第14話 たくさん笑顔にしてあげられたら 

 夕食を終え自室に戻ったジュールは、ひしひしと感動を噛み締めていた。


(レオリール兄様が、はじめて笑顔を見せてくれた)


 いつも真面目な表情で、ジュールは笑ったところを見たことがなかった。たまに夜、街に赴き帰宅したときなどは、酒の匂いを纏いながらも顰め面をしていて。


(お酒は楽しく飲むものだって、お父様は言ってたけど……)


 レオリールにとっては、楽しい一時ではないようだ。そんな彼を、ジュールは心配していた。母親がよく口にしていたのだ。「笑顔は幸せを呼び寄せるのよ」と。

 その笑顔がない──それは今のレオリールに、幸せがやって来ないということだ。


(レオリール兄様を、たくさん笑顔にしてあげられたらな)


 レオリールは端的で、言葉が素っ気なく感じることもある。けれど真面目なだけで、心根は優しいのだと思う。それに公爵という身分なのに、傲慢でもなく見下したりもしない。


(比べてはいけないけど……貴族の男は皆、誇り高く立派な紳士だと思っていたのにな)


ジュールは学院で目の当たりにした、紳士らしからぬ振る舞いをしている男たちに憤りを覚える。


「今思えば、僕は恵まれていたってことだよね」


 ジェイクリース領で自分の周りにいた男たちは、優男ではなかったけれど意地悪でもなかった。心を傷つけられた経験も皆無だ。これも、両親や兄のお陰だったのだろう。性悪な人から自分を遠ざけ、守ってくれていたに違いない。


 自分は本当に、井の中の蛙だった。外へ出れば、知らないことだらけだ。こうして気づけるようになれたのは、成長したと思っていいはずだ。できればもっと、知的な面で成長したいけれど。


「でも……なんとなく、紳士を見分ける目は養われている気がする。──あっ! わかった、そうだったのか!」


 母親が自分の周りを男だらけにしたのは、きっと社交界で上手に渡り合えるようにするためだったに違いない。


(お母様、ありがとうございます!)


 お陰で紳士のあるべき姿像が、見えてきたように思う。


「何がわかったのですか、ジュール様」


 突然大きな声を出したジュールに、ちょうど紅茶を運んで来たトニスが目を丸くしている。


「お母様が僕を鍛えてくれていたことに、気がついたんだ」


「さようですか。ちなみに、どのようなことを鍛えられたのですか?」


「男を見る目だよ。学院にはいろんな男の人がいてさ。僕を揶揄ったり、見下したりするんだ。でも、庇ってくれる友人もいるよ。フィルとティモシーは、とても紳士的なんだ」


「なんと、学院で揶揄われているのですか。それはどういった内容でしょう」


 トニスが眉をひそめ、珍しいことに険しい顔を見せる。


(いけない、余計なことを言ってしまったかな)


 世の中には、言わなくていいこともある。すべてを素直に、口にしてはいけないのだとジュールは知った。


「──」


 黙り込んでしまったせいで、トニスの眉間の皺が一層深くなる。話したほうが、安心するかもしれない。


「たいしたことじゃないよ。没落しかけた田舎の遺族だろうとか、男漁してるとか言われた程度だから心配しないで」


 重くならないよう、さらっと告げたつもりだったが、トニスは肩を怒らせ憤慨した。


「ジュール様! それはたいしたことです。ゆゆしき問題ではありませんか。早急に、レオリール様に対処していただかなければ」


「え、待って。そんなに大袈裟にしたくないんだ。告げ口みたいだし、こんなことも自分で解決できないなんて、紳士の端くれにもなれないでしょう?」


「しかし──」


「大丈夫だから。本当に困ったときは相談するよ。それに、僕に意地悪する人にもいいところはあると思うんだ」


 前向きなジュールに、渋々ながらトニスは引いてくれた。


「それより、明日のパーティーだよ! 着ていく服、用意してある?」


「はい、抜かりはございませんよ。ジュール様の社交界デビューですから」


 微笑むトニスにほっとする。今後は心配をかけないよう、学院でのいざこざは話さないことにした。けれど隠し事の苦手なジュールは、苦戦しそうだ。


「僕、もう寝るよ。トニスも休んで」

「はい、お休みなさいませ」


 明日の楽しい一時を胸に、ジュールはベッドへ入った。


 

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