5話 線虫の研究

営業部長の坂上は線虫を研究したいと言って会社を辞めた。

建設ブームの中で、誰もが驚いたが、坂上は大学で線虫を研究していたからと聞いている。

ただ、俺と坂上とは違う。人間を支配する側にいるということだ。

俺は超能力を持ち、その組織に参加している。


超能力はどうして発現するのか。

最近、ようやくわかってきた。

ある線虫が脳内で繁殖すると、脳の活動が数100倍に活性化する。

脳の活動が、ある閾値を超えたときに超能力が開花するということだ。


この線虫から水分を除き固めた薬を飲むと、血液を介して脳内に線虫が入り込む。

なんと、わずか2〜3分の間の出来事だ。


ただ、脳内に入り込んだときに、人間の90%はアレルギー反応で死亡する。

更に、残りの半分、5%の人は線虫が消えてしまう。何らかの抗体があるようだ。

しかも、この抗体を持つ人は、その後、いくら薬を飲んでも変わらない。


我々のように超能力をもつ人を増やすには、これらのことを解決する必要がある。

組織では、被験者を募り、日々、この研究をしている。

人類の進化のためには、多少の人が死んでも、必要悪ということだ。


一方で、まだまだマイノリティーである我々は、自ら守らなければならない。

だから、大統領や、総理大臣のように、リーダー格を外そうとしてきた。

リーダーがいなければ、人間は烏合の衆になる。

そこを、我々が進む方向にリードするんだ。


それにしても、いつのまにか、坂上は偉くなったものだ。

今回の線虫研究の第一人者として、研究の分野では世界のリーダーとなっている。

俺達には、迷惑な存在だ。まずは、こいつから排除することにした。


俺は、坂上に話したいことがあるとメールを打った。

そして、坂上の研究所のある新宿の喫茶店に呼び出した。


「お久しぶりです。河田さんは、拉致されたと噂があり、その後は行方不明と思っていたんですが、お元気でお過ごしでしたか?」

「相変わらずですよ。でも、拉致って噂ありましたね。あれは嘘ですよ。誰が、そんな噂流すんですかね。日本は、そんなに物騒じゃないって。そういえば、坂上さんと一緒にでた総理との会食は懐かしいですね。あのクラブにいた凛という女性、若くて綺麗だったでしょう。でも、今井さんは、あの会食でご一緒した総理を殺害したって。あんな可愛い顔をしながら、女は怖いね。」

「今井さんは、そんなことしないですよ。つばを吐いたからって、そんなことで爆破なんてできないでしょう。しかも、つばを吐いたのは、河田さんがそそのかしたからじゃないですか。」

「そそのかしたなんて、悪意がある言葉ですね。私が、仲が良い佐藤総理を殺すはずがないでしょう。まあ、そんなことはどうでもいい。それよりも坂上さんは大活躍の様子じゃないですか。TVで坂上さんの名前を聞かない日はないぐらいですよ。」

「みんな、自分の脳には興味があるからですよ。ところで、今日はどのようなご用件でしょうか。」

「いや、実は、私の機関でも、脳の線虫について研究をしていて、連携ができないかなと思って。私は、その機関の理事をしているんですよ。」

「そうだったんですね。どのような研究なんですか?」

「私は、坂上さんのように線虫の研究なんて詳しくないから、わからないよ。会社にいた頃から分かっているでしょう。私にできるのは、人脈を使い、人をつなぐことだけだと。」

「では、私に何をして欲しいということなのですか?」

「これから吉祥寺にある研究施設に一緒に行ってほしいんですよ。そこで、専門家から詳しい話しをさせてもらう。」

「吉祥寺は、そんなに遠くはないですが、これからというのはいきなりですが・・・。」

「まあ、吉祥寺まで車で30分ぐらいだし、そんなに些細なことを気にしなくていいでしょう。」

「わかりました。行きましょう。」


坂上を連れて吉祥寺の施設に連れて行った。

それには、1つの実験をしようと思ったからだった。

実は、坂上には、会社内の会議でお茶を出した時に、あの薬を混ぜたんだ。

でも、なんの効果もなかった。

坂上は、いわゆる5%の感染しない人間だったということになる。


最近、この5%の人にも感染できる薬の目処が立ってきたんだ。

だから、坂上に新しい薬の実験をしようと考えた。

死亡しても、線虫を研究するリーダーがいなくなれば、それはそれでいい。


坂上がどこまでこの線虫について理解しているのかも不安だ。

坂上を感染させて、われわれの組織に取り込むのか。

拒否反応で死亡させてしまうのか。

どちらでも、俺達には有利にできる。


「着きました。ここです。入ってください。」

「ここは町工場のようですが、河田さんの研究所なんですね。たしかに、研究者が行き来していますしね。」

「見た目が気になっているのかい。資金がなくて、このような町工場しか用意できなかったんだ。ただ、個室もいっぱいあったからよい物件だったよ。ただ、研究所が狙われたら困るから、ここが研究所だって他言不要ですよ。」

「分かっています。」

「じゃあ、この部屋で待っててください。研究のリーダーを呼んできますから。」


坂上を、白い壁で、何の変哲もない会議室の席に座らせた。

そして、部屋に残ったスタッフが坂上を背後から注射針を刺し、睡眠薬を注入した。

俺達は、坂上の手足を縛り、布の袋で顔を包み、地下1階の一室に運ぶ。


この一室に工場の廃液を一時貯めておくタンクがあった。

今回の新薬はまだ開発途上で、固形化ができていない。

しかも、悪臭がひどい。


そこで、この蓋がないタンクに新薬を入れ、匂いは廃液だと思わせる。

更に、悪臭を増すため、食事の廃棄物も混ぜておいた。


俺達は、町工場の入口や1階の部屋を改造し、研究所に見せかけた。

白衣を着た研究者風の人も行き来させた。

坂上をうまく騙せたのだろう。


坂上は部屋の1室に入って行き、拉致することができた。

日本だって、今は物騒なんだよ。警戒を怠ったな。


俺達は、坂上をその液体に投げ入れて、様子を見守った。

坂上は目覚めたようで、液体の中で暴れている。

でも、なんとか脱出できたようだ。

その際に、新薬をたんまりと飲んだと思う。


シャワーを浴びた坂上はホテルを出ると、眩しそうだった。

その後、後をついていくと、坂上は歩いて自宅に戻っていく。

俺達の仲間になってくれれば、新薬は成功だ。


坂上は、どういうわけか、逮捕された井上本部長の弁護士とコンタクトを取っていた。

どうも俺のことも聞いたようだ。

でも、どうでもいい。近い内に、俺達の仲間になるか死ぬかだからだ。


期待とは裏腹に、坂上は1週間後、血を吐き倒れた。新薬は失敗したんだ。

薬を飲んだ90%の人が死ぬといったことも並行して研究を進めている。


これらを両睨みで、薬のレベルアップを図っていこう。

まだ、特別能力者の活動は始まったばかりだ。

俺は、凛に次の指示をするために、クラブ「フルムーン」に向かった。


その時だった。俺の頭はライフルの銃弾で粉々に飛び散った。

道路では、それを見た通行人の悲鳴が響き渡る。

公安の仕業だと気づく間もなく、即死だった。

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