第5話 怖すぎるシアターの灯り


助手の篠織は、私が提出した原稿を10秒で読み終えると、

体ごとそっぽをむいてしまった。


そしていつものようにタバコに火をつけた。

「読むのが早いな?」


 私が聞くと篠織は、口から気だるげに煙を吐き、応えた。


「僕ね、所長の原稿は最後の数行だけ真剣に読むことにしたんです。

 それで今回の作品は、やっぱり読むに値しないものだとわかりました」


「なぜだ!? 」


 私はここ数日で一番大きな声を出した。ここ数日、水と砂糖と塩と小麦粉しか口に入らない。

カフェインは医者から止められているので、毎日が高血糖値とそれによる眠気との戦いになっていた。

その癖執筆活動と料理洗濯掃除など日々の雑務に追われて私は、寝たいのに寝れないという最悪なサイクルに嵌っていた。


「昨日お前が、『中華料理のコースにショートケーキを出すな』などと言ったから、

 俺は『いかにもサイボーグが出てきそうなシチュエーション』のホラーを書いてきたじゃないか!」


「そこじゃないんだよな! 言いたいのは!

 サイボーグが出てくるところまではいいんです! なのになんで『タコ部屋』出しちゃうんだ!? って聞いてるわけです!!」


「怖い話だろうが! タコ部屋労働という実態を君は知らんのか!?」


「違うんですよ!」


 確か篠織のデスクには数日前までコーヒーが置かれていたはずだ。今はリポビタンDが5本ならんでいる。

我々はおそらく、糖尿病予備軍と分類される人種なのだろう。

そして糖尿病予備軍という人種は往々にして気が短いのだ。


「ディストピアな世界観にそぐわないでしょ! 『タコ部屋』は!」


「いや、この世界観において、人間は労働力でしか存在価値がないという表現だぞ?

 人間と機械の主従関係の逆転。これはホラーじゃないのか?」


「ホラーですよ? 『本来』はね?

 なんと言いましょう所長の作品はね、もはや想像を超えてこないんですよ」


「何!?」


「どうせこのあと、ZT -KLSが出てくるんだろ? という展開が読めてしまうんです。

 実際今回の作品も読み通りでした。それはどういうことですか!?

 全然『あたらしいホラー』じゃないんです!」


「じゃあこれはなんだ!」


「カオスです! 凡庸なカオスです!」


 凡庸な、カオス。物書きを志すものに対して、これ以上の殺し文句があるだろうか。

私は落胆した。

しかし、想像するに篠織という奴は、私よりも先に落胆していたのだろう。


篠織は2本目のリポビタンDを飲み、3本目のタバコに火をつけた。


 狭く薄暗い地下室に、換気扇の音のみが虚しく響く。


「越えてほしいのです。僕の想像を」


篠織は自らの切実な思いを口にした。


「わかった。どうすればいい」


「そうですね……、まず、雰囲気で怖さを演出する悪い癖をやめましょう。

 そして、『展開』を読ませないことが絶対条件です。

 いっそ、物語の最後の最後までホラーではないのではないだろうか? と読み手に思わせるのはどうでしょう?」


「なるほど…… 希望を見せて、叩き落とすのか!」


「そうですね! 一つの手です!」


「わかった!!」


私は、唐突に机の上に陳列された残り3本のリポビタンDを壁で叩き割って、地下室を後にした。


そして、眠たい目を擦り、渾身の作品を書き上げた! 以下が私の努力の結晶である。




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『怖すぎるシアターの灯り』




私立大学の映画研究会に所属する涼太は、少し浮かない顔をしていた。
映画を観るのも撮るのも大好きだったはずなのに、最近はなんだか気持ちが乗らない。

 特に自分の誕生日が近づくこの時期、家族や友人からもらう「おめでとう」の言葉すら、どこか空虚に感じてしまう。

そんな涼太の様子を心配していたのは、映画研究会の仲間たちだった。
 同じ学年の真奈美がぽつりと、「涼太くん、なんだか元気ないよね」と呟いたのをきっかけに、みんなが彼の様子を気にし始めた。

「誕生日が近いのに浮かないなんて、もしかして何か嫌なことでもあったのかな?」


真奈美の言葉に、先輩の直人がにやりと笑う。


「じゃあさ、今年は派手に盛り上げてやろうぜ。誕生日サプライズってやつだ。」


涼太の誕生日当日、彼はいつものように研究会の部室に向かっていた。
だが、部室のドアを開けると、誰もいない。カーテンは閉ざされ、薄暗い部屋には小さなメモが置かれていた。


『涼太、シアターへ来てくれ』


研究会が使っている大学の小さなシアターは、映画を上映するのにも撮影の練習をするのにも便利な場所だった。
不審に思いながらも、涼太はシアターの扉を開けた。すると――。


パッ!
突然、スクリーンに映像が映し出された。
それは、研究会の仲間たちが出演する短編映画だった。

真奈美がカフェでスイーツを食べるシーン、直人がどこかの公園でおどけたポーズを決めるシーン、後輩たちがそれぞれの個性を全力で出したシーンが次々と流れる。

画面の端には小さく「Happy Birthday, Ryo-ta」と書かれているのに気づいた涼太は、思わず声を漏らした。


「これ……僕のために?」


映像の最後に流れたのは、仲間たちが一斉に「おめでとう!」と叫ぶシーンだった。
涼太が涙ぐんでいると、スクリーンが暗転し、部屋の明かりがついた。


そこには、フラッシュモブのごとく現れた映画研究会の全員が立っていた。手にはカラフルなクラッカーやバルーン、そしてケーキが!


「お前、最近元気なかっただろ?」


直人が涼太の肩を軽く叩きながら言う。


「だから、俺たちで特別な映画を作ったんだ。どうだ、主役の気分は?」

真奈美も微笑みながら言葉を添える。


「涼太くんは私たちにとって、映画研究会の中心みたいな存在だからね。これからも一緒に、いっぱい映画を作っていこうよ。」


涼太は声を震わせながら、素直に答えた。


「うん…… ありがとう。みんな」


「ドウイタシマシテ。ニンゲン」


そこに唐突に映画研究会の部員に紛れて現れたのは、


殺人サイボーグZT -KLS(絶対○ロス)666だ!!


「うわ! ZT -KLS666だ!!」


「コレハ、ワタシカラノ、プレゼントダ。ソコニムカエ。ニンゲン」


そう言って、ZT -KLS666は涼太に、新幹線『のぞみ203号』のチケットを渡した。


「これは……僕をどこに連れて行く気だ! ZT -KLS666!!」


「タコ部屋ダ!!」


シアター中の部員たちは絶望の叫び声を上げた。


「オマエニハ、イマカラ、●成ノタコ部屋ニ、イッテモラウ。

 ソコデ、電動地蔵ヲ一日200体作ッテモラウ!!」


「そんな……こんな誕生日は……いやだ!!助けてくれ!!」


シアターに、涼介の虚しい叫び声が響いた。

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