じぐらいよね。」

「同じだ。なんか私より肌とか若いわよね。いいな。これって、遺伝子なのかしら。」

「陽菜さんみたく、私は苦労していないからだと思う。まあ、くつろいで楽しんでいこうよ。」

「そうね。いつも、元気づけてくれてありがとう。」

「いえ、みんなが笑顔で仕事できるのを見るのが好きだから。何か悩みとかあったら、今度、一緒に飲みに行こう。」

「そうね。凛がこの店にいてくれて良かった。」


クラブの休憩室でこんな穏やかな会話がなされているなんて誰も思わないわね。

女性同士の会話なんて、表層的で嘘ばかりだもの。


でも、凛は、実は暗い性格で、1人になると落ち込んでいると聞いたこともある。

職場では、全くそのような素振りはないのに。

それでも凛はやさしくて、美しい女性。こんな女性に私はなりたい。

でも、凛は私のこの体になるのは嫌よね。

凛との関係は大切にしていくね。


そんなことをして1年が経った頃、超能力組織から連絡が来た。

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