第5章 他人に乗り移る

1話 ぶちゃ子

ぶちゃ子、これは学生時代の私のあだ名。

私は、ぶくぶく太っているし、目もひとえで、鼻の穴も上に向いている。

だから、このあだ名に文句はないわ。

むしろ、ドラム缶とか呼ばれるよりは愛嬌があると思っているし。


まあ、もう少し可愛いあだ名の方がいいけどね。

でも、バブルのこの時期はもっとひどいことを言われている子もいるし。


太るのは仕方がないわね。甘いもの大好きだもの。

さつまいもの和菓子なんて目がない。気づくと、いくつも食べてる。

ドロップなんて、1日中食べてるかも。


あと、最近、ラーメンとかも大好き。

高校生のときなんて、帰り道で毎日のように中華屋さんに行っていた。

ラーメン食べると、餃子も頼んじゃう。

それに、家では夕食も食べるから、太らない方がおかしいわね。


高校の制服、スカートとかは大きいサイズでも足りずに、家で縫い直していた。

ウエストの部分にはゴムを入れて伸ばせるようにするとか。

みんな、笑ってるよね。


だから、男性からも声をかけられたことはない。

まあ、仕方がないわ。私と付き合う理由は見当たらないもの。


そうは言っても、男性に告白したことはある。

高校生の時、野球部でいつも輝いている人に、初めて憧れをいだいた。

でも、私なんて見てくれないと思い、いつも、遠くから見ていただけ。


それでも、気持ちを伝えたくて、勇気を出して手紙に書いて、公園で待ち合わせをした。

でも、結局3時間待ったけど来なかったわ。

その数日後、学校で廊下を歩いていたら、彼は、教室で友達に私のこと笑って話していた。

ぶちゃ子から告白されたけど、あんな女と付き合うの恥ずかしくて無理だって。


少し傷ついたけど、そりゃ、そうよね。しかたがないわ。期待するのが間違っていたのよ。

私は、女性として見られていないんだもの。背伸びしすぎたのね。

男性と付き合うなんて夢見ない方が楽に生きられる。

毎日、美味しいものを食べていれば幸せだもの。


餓鬼という、いくら食べても飢えを満たすことができない鬼がいるらしい。

私も餓鬼なんじゃないかしら。

そんな話し、お母さんに話したら、他人のせいにするんじゃないわよと怒られてしまった。

でも、お母さんだって太っているじゃない。これって遺伝子のせいだと思うけど。


食べたくなるのは止められない。その分、心は清らかでいようと思う。

女子トークって、人の悪口ばっかり。

私は、女性の中に入れてもらえていないのか、そもそも人間にすら思われていないのか。

悪口とか言われたことないんだけど、人のことを貶めるなんて醜いと思う。

そんな人にはなりたくない。


私は、どうでもいいことが多いから、というより、甘いものを食べていれば幸せ。

だから、人の悪口よりも、このマンガの話し、とっても素敵ねとか話しているのが好き。


そんな話しができる友達を見つけた。

私と同じで、かなりぽっちゃりしていて、性格も穏やかなのは偶然なのかな。

それは別として、その子との時間は、とっても楽しかった。


「ねえ、「恋空のゆくえ」の新刊読んだ?」

「読んだ、読んだ。隆って、いつも奥手だったけど、今回は勇気出したね。」

「そうそう。あの雨のシーン、ドキドキしちゃった。」

「ここまでくると、小百合がどう出るかでクライマックスにまっしぐらだよね。」

「私、隆じゃなくて、幼馴染の悟と結ばれると思うんだけど。」

「それもありだね。どうなるか楽しみ。」


そんな私も就職の時期がきた。

時代はバブル。女性でも学生にとって売り手市場だった。

だからか、私に似合うかは別として、女性用インナーウェアの会社にすぐに決まった。

もちろん、ぽっちゃりさん向けのランジェリー開発とかを期待していると言われている。

そういうと、みんな納得したって。やっぱりね。


今日は入社式で、朝、満員電車に乗っていった。

痴漢とかされたことないけど、なんとなく今日は女性専用の先頭車両に乗っていたの。

日頃は、女性ばっかりの車両って、遠慮がないというか雰囲気悪いし、敬遠してる。

汗かいた私の肌が、横の女性の服に触れちゃったりするとひどい顔で睨まれるし。


でも、今日は、少し電車が遅れていて、ホームが混んでた。

だから、先頭の方に押し出され、女性専用車両に乗ることになっただけ。


電車は遅れ、いつもより急いでいない?

なんか運転が乱暴で、揺れが大きい。さっき、横の女性にぶつかって睨まれたじゃない。

体を支えるものが周りになく、ふらつく私を周りは迷惑な顔をして見ている。


そんなに嫌な顔しないでもいいじゃない。

香水がきついあなただって、周りの迷惑でしょう。

雨水がついた傘をもっているあなただって、さっきから私のスカートを濡らしてる。


そんなことを考えているときだった。

カーブに差し掛かった時、列車は傾き、レールから外れ、正面のビルに衝突してしまった。

前からは壁が、後ろからは女性たちに押され潰され、息ができなくなった。


息ができないってこんなに苦しいのね。

いきなりだったから、わからないまま、後ろからすごい力で壁に押し付けられた。

目の前が真っ暗になっていった。

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