注文ができない料理店【朗読用フリー台本】
江山菰
注文ができない料理店
いらっしゃいませ。
ここでは、ご自分のお好きなものはご注文いただけません。
そもそもここはお店と呼ぶべきかどうかも怪しいのですから。
しかし、私があなたにぴったりのお献立を勝手ながら決めさせていただき、お料理いたします。
では、そうですね、あなたには、あなたが働いているお留守の間の奥様のランチをお作りいたしましょう。
まず、賞味期限が一年以上過ぎたインスタントラーメンを開け、アルミパウチのスープ粉末や調味料だけ取り出して酸化した麺は廃棄します。
え? なぜそんなラーメンが奥様の手元にあるのか、ですか?
あなたのお母さまが先日大量に持ってきて、奥様に押し付けたからです。ご存じなかったでしょう?
さて、料理に戻りましょう。
冷蔵庫の中のクズ野菜や少しだけ残った肉やベーコンなんかを炒め、水と冷凍ちゃんぽん麺を加えて煮立てます。
いい具合に火が通ったら先ほどのラーメンスープ粉末やシーズニングを加え、隠し味に少し牛乳を入れて出来上がりのなんちゃってちゃんぽん。
これが今日の奥様のお昼ごはんです。
おいしいでしょう?
え? お気に召さなかった?
ぺろっと食べてしまったのに?
何がご不満ですか?
うーむ、では違うものも作ってみましょう。
まず、ごはんをスープボウルに少なめによそいます。
その上に、色の変わってしまったところを除去したレタスや大葉をちぎり、適当にざく切りしたトマトなどをのせ、見切り品の豚コマを塩コショウで炒めてトッピング。たっぷりドレッシングをかけて、サラダ丼の完成です。
朝の残りのざらついたお味噌汁と一緒にどうぞ。
これが昨日の奥様のランチです。
貧相ですが、なかなかどうして、美味なのですよ。
おや? まだご不満が?
では、
え? 違う? 何が違うのでしょう?
奥様はもっといいものを食べているはず?
自分がいないときは贅沢三昧で、洒落たカフェやレストランを食べ歩いているはずだと?
なぜそう思われているのか私には理解いたしかねます。
たしかに一度、赤ちゃんをご実家に預けて大学の頃のお友達と近くの定食屋でお昼を召し上がったことがありますが、そのときも一番お手頃な日替わりを選んでいらっしゃいました。そのたった一回を鬼の首でも取ったかのようにあげつらい、奥様がお子さまを預けて遊び歩いていると思い込んでいらっしゃるのはあなたとあなたのお母さまです。
奥様は家で、お子様のお世話をしながらつつましくお食事を作って召し上がっていらっしゃいますよ。
奥様だって、遊び歩こうと思えばいつだってできるのですが、なぜそうしないかおわかりでしょう?
奥様は、あなたと、お子さまをとても愛していらっしゃるからですよ。
奥様の愛が冷めていれば私はこんなことは申し上げません。
お願いですから、奥様とよく話し合ってください。
奥様に、愛しているとおっしゃってください。
おや、そろそろお時間ですね。
最後に語らせてください。
私は奥様が大好きでした。横に寝そべってテレビを見たり、公園を散歩したり、お腹を撫でてもらうのも好きでしたが、奥様が手際よく美味しいものをこしらえる横で、その魔法を見破ろうとじっと見つめているのが至福の時間でした。ああ、思い出すと心が温かくなります。
では、お帰りはあちらです。
どうかお気を付けて。
二度とここへいらしてはいけませんよ。
<了>
注文ができない料理店【朗読用フリー台本】 江山菰 @ladyfrankincense
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