あお

海湖水

あお

 「クリスマスは嫌いだ」

 「オーケー、じゃあ合コンには参加しない方針で良いんだな?」

 「いや、そうとは言ってない。とりあえず、人の話を最後まで聞け」


 友人は目の前の魚に目を移し、俺の言葉を待つように黙った。厨房は包丁の音とフライパンで炒められる食材の匂いで埋め尽くされていた。


 「クリスマスってのはな、恋人同士がイチャイチャする日な訳だよ。別に恋人を作る日じゃあない。街中は恋人たちの赤く染まる頬に埋め尽くされ、俺たちは泣きながら家で鍋をつつくんだ」

 「おい、最後はいらないだろ。それに最後を回避するために合コンしようって話じゃねえか」

 「俺はこんなクリスマスが嫌いだし、赤も嫌いだ。サンタクロースなんて、真っ赤な悪魔に見えるよ」

 「ああ、聞いちゃいねえ……、しかも子供の頃にお世話になったサンタさんにそんなことを……。というか、何が言いたいのかよくわからないんだが、とりあえず参加するのか?」


 そんな質問に俺は頷いた。友人には見えていないだろうが、まあこの空気でわかったと思う。


 「とりあえず参加するんだな?その方向で進めるぞ?」

 「お願いします……」


 俺は小さく頭を下げる。やっぱり彼女は欲しい。

 というか、運命の人に出会いたい。その一心だった。

 自分は幼い頃から、あまり恋する、ということがなかった。ノリで付き合ったこともあったが、すぐに別れてしまった。そりゃそうだ、恋愛感情がなかったんだから。

 別に同性が好きだから、とかそういうわけでもなく、好きになる女性がそもそもいなかった。一緒にいて楽しい、と感じる女性がいない、ということもあるかもしれない。


 「……俺の人生、味しねえな」


 職場のレストランからの帰り道で、俺はそう呟いた。

 恋愛のない人生など、仕込みのない料理のようなものだろう。仕込みがなくても十分美味しいが、あった方が格段に美味しい。

 どうせ、合コンに行ってもピンとくる相手はいないんだろうな。で、どうせ家に帰って1人で鍋をつつくんだ。


 「わっ‼︎き〜み〜酷い顔してるじゃん」


 そんなことを考えていると、背後から急に抱きつかれた。

 振り向くと、そこにはスーツ姿の女性が立っていた。顔を見るが、全く見たことがない。

 顔は赤く染まっており、体からは酒のにおいがプンプンする。

 酔っぱらいだ。俺はすぐさま立ち去ろうとしたが、時すでに遅し、彼女に手首をガッチリと掴まれて動けない。力強いな、おい。


 「とりあえず、私に付き合ってよ〜。酒飲める?」

 「いやなんでっすか⁉︎酒飲めるけど」

 

 意味がわからない。さっさと逃げて、風呂入って寝よう。



 「でさぁ‼︎会社のハゲ上司が酷いわけ‼︎私のミスじゃないのに、私にばっか押し付けてくるのよ〜」

 「いや〜それは酷いっすね、俺の職場にはそういうのないからいいっすけど」


 来てしまった。しかも、意外と楽しい。

 そもそも人と一緒に酒を飲むこと自体がつい最近はなかったような気がする。名前も知らない、よくわからん姉さんだが、まあついてきて良かった。というか心配だし。


 「そういえば少年。君はなんか悩まないの?」

 「俺っすか?大してないっすよ。毎日が楽しいし。しいて言うなら彼女が欲しいくらいっす」

 「うっそ〜彼女いないの⁉︎イケメンなのに〜。私もらってよ」

 「いや、流石にキツい……」


 俺は言いかけた言葉を飲み込んだ。

 あれ?割とアリじゃね?

 今まで、自分が異性とここまで楽しく過ごせたのは初めてだし、はじめは年が離れているように感じたが、話している感じ、ほとんど同世代のようだ。何より気づかなかったが、彼女、普通に顔がいい。


 「って、冗談冗談‼︎私も彼氏はいないけど、まあ言ってみただけ‼︎」

 「まあ冷静に考えると、今の時間にそこら辺を飲み回ってる女に彼氏がいる訳はないっすもんね」

 「やだ〜君って辛口だねぇ」


 時計をチラリと見る。飲み始めてもう2時間も経ったのか。楽しい時が過ぎ去るのはあっという間である。

 会話メインだったのもあるが、2人とも帰る時にも普通に歩けていた。


 「あっそういえばさ、私はクリスマス予定ある?ないなら一緒に酒飲もうよ。はい、スマホ出して〜連絡先交換しよ〜!」


 自然に彼女は連絡先を交換すると、お金を渡してきた。


 「えっ、これ……?」

 「いや〜君に奢らせるのちょっとフェアじゃないでしょ?私が誘ったんだから」

 「あ、ありがとうございます、えーっと、何さんでしたっけ……?」

 「私?」


 質問に答える時、すでに彼女は人混みの中に消えていた。しかし、確かに自分の耳に彼女の声は残っていた。


 「あお。春宮はるみやあお。また会おうね」


 帰り道、友人に電話をかける。

 クリスマスは嫌いだ。

 恋人は恋に溺れるし、イルミネーションで不安は吹き飛んだかのようになるし、ツリーの装飾やサンタの像で街は赤く染まる。

 でも、今は赤く染まり始めた街が、少し綺麗に見えた。

 

 「すまん、合コン参加できなくなったわ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あお 海湖水 @Kaikosui

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る