第2章 アメリカでの闘争

1話 ホステス

アメリカ軍専用のクラブでホステスの仕事。

組織から紹介されたのは、その仕事だった。

体を売る仕事じゃない高級クラブを。


英語を話せるから、VIP対応をし、情報収集をしてもらいたいって。

戦争直前は、敵国語はタブー視され、一般には教えていなかった。

だから、流暢に英語を話せる若い女性はほとんどいないらしい。


片言の英語を喋れるパイパンガールはいた。

でも、その相手は、下級のアメリカ軍人がほとんど。

言葉なんてどうでもよく、女性の体であれば誰でもいい。


そんな女性達とは違い、私は上級将校等において重宝された。

華族出身者で、英語が流暢に話せる若い女性だから。

日本の古来の文化にも精通していて、上品な会話もできる。


今夜、紹介された銀座の高級クラブ「フルムーン」を訪問してみたわ。

お店に入ると、きらびやかな内装とシャンデリア、装飾品の数々。

荒廃した東京にも、こんな所があったのね。


華族の私でも見たことがないような高級な洋酒が並ぶ。

ワインも、通路にガラス張りになって並んでいる。

さすが、アメリカのVIPをお招きする高級クラブ。


日本を統治するアメリカ人、その中でも特にVIPが寛ぐ。

そういう施設として特別に用意されたらしい。

ここで働くよう紹介されたと伝えると、ママが出てきた。


お客には優しい顔をしていても、私には厳しい目を向ける。

この子はどのぐらい稼げるのかって探るように。

私の上から下まで目をやり、ソファーに座らせた。

歩き方や座り方もチェックをしていたみたい。


「あなたは、華族出身と聞いているけど、過去にホステスはやったことはないのよね。これからの時代は華族だからって、特別扱いはないからね。」

「分かっています。」

「ただ、美人だし、所作は上品だから人気は出そうね。まあ、まずは今晩から、やってみなさい。ドレスはこれを着て。あとは、このボーイから教えてもらってね。」

「はい。」

「あと、ここの女性達は、私も含めて、いずれも超能力をもった子達。超能力については、誰にも話してはいけないからね。そうしないと、私達の命に危険が及ぶので。」

「それも、わかっています。」

「まあ、みんな優しい子たちだけど、超能力を持ったことで、自分だけ違うって悩んでる子も多い。だから、気軽に声をかけてあげて。仲良くしてもらえると、みんなもあなたを大切にしてくれると思うわ。」

「そうですね。がんばります。」


ここで働く女性たちは、いずれも高級な家の出身で、嫌な子はいなかった。

昔は、家を出たことがないような箱入り娘ばかりで、人と接するのが得意ではなさそう。

だから、私は、無理にでも、休憩中は笑顔で話しかけてみた。

そして、少しづつ、仲良く話せる友達もできていった。


また、お客には、笑顔一杯で、得意な英語で話しかけた。

母国語で通じる私に安心できたみたい。

統治者といっても、見知らぬ日本に来て、不安になっている人もいたから。

通訳は正しく訳しているかとか、自分を陥れることを言っているんじゃないかとか。

そんなことで、私を指名するお客も増えていったの。


「凛さん、やるじゃない。こんなに人気が出るなんて思わなかった。」

「ありがとうございます。」


でも、本音でいうと、仕事だから明るく接することができるの。

本当は人と接するのは苦手。

もともと華族で、部屋で1人だけで過ごす方が落ち着く。


また、理由はわからないけど、男性がそばにいるのは嫌悪感があるの。

男性を接客する仕事じゃない方がよかったと思うけど、今更よね。


しかも、私は死ねない。普通の人じゃない化け物。

普通の人のように清らかな体じゃない。


お店では、明るく振る舞いながらも、家に帰ると暗い気持ちで過ごした。

私は、普通じゃない、汚いって。

でも、気分が滅入っても自殺はできない。私は本当に不幸。


職場に来ると、元気を出さないとと自分の体にムチを打つ。

私は、明るく、世界のトップとやり合える有能な女性だと何度も言い聞かせる。

そんなことで日々を過ごしたの。


そんな時だった。組織から指示があったのは。

アメリカで、スミス副大統領が、超能力者の一掃を計画しているらしい。

そこで、アメリカの超能力者達の組織が動き出した。

スミス副大統領を排除しようと。

将来的には、アメリカの組織から大統領を出そうと考えているらしい。


そこで、訪日中のスミス副大統領から弱点を探して欲しいということだった。

スミス副大統領は、夜8時を過ぎた頃に、このクラブにやってきたの。


「君が、噂の鷺ノ宮さんだね。もともと由緒正しい家の出身で、英語も堪能だと聞いたよ。どうして、こんな所で働いているんだい。」

「アメリカに負けた日本で、今は、こういう所しか私が働ける所がないんですよ。でも、このお店にいらしていただける方は、上級の方ばかりで、体を差し出すなんてことはないから、いい職場だと思っていますよ。皆さん、優しいし、私、アメリカのこととかなにも知らないから、聞くこと、みんな新しいことばかりで、楽しいです。」


スミス副大統領は、貫禄があるおじさん。

愛嬌もあって、知らない人からは、信用できる人と思われるかも。

政治家にそんな人はいないのに。

政治家を信用して騙される人、たくさん見てきたから間違いない。


実務家そのものという風貌の秘書官を横に連れている。

秘書官は、副大統領への仕事がまだ残っているようで、こんな場所でもまじめに話してる。

それを横目に、副大統領は、深々とソファーに座り、私の腰に手を回す。


私は、場を和ませようと、副大統領の体と私の体の間を縮めた。

背が高い副大統領は、私の胸の谷間を上から覗き込む。

そして、私のももに手をのせた。


私は、それが嬉しかったというように笑顔で見上げる。

そこには、満足そうな副大統領の顔があった。

やっぱり、どこの国の男性も同じ。


女性から、この世で1番尊敬してます、すごいですって言われたい。

副大統領だって聞いていたから、すこし不安だった。

でも、これならすぐにでも私のペースで進められる。


ママは、いつになく甲高い声で嬉しさをいっぱいに表現していた。

私が、副大統領を、うまく手のひらで転がしていたからかもしれないわね。


「じゃあ、凛、あとはよろしくね。」

「スミス副大統領、ウィスキーの水割りをもう1杯作りますね。」

「それでお願いするよ。」


横にいる秘書官が私を怪訝そうに見つめる。


「まだ仕事の話しが残っていますが、この女性が聞いていて大丈夫なんですか?」

「大丈夫さ。ここはアメリカ軍人御用達のお店で、情報統制はしっかりしている。また、こんな小娘が聞いたからって、アメリカに知り合いなんてないんだから、何もできるはずないだろう。」

「それはそうですけど。」

「お気になされずに、お話を続けてください。おっしゃる通り、アメリカには知り合いもいませんし、男性の方々がお話しになる、政治の高度なことまで理解できませんもの。ドーソン秘書官も水割りのお代わりはいかがですか?」

「私はいい。わかりました。では言いますけど、副大統領、戦争も終わりましたし、軍事産業からキックバックをもらうのは、そろそろやめていただくべきかと思います。」

「いや、政治に金がかかるのはお前も嫌と言うほど見てきただろう。あれほど、裏で自由に使えるお金を集めるいい方法はないんだよ。」

「この前の政治討論会で、戦闘機B56の購入価格の詳細を明らかにせよと追求されて困っていたじゃないですか。」

「それは、お前がいいシナリオを考えてくれよ。だって、この前も、クリス人協会に1億円を積んだし、今回の日本訪問に対する批判を抑えるために、連邦議会議長に100万円を渡しただろう。こういうお金は表にだせないんだから、必要悪なんだって。もう若くないんだから、それぐらいわかってるだろう。」

「時代は変わってきているんですから、政治も変わらないといけないんじゃないですか?」

「そうか? これからソ連と冷戦を迎えるなかで、まだまだ混乱していくぞ。それを見越して、資金も蓄えなくてはいけないんだよ。」

「そうは言っても、米国内では腐敗防止の声は高まっていますよ。だいたい、クリス人協会のあんな要求に応じていいですか? また、副大統領から依頼されたお品を、私が代わりに、連邦議会議長に持って行きましたが、その中に100万円が入っているなんて知らなかったです。そんなことは、もうやめましょうよ。」

「そんな青臭いこと言っているから、いつまでも秘書官なんだよ。才能があるのに、もったいない。クリス人協会だって、関係する所に、俺の金をばらまくんだから、しかたがないだろう。まあ、この話しはこのぐらいにして飲もう。凛も飲め。」

「え、嬉しいです。では、ビールをいただきます。」

「揃ったな。じゃあ、乾杯だ。」

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