第24話 赤く染まる頬と苛立ち

 久しぶりに社交場に姿を現したレオリールに、四方八方から視線が集まってくる。


 それは、次の挑戦者は誰だ? どうせ玉砕するのでは? といった物見遊山的な感情を含んだ視線だ。 


 その鬱陶しさに、レオリールは辟易しているというのに……


「ご無沙汰しております、ウォルター公爵。今宵こよいお会いできるとは──」


 娘を伴って来てよかったと、ほくほく顔で歩み寄ってきたのは、恰幅のいいエバンズ男爵だ。


「はじめまして、キャサリン・エバンズです」


 父親の後ろから姿を現したのは、まだ幼さの残る女性だった。ジュールより、年下ではないだろうか。


「はじめまして、レオリール・ウォルターだ」


 挨拶を返すと、キャサリンの頬がぽっと赤く色づく。


「娘は今日がはじめての社交場なのだが……よかったら、一曲踊ってやっていただけないでしょうか」


 ホールでは、軽やかなピアノの旋律がパーティーに花を添えている。


「申し訳ないのだが、足を少々痛めているもので」


 同じ文言もんごんで断るのは、もう何度目だろう。入れ替わり立ち替わりで娘を紹介され、煩わしい限りだ。


(そういえば、ジュールは女性と踊ったことがないと言っていたな)


 後方の壁にへばりつくように立っているジュールへ視線を向ける。すると、ずっとレオリールを見ていたのか、目が合った瞬間、ぱっと視線を逸らした。


(なんなのだ?)


 こんなやり取りが、もう何度もあった。ひとりで心細いのだろうか。しかしレオリールとさほど距離は離れていない。ならば退屈なのかとも思うが、今日は見て勉強するために壁の花になると言い出したのはジュールのほうで。


 だからレオリールも会場を歩き回ることはせず、ジュールが見える場所に止まっている。ジュールが困ったとき、すぐに対応できるようにするためだ。


(話しの輪にも入らず、本当に見ているだけのつもりか?)

 

 何人かの男に話しかけられてはいたが、二言三言で終わらせていた。


「キャサリン嬢、ダンスなら、あそこにいいお相手がいるが。背丈も釣り合っていて、踊りやすいのではないかと思う」


 ジュールを指し示すと、キャサリンは顔を曇らせた。追い払われたと思ったのかもしれない。


「あの子は、私の連れなのだが」

「まあ、そうでしたの! お父様、私、いって参ります」


 晴天のように表情を明るくしたキャサリンは、ジュールに向かって歩き出す。


(私の知人と知った途端、これか)


 ジュールと親しくなっておけば、レオリールと繋がっていられると思ったとみていい。父親に目をやれば、含みのある笑みを口元に浮かべていた。他の者と対応が違ったことに、脈ありと受け取っているようだ。


 ふと、軽率だったかとジュールに視線を戻す。ジェシカのときのように、また利用されでもしたら、ジュールから笑顔が消えてしまうかもしれない。


 そう思っていたのだが──


(何をそんなに、顔を赤くしているのだ?)


 キャサリンに声をかけられ、はにかみ初々しい反応を見せるジュールに、なぜか心が波立ちイライラしてしまう。ダンスの誘いを受けることが、頬を赤く染めるほど恥じらうことなのかと。


(もしかして、彼女を気に入った……?)


 壊れ物に触れるかのように、そっとキャサリンの手を取ろうとするジュールを見たとき、レオリールは知らず歩き出していた。


「ジュール、残念だろうが、もう帰る時間だ」


 自分は何を言っているのか。

 パーティーは宵の口。別段急ぎ帰る理由はないというのに。


「え? もうそんな時間なのですか──」


 眉尻を下げ残念がるジュールに、苛立ちが増す。


「もたもたしているからだ。行くぞ」


 宙に浮いたままのジュールの手首を掴み、ホールから連れ出した。

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