第32話 旅立ち
俺は今森の中を歩いている。
森の外へ向かって歩いている。
もっといえば東の方を目指して歩いている。
人化の魔法を習得してから数日が経ち、俺はハム
服は無事調達したし、ヘビ
そんな俺の目的地はそう、イルシプ王国だ。
とりあえず南西のアウロフは速攻で除外した。なんか紛争がよく起こっているらしいし、わざわざそんな危険な場所に行きたくないからな。馴染みの人間もいないし。
じゃあなんでアルの故郷である北のニルブニカではなく東のイルシプを目指しているのかというと…
まあ、なんていうの?人化してすぐにアルに会いに行ったらまるで俺が寂しかったみたいじゃん?ちょっとそれは偉大なる竜の王としては威厳に欠ける行為でよろしくないと思ってな!
冗談はさておき…ヘビ
それが俺らに害を与えるものかどうかはわからないが、少なくとも俺らの
どうせなら森に入ってきた人間にきけたらよかったのだが、生憎全員白き鱗たちの栄養になってしまったからな。素の実力は大したことがないようで脅威がそれほどではなかったと喜ぶべきか、結局何も分からずじまいに終わったことを憂うべきか…まあ後者だよなぁ。
このまま森にいても情報は得られずに後手に回ってしまう状況にあるわけで、せっかく人化できるようになったことだし少し人間側を探ってみようというわけだ。
何も敵対しようというわけではない。俺も面倒ごとにわざわざ首を突っ込みたくはないからな。あくまでちょっとした調査のつもりだ。危険なことをするつもりはない。
ヤツらが一体この森で何をしようとしているのか、その辺について少しでも事情を知ることができれば儲けもんくらいに考えている。
そういうことでほんの少し怪しげなイルシプへと向かっているわけだ。
まあっ!結局全部
人里に行きたい!まずイルシプ!次にニルブニカ!そんくらいの軽い気分で俺は出発したのだ。
そんな状況で森を空けて大丈夫なのかとも考えたが、まあ大丈夫だろう。
森が心配という気持ちが1mmもないことはないのだが…多少留守にしたところで俺の加護を与えたヤツもいることだし森がすぐどうこうなるってことはないだろう。
いざとなれば俺がドラゴンに変身して飛んで戻り、森を狙う者たちを速攻消滅させればいいだけだしな。
ということでこれから訪れるイルシプがどんな場所か楽しみでワクワクしているのだ。
そんな俺の足取りは遠足に向かうかのように軽やかであった。
◇◇◇
森の中は至って平和であった。俺に限っての話だが。
魔物の群れに遭遇するたびに襲い掛かってくるので、その都度ぶん殴ってやってから、「俺ドラゴンだよ。」と一言だけ付け加えて解放し続けていたらすっかり魔物に出会うこともなくなってしまった。
出会ってもその瞬間に俺を刺激しないようにか、焦らずにゆっくりとその場を離れていく魔物がほとんどだ。
いちいち進行を邪魔されずに済むのはいいのだが、まるで腫れ物に触るかのような反応だ。俺たち一応同じ森の仲間なのに!
まあ別にそこまで仲間意識はないのだが、この世界での俺の生まれた場所であり育った場所でもあるので、この森自体には少し特別な感情を抱いている。
どうせならこのまま平和にのんびりと暮らしていきたいものだが、そのためにも外のことは知っておいた方がいい。
そのために俺はここを旅立つのだ。
今生の別れになどはならないし、もしも可能であれば定期的に戻ってきたいとも思っている。全ての魔物と馴染みがあるわけではないが、この森の恩恵を共に受けた仲だ。ほんの少しくらいは気を遣おうとも思う。
おかしいな…人里に行くのがあれほど楽しみであったのに、それと同時にここを離れることに対してもなんだか物寂しい気持ちになる。
それは俺の体がドラゴンになったからであろうか。
今の俺は人間なのか、それともドラゴンなのか。それは結局のところよくわからないのだが、少なくともこの森での生活は楽しかった気がする。ていうかもはやドラゴンであることに慣れすぎている。
その一方で人間であることにも所々でこだわっている気がする。でなければ人里に行こうと考えることすらしないだろう。それにそもそもこんなことすら考えないのではないか。
考えたところで答えが出るような問題でもないのかもしれない。俺が俺である以上考え続けなければならないことなのかもな。そしていつかは気にすることもなくなる日が来るかもしれないな…
そんなことを考えているうちに視界が一気に明るくなった。
前を見るとそこは鬱蒼とした森ではなく、ひらけた草原のような場所だ。俺はいつのまにか森を抜け出たようだな。
初めての場所だ。ここが俺の新たなる冒険の始まりの地点となるわけだな。
ぐちぐち考えるのもここまでにしよう!
これから先、俺は一体どんな体験をするのか、どんな事件に巻き込まれるのか、どんな出会いが待ち受けているのか、そんな気持ちで心が満たされる。
俺は後ろを振り返る。そこには鬱蒼とした巨大な森林が人を拒むかのように存在していた。
こんな森を目の当たりにしたら普通は恐怖や不快感が込み上げてくるのだろうが、俺にとっては見慣れた景色であり、帰るべき場所…故郷なのだ。
まるで巣立つかのような雰囲気になっているがちゃんと帰ってくるつもりだから、そのときは俺のことは拒まずに受け入れてくれよ?
それでは行ってくるよ。
そう心の中で呟き、俺は正面へ顔を戻す。そして振り返ることなく前へ足を一歩進めた。
難しく考えなくていいじゃないか。
俺が自由に気ままにこの世界を楽しめればそれでいい。
今はただそれだけを考えていこう。
足取りはさらに軽やかに、そして一歩、また一歩と足を進めていった。
第1章・完
――――――――――――
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