第7話 怖すぎる壊れたZT-KLS666


「どうだ篠織! 俺たちの集合知は!!」


私は、意欲作、『怖すぎる転生王の逆襲』を、半ば叩きつけるように、助手の篠織に読ませた。


篠織は作品に目を通すと、口元を押さえてこう言った。


「グロいです!!!」


「そうか! グロいか!!」


「ちょっと吐いてきていいですか!?」


「そんなにグロいか!」


「グロい、グロい、グロい、グロい、グロい。

 記憶から消し去りたいです! 私はこれを『ホラー』とは断じて認めません!

 これのジャンルは『グロ文学』です!」


「それは評価か!?」


「じゃあこれは『ホラー』ですか!? 評価のしようもないと言っているのです!!」


篠織が机を両手で叩く。


我々二人の間を、『絶望』と言う名の妖精が飛んでいるのが確かに見えた。


「篠織俺はな、これを書くために、アレルギー元の『異世界ファンタジー』を何個も読んだんだぞ……この手をみろ!!

 おかげで引っ掻き傷だらけだ!!」


「知りません! 確かに今回で言えば僕の過失でもあります!! だから悔しくて吐き気がするのです!!」


篠織は、デスクの上のボウルにナミナミ盛ってある、ひまわりの種を一掴みして殻付きのまま口に突っ込んだ。


ゴリ、ゴリという咀嚼音が聞こえる。そしてろくに噛みもせずに一息に飲み込み、食道に詰まったのか胸を叩いてコーヒーでひまわりの種を胃に流し込んだ。


そして、デスクから何かを探して篠織の手が彷徨う。おそらくティッシュペーパーを探しているのだと思う。


そして周りにティッシュがないと解ると、メモ用紙を乱暴に引きちぎって口に当てた。おそらく、ひまわりの殻で歯茎を切ったのだろう。


「……どうして、結婚なんかさせたんですか」


「どうしてって、『間違えた結婚観』こそ『日常的なホラー』だろう。お前が『タコ部屋労働』をなぜか嫌うから、もっと近場にある牢獄の比喩として『結婚』を挙げたのだ」


「なぜ素直に『殺人サイボーグ』のアイデンティティーを使わない!!」


篠織は、ボウルからひまわりの種を一掴みし、私に投げつけた。


いつもの我々は、こうではないのだ。


我々は、明らかに疲弊していた。『あたらしいホラー』を追求するあまり、疲弊していた。もはや、


それについて考えることですら憂鬱になっていた。


『なぜ、あたらしいホラーにこだわらなければならないのか』私と、篠織の間には、それを互いに聞くことすら許されない空気になっていたのだ。


「……所長。ここが一つの分水嶺です」


「どう言うことかね」


「所長の中で、一度ZT-KLS666を破壊する必要があります。私のためではなく、ご自身のために物語を書いてください!」


「むお!?」


「『ホラーを諦めるホラー』です!これなら新しいジャンルになり得るやもしれません!!

 それがどのような作品なのか、私の想像の範疇にはございません。

 まず! ZT-KLSを冒頭で破壊してください! そこからでないと我々は前に進めません!!」


「そうか!! わかった!!!」


私は、篠織が火をつけたばかりのタバコを、口から引っこ抜いて、篠織の飲みかけのコーヒーに突っ込み火を消した。


そして颯爽と地下室から出て、ついに作品を書き上げたのだ。


以下が、『ホラーを諦めるホラー』と言う新しいジャンルのホラーである。


おそらくこれを読んでいる貴方においては、未体験の恐怖となり得る。その衝撃は計り知れないことになるだろう。


閲覧の際は注意していただきたい……。





s




『怖すぎる壊れたZT-KLS666』


ガマンしてくれ……ZT -KLS666……


雨が降りしきる真夜中。廃工場の片隅で、巨大なサイボーグの残骸が煙を上げていた。
「ZT-KLS666」と刻まれた胸部パネルは大きくひしゃげ、片目の光は完全に消えている。周囲に散らばる金属片は、まるで激しい戦闘の痕跡を物語るかのようだ。

その光景を呆然と見つめる男がいた。彼の名は牧村洋一、40歳。
ホラー作家として一時代を築いたものの、ここ数年は全くと言っていいほど売れていない。
目の前の壊れたZT-KLS666は、かつて洋一が愛用していた掃除用の家庭サイボーグだった。

洋一は雨の中、呟く。
壊れたサイボーグを前に、彼の頭の中には「家族」のことがちらついていた。


洋一はかつて、「日本一怖い作家」として名を馳せていた。彼の作品は映画化もされ、社会現象を巻き起こした。

しかし、時代は変わり、ホラーよりも「心温まる物語」が求められるようになった。
洋一はその流れに適応できず、新作を出すたびに酷評され、ついには「ホラーを諦める」決断をした。

「ホラーなんてもう古い。怖がるのは娯楽じゃない。今の人たちは癒しを求めてるんだ。」

そう言い聞かせながら執筆を続ける洋一だったが、どの作品も中途半端で、「読者の心に響かない」と編集者に一蹴される日々だった。


洋一には妻の夏美と、小学3年生の息子翔太がいる。
しかし、彼には秘密があった。映画プロデューサーの桐生真希という愛人の存在だ。

真希とは、自分の作品が映画化された時に出会い、そのまま泥沼の関係に陥っていた。

真希は洋一の「ホラーを諦めた」姿を嫌い、激しく非難した。



「あなた、本当にそれでいいの?あの頃の情熱はどこに行ったのよ!」



「真希、俺はもう限界なんだよ。家族もあるし、これ以上冒険なんて……」


一方で、夏美は洋一が愛人を抱えていることに薄々気づいていた。
しかし、何も言わない。ただ、家庭の崩壊を恐れ、見て見ぬふりをしているだけだった。


壊れたZT-KLS666を見つけた翌日、洋一の生活に奇妙な出来事が起こり始める。

翔太が「夜中に変な音がする」と言い出す。

夏美の携帯に「ZT-KLS666修理中」という謎の通知が届く。

真希から突然、「あなたの書いたホラーが現実になってる気がする」と不穏な電話がかかってくる。

そして、洋一自身も気づき始める。
廃工場で壊れていたはずのZT-KLS666が、自分の書斎に「立っている」ことに。


ZT-KLS666が壊れたままの姿で語りかけてくる。


「人間、オ前ハナゼ、恐怖ヲ捨テタ」


洋一は驚きながらも、その言葉が頭に響き渡る。ZT-KLS666は、洋一の「恐怖」そのものを象徴する存在だったのだ。

家族、愛人、そして作家としての自己――洋一はその全てを懸けて、「ホラー」という自分の原点に向き合うべきなのか、

それとも「癒し」の作家として家庭を守るべきなのか、究極の選択を迫られる。


壊れたZT-KLS666は再び動かなくなった。
しかし、その出来事をきっかけに、洋一は新しい小説を書き始める。タイトルは――『ホラーを諦めたホラー作家』。

完成した原稿を手に、洋一は家族の元へ戻り、翔太と向き合う。


「パパ、本当はホラー好きなんでしょ?」


その言葉に微笑む洋一。



「そうだな。けど、今はお前とママが一番大事だ。」

「でもね、パパは今から『タコ部屋』ニイクンダヨ」


「……え?」


突然、洋一の家が崩壊し、翔太は自らの顔のマスクを剥がした。


「お前は……殺人サイボーグZT-KLS(絶対○ロス)665!」


それだけではない。


あたりには、ZT-KLS001~665までの個体が洋一を囲んでいた!!


「ヨクモ、ワタシ、トイウ存在ヲ破壊シテクレタナ、『ホラー』ヲ諦メタ、オマエハドウナルト思ウ?」


「どうなる……私はどうなるんだ!!」


すると、665体のZT-KLS達は口を揃えて、こう言った。


「「タコ部屋労働者ダ」」






「断る!! トゥ!!」


説明しよう! 実は洋一は、新型サイボーグ『ZT-KLS666BETA』だったのだ!!


洋一は、鉄拳で地面を叩き割ると、大地が破け、その日、地球は二つに割れた。


人類が築き上げてきた文明を、洋一は拳一つで全て破壊したのだった。


チャンチャン。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る