あの夏が飽和する
@Haru1932
第1話
あの夏の物語り
君は梅雨時ずぶ濡れのまま僕の家の塀の前でうずくまって泣いていた。夏が始まったばかりなのに君は酷く震えていた。
何があったのか聞いたら、彼女は答えてくれた。
「昨日人を殺したんだ。」と
これは、そんな話で始まる僕と彼女のあの夏の物語りだ。
「殺したのは隣の席のいつも虐めてくるアイツ。我慢できなくなって、肩を叩いて階段から突き落とした。そしたらアイツは死んだ。肩を叩いて落としただけなのに。いつも私を苦しめてきたアイツは死んだ。今まで私が我慢してきたのはなんだったんだって思った。話聞いてくれてありがとう。もうここには居られないからどっか遠いとこで死んでくるよ。」
「なんで?なんで死ぬの?」
「私がしたのは人殺しなんだよ。犯罪。私は虐めが無くなるのと引き換えに自分の人生をぐちゃぐちゃにしてしまった。こんなぐちゃぐちゃな人生なんて捨ててやるって思った。だから死ぬ。理由はそれだけだよ。」
「…それなら僕も連れて行って。」
「…え?」
「それなら僕も連れて行って」
そう言って彼は家の中に戻って行った。
財布を持ってナイフを持って携帯ゲームもカバンに詰めていらないものは全部壊す。あの写真も日記も。今となっちゃもういらない。人殺しとダメ人間の彼女と僕の旅だ。
「一緒に死のう。死にに行こう。僕もこんな世界から逃げ出したいんだ。」
「……どうなっても知らないからね」
「承知の上だ。行こう!」
「うん!」
そして彼女と僕は逃げだした。理不尽でクソみたいな世界から。狭い世界から逃げ出した。家族もクラスの奴らもゲームも自分の人生も全部捨てて僕は彼女と逃げだした。
もうこの世界で生きる価値なんて無い。人殺しや、犯罪者なんてそこら中に湧いてる。なのに僕らだけを狙うこの世界に価値なんて無い。
結局僕らは誰にも愛された事なんて無かった。逃避行を初めて2日。そんな嫌な共通点で僕らは簡単に信じ合い、支え合ってきた。
僕が彼女の手を握った時には微かな震えも消えていた。誰にも縛られない。警察にも行政にも国にも法律にも。誰にも縛られないで2人で線路の上を歩いた。
次の日僕らはコンビニで2人で金を盗んで、2人で逃げた。
「誰にも縛られないって良いね!天音!」
「そうだね!遥斗!」
盗んだ金でゲーセンに行き、ファミレスに行き、コンビニでアイスを買った。共に過ごしてゆくうちに互いの距離が縮まって行った。
夜
「君と逃避行の旅を初めてもう1週間か。この1週間色んな事をしたね。」
「そうだね。いきなり君が一緒に死ぬとか言い出したり、金を盗んだり、盗んだ金でゲーセンやファミレス、コンビニまで行ったりした。こんなに楽しい事は初めて。」
「ふと思ったんだ。いつか夢見た優しくて誰にも好かれる主人公(ヒーロー)なら汚くなった自分を、僕らを見捨てずにちゃんと救ってくれるのかなって。」
「そんな美しい夢は捨てた。だって現実を見ろよ。美しいシアワセの4文字なんて最初から無かった。あるのは醜い現実と理不尽だけだった。今まで生きてきたクソみたいな人生で思い知っただろう?そんな美しい理想は存在しない。そんな優しいヒーローがいる理想郷なんて存在しないって。あるのは醜い現実と理不尽だけなんだよ…」
「そうだったね…変な事言ってごめん。もう寝よう。おやすみ」
「おやすみ。」
そして僕らは眠りについた。その日僕は夢を見た。理想郷にいる夢だ。僕が理不尽を押し付けられて逃げていたところを優しくてかっこいいヒーローが助けてくれる夢だ。だけどこれは現実じゃない。夢だ。夢の中でヒーローに助けられたところで現実が変わる訳じゃない。こんな夢は捨ててやる。こんな夢は必要ない。だって存在しないから。最初から優しいヒーローなんて居ない。誰も僕たちを助けてはくれない。だってそんな優しい人間なんて居ないんだから。……………君は何も悪くない。君は何も悪くない。悪いのはこの世界だ。彼女はただ自分の身を守っただけ。それなのに、世間は彼女を悪者にし、いじめっ子を可哀想と言う。彼女は悪くないのに、彼女が悪いみたいに世間は言う。虐めはダメゼッタイとか言うくせにいじめられっ子がいじめっ子にやり返したら、いじめられっ子が悪いみたいに言う。こんな世界捨ててやる。消えて無くなればいいのに…
「朝だよ〜」
そんな彼女の声で僕は目覚める。
「朝か…おはよう」
「おはよう」
「さぁて…行きますか。」
「うん」
そして僕らは歩き出す。通勤中のサラリーマンや、通学中の学生がいる歩道を僕らは歩き出す。この世界から逃げるために僕らは歩道を歩く。近くでパトカーのサイレンの音が聞こえ、2人とも一瞬ビクッとなったが、僕らを追ってきた訳ではなく違反車両を追いかけただけだった。ビックリした。
歩き始めて1時間。公園で僕らは休んでいた。休んでいた時にふと思い出した。ゲーム機を持ってきてた事を思い出し、歩いて人が居ない場所を探す。見つけた場所で僕はゲーム機を地面に叩きつけ、破壊した。
「もうゲームなんて必要ない。どうせ死ぬんだから。」
壊れたゲーム機に向かってそう吐き捨て、僕は彼女の元へと戻った。
そして彼女と共に僕はまた歩き出す。警察とこの世界から逃げる為に。
旅を初めて3週間。気づけば、僕らがいた街、小さな街からから離れて都心の大きな街に居た。
大きな街は松小さなとは違い、デカイ建物があちこちにあった。
「こんな大きな街あんま来たことないからなんか新鮮」
「私も来る事あんま無いから君と同じ感想だよ」
「でもここには死ねる場所なんて無い。だから別の場所を探さきゃいけない。」
「そうだね。どこが良いか………樹海…」
「そこしかないだろうね…でもお金もそんなに無いから電車もタクシーも使えない。歩くしかない。」
「遠いけど歩くか…」
僕らは樹海に向けてまた歩き出す。連日歩いている為、足が悲鳴をあげているが、僕は気にせずに歩いた。彼女と共に。
「お昼ご飯食べようか。そこのコンビニで買おう。」
「わかった。」
僕らはコンビニでおにぎりを買い、食べた。そしてまた歩き出す。これを朝昼と繰り返し、夜は野宿。僕らの体は徐々に汚れ出した。だけど僕らは気にしなかった。気にしたところでお風呂に入れる訳じゃないから。
さらに2日。僕らはまだ歩いている。ここ3週間ずっと歩いている。足はとっくに限界を超えている。だけどそれは彼女も同じ。僕は我慢して歩く。
「大阪市は広いし複雑だね…どこに行けば良いのか分からない…けど歩くしか道は無い…」
「頑張ろう。もう少し頑張ったら、この世界ともおさらばだ。」
「君の言う通りだ!もう少し…もう少し頑張ろう!」
歩き始めて1時間。さすがに足が疲れたので僕らは近くにあったベンチに座り、休んでいた。
「ねぇ。君はなぜ私と一緒に死のうと思ったの?」
「前から死にたいと思ってんだよ。毎日くだらないニュースしかやらないし、何をするのも面白くない。そのくせ理不尽な事ばかり言うクソ教師に、毒親。ストレスが限界突破したんだよ。限界突破した時に君が現れた。いままで死ぬ勇気だけが無かったけど、君となら死ねると思ったんだ。」
「そうなんだ…君も私と同じ、訳ありって事か」
「そうなるかな」
「訳あり同士の逃避行の旅…なんだかアニメみたいだね」
「…?」
「伝わらなかったか…まいっか」
「さてと…そろそろ行きますか」
「わかった」
そして僕らは歩き出す。死に場所を求めて歩き出す。
夜
「………こうして一緒に寝るの何回目だろ」
「分からない」
「私も」
「なんだそりゃ笑」
「笑笑」
「……おやすみ」
「おやすみ」
そうして僕らは眠りに付く。
僕はまた夢を見ていた。またヒーローに助けられる夢。だけど、今回は少し違った。今回の夢のヒーローは警察の服を着ていた。そして僕はその警察の服を着たヒーローに睨まれた。
「……きて!……きて!……起きて!!」
「ん…?」
「警察が来てる!逃げるよ!」
「え?やばいやばい!」
そして僕らは走り出す。どこに行っても警察がいる。走っていくうちに干からびた川に降りていた。そして僕は橋の下で…
「いて!」
コケてしまった。その隙に警察に包囲されて逃げ場を失った。その時彼女は僕が落としたナイフを手に取った。
「君が今までそばに居たからここまで来れたんだ。だからもう良いよもう良いよ。死ぬのは私一人で良いよ」
「やめ…!」
………………
………………
………………
………………
ナイフが落ちる音。血が落ちる音。何かが倒れる音。色んな音が聞こえる。
彼女は首を切った。まるで映画やドラマのワンシーンだ。白昼夢を見ている気がした。気づけば僕は捕まっていた。……誰かが叫んでいる。……誰だ。……喉が痛い。叫んでいたのは僕だった。
それから1ヶ月。夏は過ぎ去り、秋になっていた。僕は少年院を出て学校に復帰した。家族もクラスの奴らも居る。誰かが居ない。彼女が見当たらない。どこにも居ない。あの夏の日を思い出す。何度も何度も…学校が終わり、僕は彼女の墓の前で手を合わせる。彼女の墓の前でくしゃみをする。そして彼女の笑顔を思い出す。彼女の笑顔と無邪気さは今でも僕の頭の中でグルグルと回っている。
僕は合わせていた手を離し、立ち上がり、立ち去ろうとして歩き出す。その瞬間、一瞬だけ彼女が手を振っている姿が見えたような気がした。僕は背中を向け左手をあげながら言う。
「誰も何も悪くない。君は悪くない。もう良いよ抜け出してしまおう。」
そして墓地を後にした。これが僕と彼女のあの夏の日の物語りだ。今でも彼女の笑顔は僕の頭の中で飽和している。僕は永遠に忘れない。彼女の笑顔と無邪気さを…
あの夏が飽和する @Haru1932
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