第8話 花壇作り
「力は貸しますが、花壇を作るのはジュール様ですよ。まずは
段取りを話ながら、オスマンは近くに立つ木の根元を指差す。視線を向けると、すでに道具は運ばれており、いつの間にとジュールは驚嘆してしまう。
「軍手をどうぞ。では、柄を握ってみてください」
鍬を手渡され、ジュールは言われたとおり、両手でしっかりと握る。
「いいですか、持ち上げるのは肩くらいまでですよ。上げすぎると危険ですから」
鍬を打ち下ろす際、ただ振り下ろせばいいわけではないという。刃と土の角度が悪いと、効率よく耕せないと指導される。
「では、せいの、でいきますよ」
オスマンはジュールの後ろに立ち、
「うわ! 手に響く……」
打ち込んだ衝撃が、鍬の柄を伝って手を震わせた。思わず柄から手を離してしまい、はっとする。けれど手を添えてくれているオスマンのお陰で、鍬を落とさずにすんだ。
「さあ、しっかり握ってください。土を
腹に力を入れ、鍬を起こす。しかし想像以上に地面は硬く、一度ではたいして耕せていなかった。自分が貧弱だからだろうか。悔しくて唇を噛みしめる。するとオスマンは、地面を耕すには、誰でも根気強く何度も同じ動作を繰り返すものなのだと励ましてくれた。
「わかったよ、僕、頑張る」
意気込むジュールを、オスマンは慣れるまでの間はと一緒に鍬を握ってくれた。
(なんて大変な作業なんだろう)
繰り返すうち、次第に腕に力が入らなくなってきた。額からは、何度拭っても汗が噴き出してくる。
(ジェイクリース領の民は、本当に凄いな)
命を繋ぐための、尊い仕事をしてくれている。農業がいかに重労働かを、ジュールは経験してはじめて知った。
「これで最後だ! えい‼」
ようやく最後の一振りで息をつく。疲労で腕は重く、シャツは大量の汗で色が変わってしまっている。
「よく頑張られましたね。ジュール様、あとレンガを五つほど並べていただけますか?」
ジュールははっとして、後ろに目を向けた。
自分が土を耕すことに悪戦苦闘している間に、雑草は一画を除いて取り除かれ、レンガも綺麗に並んでいた。
「おや、疲れてしまいましたか? あともうひと踏ん張りで完成ですよ。ほら、そこにまだ雑草が」
できあがりつつある花壇を、ジュールは呆然と見入る。その姿に、オスマンはくすくすと笑いながら、ジュールの足元を指差した。
「ま、まだ動けるよ! 雑草だね、すぐに取るから」
オスマンは、最後の仕上げを自分に残してくれたのだ。
「オスマンさん、もう僕、手に力が入らなくて。レンガ、一緒に持ってもらえないかな」
最後のひとつ。これはオスマンと一緒に置きたい。完成させたという達成感を、一緒に味わいたかった。
「はい、では失礼して」
その思いが伝わったようで、オスマンはレンガに手を添える。
「じゃあ、いくよ」
ゆっくりと、ゆっくりと。
測ったかのように、ピタリとはまる。
「できた……できたよ、オスマンさん‼」
ベッドくらいの大きさしかないが、ジュールは充足感で満たされる。
「ええ、立派な花壇ができましたね。花が咲けば、もっと素敵な花壇になるでしょう」
「そうだね! さっそく種をまこうよ」
疲れなど吹き飛び、オスマンを急かす。
「せっかちですね。ですがその前に休憩しましょう」
喉も渇いているはずだと、木陰に置いてある水差しまで促される。それに腹も空いているだろうと言われ、天を仰ぎ見れば太陽が頂点に差しかかっていた。
「もうお昼なんだね。──はー、美味しい! オスマンさんも飲んで、はい」
今日ほど水が美味しいと感じたことはない。
ジュールは一気に飲み干すと、オスマンの分だとコップを水で満たし手渡す。彼も一気に煽った。
「僕につき合わせてしまって、ごめんなさい」
疲れさせてしまったと、頭を下げる。彼には他にも仕事があるのだ。支障を来すようなことがあっては申し訳ない。
「あとは僕がひとりでやるから、オスマンさんは仕事に戻って」
「いいえ。最後まで手伝わせていただきます。でないと、花が咲いたとき喜びが半減してしまいますから」
「オスマンさん──ありがとう!」
ジュールの心に負担をかけないよう、言葉を選んでの申し出だろう。
(相手の気持ちを推し量るって、こういうことなんだな)
今まで言葉のままに受け取ってきたジュールだったが、気遣いに対してその心をくみ取ることは大事なのだと学んだ。
(オスマンさんって、優しいな)
オスマンの第一印象は、冷たそうな人、だ。けれど実際言葉を交わしてみると、思いやりのある親しみやすい人だった。人は見かけではわからないことも、ジュールは学んだ。
(僕の周りって、あまりにも見たままの人ばかりだったから……)
もっと自分は、人を見る目を養わないといけない。外見に囚われず、内面に目を向けなくては。母親がよく言っていた。目を養えと。
(こういうことだったんだね、お母様)
やはり母親の教育は、正しかったのだと改めて感謝の念を抱く。と同時に、立派な紳士になるには、自分はまだまだ勉強不足だと痛感した。
「では、昼食後はいよいよ種まきですよ」
体力のほうは大丈夫かと問われ、ジュールは元気よく「はい!」と答えた。
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