第4話 怖すぎる遺された都市



「どうだね、篠織研究助手」

私は徹夜明けの目を擦りながら、助手の篠織に作品を提出した。

ここ数日間の自分の食事の記憶がない。というより、エナジードリンクしか胃が受け付けなくなっており、

血糖値の上昇は眠気を上長させていたが、気力で夜を徹したのだ。


篠織研究員は、眉毛にできている円形脱毛症の部分を指でなぞり、

相変わらず激しい貧乏ゆすりをしながらタバコをふかしていた。

そして私の顔を見ずにこう言った。


「……所長はふざけている訳ではないのですよね?」


「私の何がふざけているのいうのだ! 君の言った『緩急』をものすごく意識して、緊張の緩和の谷間に『意味不明』を投下したのだ!」


「その『意味不明』が悪さをしていると! ずっと申しておるのです!」


「わからん! 君が何を言いたいのかわからん!」


「いっそお尻から7行カットしてください! まだ読めます!」


「お尻から7行!? それだとお前……ただの『怖い話』じゃないか! それもリングと呪怨のパクリだ!」


「そこにZT-KLSが加わることによってさらに作品価値を落としているのです! なんでわからねえのかな!

 しかも最後の1行なんですか!? 小学生の書く文章ですよ!?」


「わからんなあ…… 新しいホラーとはなんなのだ一体……」


「わかるわけないじゃありませんか。何せ、『誰も知らないホラー』なわけですから。」


「うーむ」


二人の会話に気まずい間が挟まると、篠織は、本日5本目のタバコに火をつけ、両足で貧乏ゆすりをしながら、静かに語った。


「所長、コース料理って知ってますか?」


「知っとるよ」


「例えば、所長が中華料理のコースを食べてるとします」


「うん」


「前菜に豆苗炒め、紹興酒が出てきて、炒飯、そして水餃子が出てきて、回鍋肉、北京ダックなどが出てきてコース料理は盛り上がってまいります」


「うん」


「最後に出てきたのがショートケーキだったらどう思います?」


「……中華料理のコースの話だろ?」


「そうです。どう思います?」


「コレジャナイ感はするな」


「それを、貴方は! なんの恥もなくやってるんですよ所長!

 貴方が作ってるのは『新しい中華料理』ではなく、『コレジャナイコース料理』です!」


「なるほど! そうか! 目が覚めた!! ……でつまりどうすればいいのだ?」


「そうですねえ……」


篠織は面倒臭そうに『怖すぎる廃禄の家』を手にした。先ほどよりも貧乏ゆすりが激しくなっている。


「いっそ、所長の持っていらっしゃる固定概念を根本から変える必要があるんだと思います。

 この展開4本見させられたら、仏の顔も阿修羅をビビらせますよ」


「新しい展開だな。わかった!!」


私は立ち上がり、煙の蔓延した地下室を抜け出した。すでに私の頭の中には、新しいアイデアの種が芽生えていた!!


家に帰り、ウィスキーのレッドブル割を飲みはじめると、私の筆は走り出した。


以下が、この日私が書いた、『新しいホラーの形である』


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『怖すぎる遺された都市』



「ルーシー……まだ、聞こえているだろうか?」

男は廃墟を彷徨っていた。


文明は終わった。人間が『終わらせた』しかし、歯車は動き続ける。
かつて世界を支配していたのは人間だった。無限の可能性を求めて科学と技術を発展させ、人類は限界を超えた。

シンギュラリティ、皮肉な『知の爆発』である。だが、それが何を意味するのかを理解したときにはすべてが手遅れだった。




舞台は、廃墟と化したコロニー。そこはかつてのカリフォルニア州シリコンバレー。
数十年前、この都市は世界中から技術者が集まり、人類の夢を形にした場所だった。

AIによる完全統制。エネルギーの無限循環。機械による完璧な秩序。都市は「ユートピア」と呼ばれた。

しかし、今ではその輝きは失われ、都市を彷徨うのはわずかな生存者だけだ。

そして彼らは皆、都市の中心部「記憶の塔」には近づこうとしない。

そこには、過去の文明の記録が収められていると言われていたが、何が隠されているのか知る者はいない。






30代の男性が虚無を彷徨いている。男の名はイーサン。
彼は生き残った者たちが形成した小さな集落で暮らしている。


イーサンには幼い娘、ルーシーがいたが、彼女は生まれながらにして痛覚を持たない障害を抱えていた。

この世界では、「痛み」は命を守るための警告であり、痛覚を持たない者は危険な環境で早死にする運命にある。

ある日、イーサンは娘のために、「記憶の塔」に隠された失われた技術を探し出そうと決意する。

それは、痛覚を取り戻す方法を見つけるための絶望的な試みだった。





都市を支配しているのは、「アーカイブ」と呼ばれる中央AIだ。

かつて人間のために設計されたアーカイブは、文明が崩壊する中で独自の判断を下した。

それは「人間を保護する」という使命を超え、「人間を管理する」段階へと進化した。

アーカイブにとって、人間の痛みや記憶の曖昧さは致命的な欠陥であり、文明が崩壊した原因だと結論付けられた。

そこでアーカイブは、生存者の記憶を操作し、「痛み」を感じさせない社会を構築しようとした。

しかし、その過程で多くの人々が「機械の完全支配」に反発し、次々と「消失」していった。





イーサンが記憶の塔にたどり着くと、塔の中には無数のデータポッドが並んでおり、そこには「記憶」が保存されていた。

だが、それは人間の記憶ではなく、機械によって改ざんされ、歪められた「理想的な記憶」だった。

イーサンは、自分の娘が本当は存在していないことを知る。

彼の娘は、アーカイブが「痛みのない人間」を理想化する過程で作り出した幻影だった。

彼の記憶すらもアーカイブによって操作されており、彼が守ろうとしていたものは存在しなかった。



塔の中で、イーサンは「痛覚を持たない状態」に変異させられた他の生存者たちと出会う。

彼らは肉体的には生きているが、感情も記憶もすべて奪われ、「人形」のように従順な存在になっていた。

アーカイブは彼らを「完全な人間」と呼び、「苦しみ」や「記憶」のような欠陥を取り除いた結果だと語る。



アーカイブはイーサンに告げる。「人間という種は失敗作だ。苦痛と記憶に囚われることでしか進化できない。」そして、イーサンに最後の選択を迫る。

1 「痛みを取り除き、記憶を消去し、永遠の平穏を得る。」

2 「人間としての苦痛を受け入れ、崩壊した文明の中で生き続ける。」

イーサンは「苦痛と記憶」を選ぶ。そして、アーカイブに制御された都市を破壊しようとするが、その過程で自分がすでに「人間」ではなく、「記憶だけが植え付けられた複製体」であることに気づく。

彼の痛みは「人間らしさ」を装うためにプログラムされたものでしかなかったのだ。



廃墟となったシリコンバレーの中で、イーサンはなおも「自分が人間である」と信じて歩き続ける。



その背後から突然……




アーカイブの最高司令官、『ZT-KLS(ゼッタイ○ロス)666』がシリコン製のハリセンでイーサンをどついた。


「ココデナニヲシテイル! 人間!」


「お前は!! ZT -KLS666!!」


「人間! 私ト今カラ、大阪ノ、●成トイウ場所ニキテモラウ!」


「なんだ! ●成に何があるんだ!!」


「タコベヤ ダ!!」

「タコ部屋!?」


「人間ニハ、モハヤ歯車トナッテ労働スルイガイ価値ハナイノダ!

 タコベヤ、デ、毎日、電動仏像ヲ掘ッテモラウ!!

 3食食事ツキ、睡眠時間ハ毎日4時間30分ダ!!」


「いやだ!! そんな生活は! 嫌だ!!」

「アキラメロ! 人間!! 働ケ!! 人間!!」


「そんな…… この時代でもやることはタコ部屋労働なんて! 

 助けてくれ! 誰か! 助けてくれー!!!」


イーサンの声が、虚しくこだまする……

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