第26話 衝撃と新たな決意

 今朝の空は、雨雲に覆われ淀んでいた。いつ雨が降り出してもおかしくない空模様に、ジュールは知らずため息を漏らす。自分の胸の内を映すような空だったからかもしれない。


「今日も勉強、頑張ってくるよ」


 トニスに見送られ学院へ行くのは、すっかり日常になっていた。ジュール自身も学院生活に馴染み、楽しく過ごしている。今では当初のように意地悪してくる者はいない。皆、表向きは親しげに声をかけてきてくれる。それもすべては、レオリールの後ろ盾のお陰だが。


 学院では、学問以外のこともたくさん学んだ。階級のしがらみや、隠し持っている悪意。損得で動く者が多い貴族社会。知るたびに、ジュールは自分も染まってしまうのではないかと怖くなる。 

 

 けれどフィルやティモシーのような、素晴らしい友人がいてくれることで、自分は人を信頼していられると思えた。


(レオリール兄様には、そんな友人がいなかったのかな)


 公爵という称号に邪魔をされて──


 レオリールはどんな気持ちで、これまで生きてきたのだろう。愛を信じられなくなるほど、辛い思いをしてきたのだとしたら。


(心の傷を、癒してあげられたらいいんだけど)


 愛を信じる心を取り戻してもらうには、それしかないのではないか。

 最近のジュールは、そのことばかり考えていた。


(レオリール兄様が、愛を信じなくなったきっかけがわかればいいんだけど……)


 母親の口から、レオリールを悪く言う言葉は聞いたことがない。それどころか、立派な紳士だと褒めていた。だから姉弟仲はよかったはずなのだ。なのに、家族を持つことに、あんなにも冷ややかなのはなぜなのか。ジュールは混乱する一方だった。


「あれ? 今日は何か行事があるのかな」


 街道を走る馬車の中から外を見ると、黒い服を着た人ばかりが歩いていた。まるで喪に服するようだ。


「僕も似たような格好だけど」

 とはいえ、自分は制服だが。


 なぜか気になり、学院に着くと早々にフィルに尋ねた。彼はジュールが知らないことに驚いたようで、目を丸くする。


「亡き第一王子、レイシャール・ランカスター様を偲ぶ日なんだ」


 今年は亡くなって十五年の節目だということで、命日を挟んだ三月にわたって慰霊祭が行われるという。亡くなり方が悲惨だったこともあり、国王が急遽決めたそうだ。


「何歳で亡くなられたの?」

「十歳だそうだ」


 そんなに若くして──病気だろうか。


 ジュールは胸が締めつけられる。王子の身に何があったというのか。


 顔を歪め目を潤ませるジュールに、フィルが教えてくれた。城に忍び込んできた盗賊に、刺されたのだと。それも弟を庇うために、身を投げ出したそうだ。


「そんなことって……」


 小さな子どもに剣を振りかざすとは、なんて非道な。


 ジュールは怒りに震える。その盗賊は捕まったのかと問えば、まだ息のあるレイシャールを人質にして逃げたというではないか。


「これから講堂に集まって、黙祷もくとうを捧げるんだ」


 辺りを見回せば、学生たちが次々と教室を出て行くところだった。ジュールたちもあとに続く。


「あの絵のお方が、レイシャール・ランカスター様?」


 講堂には、一段高いところに祭壇が設けられていた。その中央には肖像画が飾られていて、白い百合の花が手向けられている。


「ああ、美しい王子様だろう」


 蔦模様をあしらった金の額縁は、描かれている綺麗な金髪の菫色すみれいろの目をした美しい少年を、天上人のように引き立てていた。


(あれって……妖精さん──)


 ジュールは身体を大岩に叩きつけられたような衝撃を受けた。身体は小刻みに震え、鼓動は鈍く不規則に脈打つ。


(だから、会えなかったんだ──)


 あれから数回、墓参りに行ったけれど、あの少年に会うことはなかった。亡くなっていたのだから、いくら会いたいと願っても、叶うはずなかったのだ。


(本物の、王子様だったんだね)


 ジュールはレイシャールの冥福を心から祈った。そして命をかけて守った弟君が、幸せでありますようにと願う。


(天国で、見ていてください)


 ジュールは決意を新たに誓った。レイシャールに、立派な紳士になると宣言したのだから、必ず成し遂げなければと。


(やっぱり……レオリール兄様に似てる。あの綺麗な目)


 ジュールは肖像画の中の少年を見つめた。


 

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