第1.5章 幕間
第33話 悩める魔術大国の皇帝
◆◆◆
ドラコニア帝国…
中央大陸ミリア圏に存在する五大帝国の一角、魔術大国とも呼ばれる我が国の歴史は他国と比べても非常に熾烈であるといえるだろう。
その成り立ちを説明するには遥か昔まで遡ることになる。古代ミリア帝国の時代まで…
古代ミリア帝国…かつて中央大陸西側…現在ではミリア圏といわれる一帯を支配していた世界帝国である。初代皇帝ライハート1世が広範囲に乱立する都市や国家を次々と併合していき、最終的に成立したのが古代ミリア帝国である。
一代でそれを成し遂げた稀代の傑物であり、冒険王とも呼ばれるほどの豪傑でもあったライハート1世だが、彼が最初に居を構えたのがミリアウリス半島であったため国号に『ミリア』の名が付けられたといわれている。さらに深掘りをするなら聖竜神教やミリアウリス教会についても説明が必要なのだが…ここでは省略させてもらう。
遥か長きにわたって栄華を極めた古代ミリア帝国だが…それも終わりのときが来た。
東の方から強大な騎馬民族が押し寄せてくることが多くなり、直接的に被害を受ける東側のオルドー地方と直接的には被害を受けない西側のヴェルタ地方の対立が激しくなった。そして西ミリア帝国と東ミリア帝国に分裂した。
西ミリア帝国は後にヴェルダーン帝国に名を改め、ヴェルタ地方を代表する五大帝国の一角として現在にまでその名を轟かせている。
東ミリア帝国も同様にオルドレイク帝国に名を改めるのだが、異国の蛮族を最前線で守る自国こそが古代ミリア帝国の後継者であり聖竜神教の守護者であるとして神聖オルドレイク帝国と僭称したのだ。ただミリアウリス教会とヴェルダーンはこの件に関しては黙認したので、そこまで問題にはならなかった。
そしてそこからさらに時間が経ち、東の方の騎馬民族が1つの巨大帝国…エルマン帝国へと生まれ変わり、本格的にミリア圏へと侵攻を開始したのだ。
エルマンは現在においても五大帝国最強の陸軍国家として世界中から恐れられている。そんな国を相手に神聖オルドレイク・ヴェルダーン連合軍が迎え撃つことになるのだが…戦線はゆっくりとだが確実に押されていった。
オルドー地方の特に北側が数多くの被害に遭い、いよいよ戦局が大きく傾き始めるというときに…強力な援軍が海を渡って参戦してきた。
その名はガルダンディアス。ミリア圏の海を挟んで北西部に位置する島国であり、現在においては世界最強の海洋国家として知られている。厳密には古代ミリア帝国の勢力外なのだがその影響は確かに受け継いでいる。
ガルダンディアスの参戦が決め手となりエルマン軍を挟撃する形で打ち破り、一気にオルドー地方の外にまで追い出すことに成功した。これがきっかけで当時のガルダンディアス国王がミリアウリス教会教皇から戴冠を受け皇帝となり、国号をガルダンディアス帝国へと改め、五大帝国の一角にまで至ったのだが…今はどうでもいい。
戦争自体はミリア側が勝利したのだが、1番の被害に遭ったオルドー地方北側…ドラコニア地域の者たちは多くの不満を抱えると同時に神聖オルドレイクへの不信感を
まあその後結局独立をしてドラコニア帝国が誕生したのだ。
そしてそれを認めない神聖オルドレイクがオルドー地方の再統一をすべくドラコニアに侵攻して始まったのが、ドラコニア・神聖オルドレイク戦争である。
ドラコニアは北西にガルダンディアス、西にヴェルダーン、南に神聖オルドレイク、東にエルマンという強大な国に囲まれており、これらの脅威に対抗するべく魔術研究に莫大な投資をした。そして魔術が大きく発展し、その技術を惜しみなく軍の増強に注いだ。
結果はドラコニアの完全勝利に終わった。神聖オルドレイク軍は壊滅状態となったことで停戦後の交渉も有利に進み、数々の有利な条件に加え、その支配からの完全脱却を示すために国号から『神聖』の文字を剥奪させた。
こうして新たにドラコニアとオルドレイクが五大帝国に数えられ、現在の姿へとなった。
我がドラコニアはこの戦争をきっかけに魔術大国と呼ばれるようになり、魔術の最先端の地として一躍有名となった。
少し長くなってしまったが、我がドラコニアがいかに血生臭い歴史を辿ってきたかは理解できたはずだ。
何故こんなことを説明したのかというと…それは余がドラコニアにとって非常に重要な人物であるからだ。
余はドラコニア帝国皇帝グランツ3世である。
全てのドラコニア人が敬愛する初代皇帝グランツ1世の意志を受け継ぎ、ドラコニアのさらなる躍進のため懸命に努力しているのだが…
実は今と〜っても悩んでいる最中なのである。
◇◇◇
「…つまり精鋭の魔術師たちで構成された調査部隊は全滅、魔導機獣グランツ1号、2号ともに何者かに撃墜され、その後何の成果もなし…ということでいいのか…?」
ドラコニア帝国首都・メルクシュタインの中心に聳え立つ白亜の城…メルクシュタイン城。その壮大で美しい城の中のとある一室。重要な話し合いを行うに適したその部屋の中央には重厚な円卓が設置されている。そこに何人かの人物が招集され、本会議の議題について顔を突き合わせている。
その部屋の最奥に座る人物…余がそう告げた。
部屋の中には重い空気が漂っている。それも仕方がないのかもしれぬ。
「…調査部隊は既定の時刻までに帰還すること叶わず…魔導機獣グランツに関しては2機とも飛行調査中に突如謎の膨大な魔力を観測した
そう答えたのはニッグヘルム軍務卿だ。まさに顔面凶器ともいえるおっかない顔つきの人物であるが、今日はいつにも増して恐ろしい。ドラコニアの国防や軍事に関しての責任者である彼だが…かつて神聖オルドレイクを打ち破り、五大帝国までのし上がった我が国の力が及ばなかったことに忸怩たる思いを抱えていることだろう。
「…それは本当なのか…?ニッグヘルム軍務卿…遺体や残骸は回収していないのであろう?もしかしたらまだ生存しており、雌伏のときを待っているのではないか…?」
ニッグヘルム軍務卿に
ニッグヘルム軍務卿は瞳を閉じ腕を組んで黙っている。既に言うべきことは言ったというような態度だ。ガウンセル財務卿はさらに顔を青くした。
その反応を見てまた別の人物が発言した。
「現地で指揮をとっていたのは貴様なのであろう?ダースレイ大佐。」
エイリッヒ外務卿である。とても神経質そうな彼が鋭い目つきで1人の人物を見る。ドラコニアの外交を司る彼はまだ若いながらも百戦錬磨の老獪な雰囲気を漂わせている。素人などはその雰囲気に完全に飲まれ主導権を奪われてしまうことだろう。
「…ハッ!概ねニッグヘルム軍務卿の
エイリッヒ外務卿に睨まれたその男はダースレイ大佐だ。ドラコニア帝国軍特殊魔導機部隊隊長で魔導機獣の管理責任者でもある彼が頭を円卓に叩きつけ全力で謝罪をする。今回の調査の責任者である彼なのだが…正直謝られたところでもはやそんなことを気にしている状況でもないのだ。
「まったく!グランツ1号と2号がいくら旧式とはいえ帝国内に10機しかない飛行可能な魔導機獣をこうも簡単に失われてしまったのでは溜まったものではありませんぞっ!本・当・に!撃墜されたのですかなっ?この責任は一体どうとるおつもりでっ?」
余の考えとは裏腹に責め立てる者がいる。メルクシュタイン第一魔術研究所所長であるロレンヌ侯爵だ。こいつ自身も優秀な魔術師であり、実力でその地位まで登り着いた男だ。ただ金と権力に取り憑かれ醜く肥え太ってしまい、もはやただのハゲデブに成り下がりその性格も歪みきっている。
そんな男が責め立てる理由は魔導機獣グランツの開発をしたのがメルクシュタイン第一魔術研究所であるためだろう。
魔導機獣グランツ…かつてドラコニア・神聖オルドレイク戦争で趨勢を決めた決戦兵器である。ラージイーグルを素体に魔道具によって自由意志を奪い大勢の精鋭魔術師の力によって起動・操縦を可能にしているそれは現在で唯一飛行を可能とする魔導機獣であり、発動や維持に高純度の魔核を必要とし、運用するだけで莫大な金がかかる。もちろん生産にも…
だがそれを補って余りあるほどの能力を備えているのも事実…ドラコニア初代皇帝グランツ1世の名を冠していることからもわかるだろう。相手よりも高い位置を取れるというだけで戦争を有利に運ぶことを可能とする。守りの薄い軍の上空から一方的に魔道具で敵を攻撃できるからだ。
ドラコニア・神聖オルドレイク戦争の決戦兵器でもある魔導機獣グランツが簡単に失われたことが許せないという真っ当な思いもあるはずだ。神聖オルドレイク軍の戦線を打ち破り、中央大陸中を震撼させたグランツの存在が抑止力として現在のミリア圏の安定に寄与しているといっても過言ではないからだ。
「…何が言いたい…?ロレンヌ侯爵…」
ニッグヘルム軍務卿がロレンヌ侯爵を視線で射抜く。気の弱い者であれば気絶してしまいそうなほどの威圧感を放っている。
「ロレンヌ所長と呼んでいただいてもいいですかな?…なに、簡単なことですよ。そこの軍人がしょうもないうっかりミスで優秀な魔術師やグランツをあっさりと失ってしまったことがバレるのを恐れ、適当言っているのではないかと思いましてな。」
「ふざけるなぁっ!責任者をダースレイ大佐に任命したのは私だっ!それを我が身可愛さが故に適当なことを言っているだとっ!それは我らがドラコニア帝国軍を侮辱する発言だっ!取り消せっ!そもそも今回の作戦を提案したのは貴様であろうっ!ロレンヌッ!貴様の責任はどうなるのだっ!」
ニッグヘルム軍務卿が途端立ち上がり、ロレンヌ侯爵…所長に叩きつけるかのように声を荒げた。此度の責任を強く感じていたが故の反動かもしれないな…それにしても怖すぎるわ…
「ふむ…たしかに帰らずの森の調査を提案したのは私ですな。ただし…今作戦は我らが皇帝陛下が既に承認しておられるのです。よって私の責任の所在をとなると…皇帝陛下の選択にケチをつけることになりませんかな…?ニッグヘルム侯爵…おっと失礼!ニッグヘルム軍務卿でしたな!」
「ぐっ…!貴様…私はそんなことは言っておらん…」
ロレンヌ所長はあくまで冷静だ。怒り狂ったニッグヘルム軍務卿を相手にここまで堂々と対峙できるのはそれだけこの男も数々の修羅場を経験しているということか。
…たしかに帰らずの森の調査の提案を余は承認した。あの森は長らく人が立ち入ることがなかったダンジョンであり未開拓地でもある。そこには多くの資源があると考えドラコニアがなんとか独占できないかと思ったのだが…結果は前述の通りである。立入禁止区域というものを甘く見ていたのかもな…
「クソッ…!そもそも我がドラコニア軍を十分な数送り込むことができれば森の調査どころか開拓すら容易くできるというのに…」
ニッグヘルム軍務卿がそう言いながら席にドカッと座った。そんなニッグヘルム軍務卿に対しエイリッヒ外務卿が小言を漏らす。
「…そんなことをすればヴェルダーンやガルダンディアスに追及される。ただでさえニルブニカは監視の目が強いがためにイルシプを利用しているのに…イルシプに今回の作戦の人員を送り込むだけでもどれだけ苦労したと思っている…?それにそんな隙をエルマンが見逃すとも思えん。ヤツらは現在ミリア圏ではなく東方諸国に興味を持っているからいいものを…」
「そんなことはわかっているっ!」
エイリッヒ外務卿も他国に勘付かれないように細心の注意を払って事にあたったが故の発言だったのだろうが…ニッグヘルム軍務卿だってわかっているのだろう。
少し場が熱くなってきているようだ。こういうときは余の数少ない出番だな…
「もうよい…
余の発言と同時に部屋の中の全員が静まる。まあこれでも五大帝国の皇帝であるからな…
「今回の作戦の責任追及はその辺にしておくといい…どうしても納得がいかないというのであれば…それは余の責任である…が、そんなことを今考えている余裕はない。多くの損害が目立つが、なによりもグランツが失われたのは大きい…あれはもはやただの兵器ではなく政治の道具ともいえる代物だ。ひとまず作戦は凍結…態勢を立て直す時間が必要だと考えるが…いかがかな…?」
余がそう言うと全員が各々頷く。特に文句はないようだ。いや…仮にあったとしても皇帝に対して直接物申すことなどせぬか…少なくともこの部屋に入ることを許された者たちは…
「ニッグヘルム軍務卿は新たに森の調査に特化した特殊部隊の編成を…いつでも出動できるように準備を怠るな。エイリッヒ外務卿は今まで通り我らの動きを他国に勘付かれぬように目を配れ…イルシプについてもな…不審な動きを見せる相手には徹底的に圧力をかけていけ。ロレンヌ所長は新たなグランツの開発を頼む。グランツの存在は我が国の威信に関わるので最優先で当たってくれ。ガウンセル財務卿は諸々の予算編成を…これは厳しいかもしれないので多少の無茶には目を瞑る…例の組織も上手く使え…目立たぬように立ち回るのだ。ダースレイ大佐、此度の責任は不問とする…引き続きニッグヘルム軍務卿の指示を待て。他の者たちや細かいすり合わせに関してはこの後の宰相との協議を待ってくれ。それでいいな?」
「「「「「ハッ!承知致しましたっ!」」」」」
余がそう締めくくると全員が
あと余に出来ることといえば最終決定について承認をすることくらいである。
今回の会議はなんとか乗り切ることが出来たが、このままでは何も成し遂げることができずに無能な皇帝の烙印を押されかねない。なんとも胃が痛いことだ…
現在の小康状態を保っている中央大陸情勢で達成できる偉業といえば、新たな資金源の確保や未知の解明がいいのではないかと思い、飛びついたわけだが…なかなか上手くいかないものだな…
せめて帰らずの森に関して何か少しでも情報があればいいのだが…
余の悩みは絶えぬ…
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