異世界、やめます

氷雨ハレ

異世界、やめます

 どこまでも続く無の一点、そこにはジャージ姿の男と神々しい女が居た。


「何だよここ、どこだよ」

「あー、その様子だと覚えていないようですね————自分がどうやって死んだのかを」

「死ぬ? この俺が? おいおい、冗談はよしてくれよ。冗談なのはこの年でも童貞を貫いてきた事実くらいにしてくれ」

「なら見せるしかないですね……ほら」


 女が指さした先にはモニターが浮かび上がっていた。そこには男が映っていて、背景はごく普通の風景だった。


「あれ……俺じゃんか!」

「そうですよ、貴方です。そして……ああ、来ましたね」


 下を向いてトボトボと歩く男の目には映っていたのだろうか。遠くからやってきた暴走トラックは、一切の躊躇なく男を轢き殺した。


「ぅぁああ!! グッッロォ!!!」

「見てもらった通り、貴方はトラックに轢かれ、その生涯を終えたのです」

「ああ、よく分かったよ。俺が死んだってことをな。でも、なんでこんなところに居るんだ? トラックに轢かれて、目の前に女神様がいるってことはつまり……転生!?」

「察しがいいようで。そうです。貴方は今から転生します。ですが……まずは貴方の生前の行いのチェックからですね」


 そういうと女は男に向かって手をかざした。すると女の手と男の体が緑色に光り、程なくしてそれは落ち着いた。


落合おちあい新人にいと、年齢は三十三歳のニート、幼少期から腐った人格だった為友人が出来ず、高校デビューに失敗したことを機に引きこもりに、か」

「あのー、そんなの見てなんになるんですかね?」

「前世の行いが来世に影響するのを知らないのですか? おかしいですね……千年くらい前の日本人ならみんな信じていたのに……」

「え、ってことは、俺もしかして地獄行きっすか!?」

「まぁ、落ち着いて。これから行うことを説明しますよ。『六道輪廻』をご存知ですか?」

「いや、全く」

「……いいですか。『六道輪廻』はその名の通り、大きく分けて六つに大別されます。最も苦しい地獄界、次いで餓鬼界、畜生界、修羅界、人間界、そして最も楽しみの多い天上界の六つですね。貴方が今まで居たのは人間という場所です。下から三つは勿論、修羅界などは好まれない傾向にあって、一方の天上界は競争が激しい傾向にあります」

「でなんだよ。もしかして俺は地獄に行くのか!?」

「まあまあ落ち着いて……そこで前世の行いを参照するのです。貴方の行いを人間ポイントに変換すると…………三億五千六十三万四千五百二ですね」

「おーなんか凄そう。これって高いんですか?」

「いえ、平均以下です。残念でした」

「なんでや!! いや、残当か」

「はい。残念ながら当然です。……それでですね。このポイントを使って来世を決めます」


 女がそう言うと、突然空間に大きな円盤が現れた。それは六分割されていて、それぞれ地獄界、餓鬼界、畜生界、修羅界、人間界、天上界と書かれていた。そしてその中央からは時計の長針のようなものが伸びていた。


「え……これって」

「はい。『六道輪廻ルーレット』です。貴方の運命はこれで決まります」

「待て待て待て。何だよ『六道輪廻ルーレット』って! 誰が考えたんだよ! バッカじゃねえのか!?」

「考えたのは私です。人間ポイントを減らされたいのですか?」

「い、いえ。結構です」

「では、話を戻しましょう。貴方の転生先はまず『六道輪廻ルーレット』に貴方の人間ポイントを入れて、おおまかな行き先を決めます。では早速」


 男から緑の光が出て、ルーレットの方に吸われていく。すると、六等分されていたルーレットの出目は、次第に一つの出目へと収束していった。


「おや、おめでとうございます。貴方は九割九分九厘で人間界です」

「え、え、何これ。何この八百長ルーレット! 俺って平均以下じゃなかったんかよ」

「まぁ、この頃都に流行るものが夜討、強盗、謀論などなどな時点で、何もしていない一般ピーポーの方が人間ポイント高いのは自明ですし……」

「じゃあ何だよ。俺が平均以下なのは嘘だったのかよ」

「いえ、本当ですよ。ただ、天上界に行く人の人間ポイントが極めて高いだけです。例えるなら、ドラ◯ンボールの戦闘値くらいには」

「それスッゲェインフレしてるじゃねぇか!」

「まぁ、数字は嘘を吐きませんが、嘘吐きは数字を使うので。あ、私は嘘吐きではないですよ。平均の恐ろしさを知らなかった貴方が悪いです」

「俺が悪いのかよ!」


 程なくしてルーレットの針は回りだし、分かってはいたが針の先端は人間界を指した。


「……チッ」

「今舌打ちしましたよねぇ!?」

「いえ、聞き間違いだと思います。さて、これで貴方が人間界に転生するのは確実のこととなりましたが、ここからは具体的にどんな世界に転生するのかを選べます」

「おおー待ってました」

「どんな世界が良いとかはありますか?」

「そりゃあ異世界よ! 俺だって、なんかスゲェスキルとか魔法とか使ってモンスター倒したり、ダンジョン攻略したり、女の子からチヤホヤされたり、後は……」

「まぁまぁ、落ち着いて。貴方の言う『異世界』とやら、その条件に合致するのがない訳じゃないのですが……」

「ですが?」

「まぁ、見れば分かります」

「世界線レビューサイトですか……? って、星一個半って何があったんですか!?」

「まぁ、残当ですね。下にレビューがあるので見てください」

「えーっと? 投稿者:一般通過剣士さん『彼女いない歴半世紀記念の憤死で異世界転生、来世はハーレム築くんだと意気込んでいましたが、結局上手くいくことはありませんでした。まずスポーン地点! ド田舎に飛ばされたのでもう最悪! しかもそこに居た幼馴染枠のおにゃのこは他の男の子に夢中ときた! あーもう憤死だね! 憤死憤死! で、まぁカッコよさ重視で剣士になったは良いものの、俺が二十歳くらいの時に戦争が起こり、徴兵されて、初陣で背中から味方の魔導士に撃ち抜かれて死んじまったよ! あーもう憤死する! もう死んでるけどね! 来世に期待!』ってはぁ」

「まぁ、そんなものですね。一般的なレビューだと思います」

「いいや、まだだ。まだ俺は氷山の一角を見たに過ぎない。次だ。投稿者:✝️豪炎の冒険者✝️『転生してからというもの、魔法の研鑽を積み、中級の炎魔法が使える程になったのを機に冒険者となったが、冒険者というものはなるものではないね。そもそも給料が安い! 死ぬ気でダンジョン攻略をしても、持って帰れるお宝はコンビニのレジ袋を満たさないし、換金しようもんならマージンで殆どは中抜きされる。こんなんで生きていける訳が無え。まだ土木工事やってた方がマシだ。それに、ダンジョン攻略などに代表される冒険者の仕事ってのはそもそもゴミだ。終わってる。給料が良くてもやるもんじゃないね。考えてみれば分かるが、そもそも命のやり取りをするんだ。正気じゃぁない。さらに長距離の旅を、自分の足で、ホテル無しでやらなければならない。こんなん誰が好んでやるんだよ。あと、俺には関係ないが、女には生理もあるんだろ? 嫌な話だな。冒険の最中で来てもどうしようもならないもんな。いや~、女で冒険者やってる人には頭が上がらねぇな。あ、後学の為に言っておくと、冒険者で彼女作るのは諦めた方がいいぞ。あんなん無理ゲーだ。あと、洞窟の中で炎をむやみやたらに撒くのは控えた方がいい。俺はそれで死んだ。それじゃあな。よい転生先選びを』……はぁ」

「まぁ、これが現実ですよ。それでも本当に異世界に行きたいのですか?」

「いいや、まだどこかに高待遇な異世界があるはずだ。それを探すことが出来たら……」

「あーはいはい、では貴方の希望する条件を言ってください。それで検索するので」

「えーっと、なら……俺を養ってくれる人が居て、危険が少なくて、ハーレムを築けるような異世界で」

「そんな異世界、引っかかるわけ……あ、一件見つかりました」

「それはどこなんですか?」

「貴方がよく知る世界ですよ————現代日本という世界ですが」

「……異世界、やめます」

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