3話 拉致
俺は、目を覚ました途端、息をすると液体が口に入り、息ができずにパニックに陥った。
ここはどこだろう。
さっき、河田に連れて行かれた施設で縛られ、注射のようなものを打たれて気を失った。
気づくと、顔に布をかぶされ、液体の中に投げ込まれていたんだ。
プールのようなところではなく、それ程深さはないようだ。
顔は床についていて、頭がすっぽり浸かる程度の深さだった。
むしろ、ゴミの匂いが充満していて異臭がひどい。
俺は冷静になり、まずは仰向けになり、なんとか、床に正座をすることができた。
息ができる。そして、コンクリートの縁で手を抑えるロープをなんとか切れた。
その手で顔の布を取り、足のロープを外した。
ここは、1ヶ月ぐらい放置されたゴミ置き場のようだ。
いろいろなゴミが放置され腐り、その中に雨水等が入ったのだろう。
何やらべったりしたものが顔についていた。
手で摘んでみたら、カビの生えたトマトが溶けている。
ここは、コンクリートで囲われていて、油の膜が、かなりの厚みで浮いている。
こんなところで水死しなくてよかった。そうなったら、後で、ブタ扱いされそうだ。
電球は少なくて暗く、コンクリートで囲われ、ジメジメしている。
どうも、ここは半地下のようだ。
壁の上部に細長い窓があり、雨水はそこから入ったのだろう。
手をあげると、ねっとりした液体が体からゆっくりと垂れる。
手入れがされていない公園のトイレの比ではない悪臭だ。
酔った人の吐物を浴びた方がまだマシだと思える。
もう、この服は洗ってもダメだろう。
俺の体も、1週間以上は匂いは落ちないと思う。
ところで、河田は俺に何をしたかったのだろうか。
殺したければ、殺せたはずだ。注射も打っているんだから。
ただ、臭い液体の中に落としただけなら、警告というにも中途半端だ。
何かをするなとか、警告らしいものを聞いてもいない。
分からないことばかりだ。
悪臭が漂う液体が体から垂れながらも歩いてみた。
そうすると、ここは河田から紹介されたような研究施設ではないことがわかった。
少し歩くと、誰もいない町工場みたいだ。
さっきまで、白衣を着た研究者がいっぱいいたのに、あれは嘘だったのか。
幸いなことに、廊下の奥にシャワールームがあり、お湯が出た。
金属の溶接をする工員がかいた汗を流すような場所なのだろうか。
人は誰もいないので、よく分からない。
そして、部屋にあった作業着を着て、外に出た。眩しい。
何も見えない真っ白な空間から、やっと目が慣れて見えてきた。
400㎡ぐらいの敷地の町工場であり、その周りには個人の住宅が並ぶ。
太陽が、工場の窓ガラスに反射して眩しい。
音一つしない町工場は違和感の塊だったが、見える風景は、平穏そのものだ。
河田の関与は不明だが、あの脳内の線虫の関係で俺が襲われたのは間違いない。
線虫について、建設会社を辞めた俺がリーダーとして分析をしているからだ。
河田は、あの会食の後、この線虫を発見した脳外科医の病院に足繁く通っていた。
何をしていたのかは分からないし、建設会社との関係も分からない。
ただ、東京駅前で、黒ずくめの男性たちによって車に拉致されたと聞いた。
それ以降、行方不明となっている。
なにか、闇の世界に関わっていたのではないだろうか。
あの佐藤総理が暗殺されたことにも関与していたんじゃないだろうか。
そういえば、河田は、1年半ぐらい前、酔っ払って階段から落ち、肩を骨折していた。
すでに、その頃から闇の組織から追われていたのかもしれない。
自ら骨折というのは嘘だったのかもしれない。
俺は町工場から自宅になんとか辿り着いた。そして、1通の手紙に気づいた。
あの会食で同席した今井本部長が、総理の車を爆破した犯人として逮捕されている。
そして、手紙の内容は、今井本部長の弁護士の名前がわかったというものだった。
俺は、行方不明だった河田と会うにあたって、河田が何をしているのか調べていた。
謎だらけの河田となんの準備もなく会うほど俺は馬鹿じゃない。
その中で、今井本部長が何かを知っているという情報が入ってきたんだ。
逮捕者には弁護士以外は接見できないので、話しを聞くには、弁護士を介するしかない。
会う時までに間に合わなかったが、今できるのは、今井本部長の話しを聞くことぐらいだ。
そこで、その弁護士に連絡することにした。
逮捕されたきっかけは、今井本部長が、つばを車の後ろに吐いたからだという。
その姿をみた通行人がいたというのだ。
警察は、つばで爆弾をタクシーにくっつけたのではないかと疑っているそうだ。
ただ、今井本部長は、犯行を一切、否定していると弁護士は語っていた。
「ところで、河田さんって知っていますか?」
「多分、昔私がいた会社の常務だった河田のことだと思いますが、何かありましたか?」
「いえ、今井さんが、河田さんには気をつけろと言っていたものですから。」
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