第34話 枢機卿と聖竜騎士

 ◆◆◆



 聖竜神教…



 主にミリア圏で信仰されている宗教であり、長きに渡る布教活動によって南方大陸北部から中央大陸の東側にまで多くの信徒を有する。



 その教義は、いずれ地上に降臨される救世主に天上の楽園へと導かれるため、弱者救済をはじめとした善行を重ねることによって徳を積むこと、である。



 現代でも治癒魔術による治療や炊き出しといった奉仕活動をしており、説法や礼拝も身分に関わらず誰にでも許されているため、高貴な者から貧困層まで幅広く強い支持を得ている。その影響力は計り知れない。



 そんな聖竜神教の始まりはまだ人類の文明が発展するよりも前にまで遡る…人間が原始的な生活を余儀なくされていた時代に、一柱の神が三柱のしもべを引き連れて聖地ミリアウリス最大の山…聖峰ルノヴァンの頂上に降りたった。



 神は地上の人間たちに知恵を授けた…農業や建築、魔術といったさまざまな知識を広めたことで人類の文明は大きく発展した…が、時代が進むにつれて人類同士で争うようにもなってしまった。それは壮絶に…



 神は地上の光景を見て大層憂いた。自分の行いのせいで悲劇を引き起こしてしまった、と。



 心を痛めた神の元に1人の青年が現れた。



 ミリアウリス半島の貧しい村に住んでいた彼は神に願った。世界を救う力を私に…そう願った青年を神は祝福した。



 青年はたちまち周辺の勢力との争いを平定した。人々は彼の存在に歓喜した。次第にその版図はんとは広がっていき、ついには巨大な国ともいえる規模にまで至った。



 こうして地上に平和が訪れた…わけではなかった。外敵がいなくなった人類は今度は内側で争いを始めるようになった。それは以前にも増して壮絶に…



 神はまたしても憂いた。そして世界を救う者の到来を願い…姿を消した。



 人類は神に見放されたと絶望した。そして自らの行いの醜さ…人類の業というものの恐ろしさを知った。



 人々はいつの日かこう考えるようになった。



 人類が争いを続けるから神は失望し姿を消した…それなら我々が争いをやめ…むしろ助け合い、善行を積み重ねることで神の願った救世主が降臨するのではないかと…そして救世主が我々を神の元へと導いてくれると…



 このような神話が語り継がれ、それを元に聖竜神教という宗教が誕生したといわれている。まあ眉唾ものだがな。こんなことを信じているヤツはおそらくアh…おっと、それは言い過ぎだったな。



 そんな聖竜神教の発祥の地…ミリアウリス。



 神話にもある通り、ミリアウリス半島…ヴェルダーン帝国のあるヴェルタ地方から南に伸びる形で突き出た半島…が聖竜神教において重要な地とされている。



 そこは聖地ミリアウリスやミリアウリス聖国と呼ばれ、聖竜神教の総本山として世界中の信徒の憧れの地となっている。まあ一般的にはミリアウリス教会と呼ばれることが多いが。



 そこには壮大で美しい彫刻や建築様式によって建造されたミリアウリス宮殿がある。ミリアウリス教会の上位聖職者で構成された統治機関が設置されており、他にも礼拝堂や応接室といった多岐にわたる機能を持つ非常に重要な宮殿だ。



 そこの一室で私は聖竜神教の教典を読みながら、そんなことを考えていた。



 教典の内容など既に暗記してしまっているのだが、そうでもしていないと手持ち無沙汰なのでな。



 私はこの部屋で1人の人間の来訪を待っている。既に約束の時間から大きく遅れているのだが…



 一体いつになったらくるのだ…



 ◇◇◇



 コンコンッ



 ドアをノックする音が聞こえる。私は手に持っていた教典を机に置き、ドアの向こう側にいる人物に話しかける。



 「入れ。」



 「失礼いたします。」



 ドアの向こうから鈴を転がすような声が聞こえた。綺麗だがどこか意志の強さを感じさせる凛とした声だ。



 ガチャ



 声の主がドアを開けて室内に入ってきた。



 そこにいたのは1人の美しい女性だった。



 白銀の鎧に身を纏った、まさに騎士といった装い。ストレートの長い金髪に白磁のような肌、その碧眼は美しくも気高さを感じるかのように力強い。



 胸元には聖竜神教のシンボルである2枚の翼のようなマークがペンダントのように首から下げられている。



 「ルーツェ=ドラグノヴァス司教、召喚に応じ参上しました。ルシフス=アルゴノヴァス枢機卿猊下。」



 ルーツェ=ドラグノヴァス…彼女はミリアウリス教会の司教であり、聖域を守護する聖竜騎士の1人でもある。ミリアウリス教会も一枚岩ではないので、いくつもの派閥に分かれているのだが、ルーツェは私の派閥の一員である。だからこんな呼び出しも可能なのだが…



 「随分と遅かったな…」



 あらかじめ伝えていたはずの時刻からかなり遅れている。上位の聖職者であり、所属する派閥のトップでもある私に対してこれ以上ない無礼である。



 「それは大変申し訳ございません…ただ、その時刻は私の祈りの時間とちょうど被っておりましたので…止むを得ずそちらを優先させていただきました。」



 「…毎回思うのだが…それは私の呼び出しを後回しにするほどなのか…?」



 「えぇ、当然です。私の信仰は我らが神と救世主様に対するものです。たとえ誰であっても侵害することは許されません。」



 このルーツェという女、一言で表すなら狂信者である。自分の信仰のためなら何でもするが、何もしないこともざらにある。それがいかなる存在の命令であっても…



 なぜこんなことが許されているのか?それは彼女が特別だからだ。



 彼女は1000年に1人の天才と言われるほどに魔術のセンスが他者と比べて圧倒的に高く、最強の聖竜騎士としてその名を中央大陸に轟かせている。



 現在のミリアウリス教会の権威の向上には彼女の存在が大きいといっても過言ではないだろう。だから好き勝手やっていても文句は言われない。むしろ彼女の気を損ね、出て行かれでもしたらその損失は計り知れない。



 「まあいい…それよりも今回呼び出した件についてだが…オリウス1世がなにか隠し事をしているようでな。」



 「教皇猊下がですか…?はぁ…また大好きな政治の話ですか…」



 「くくく…まあそういうな…今回に関してはお前が動きたくなる理由を考えておいた。」



 オリウス1世はミリアウリス教会の現教皇だ。私の派閥と敵対している派閥のトップでもある。基本的には優秀な人物であるため、目立った隙を見せることは少ないのだが…



 「密偵に探らせたところ…少し面白そうなことになっていてな。ドラコニアが帰らずの森で何かをしようとしていたらしい。」



 「帰らずの森…たしか、立入禁止区域…でしたっけ?」



 「そうだ。そこの調査に乗り込んだらしいのだが…主力部隊は全滅、そしてあの魔導機獣グランツを2機失ったらしいぞ。」



 「それは…穏やかではありませんね。」



 ドラコニア・神聖オルドレイク戦争の決戦兵器だからな。あの魔道具?を撃ち落とすなど想像できん。運用に莫大な金と人員を要するらしいが、それに見合う実力があるとのことだ。只事ではない。



 「そ・こ・で・だ!ルーツェ。お前、南方大陸まで行って探ってこい。」



 「私が…?私は気軽に聖域外に出ていい立場ではないはず…それに行って何を探るというのですか?」



 「ミリア圏を好き勝手歩いていたら睨まれるかもしれんが、南方大陸の国程度なら大丈夫だろう。それにグランツを撃ち落とすほどの存在…興味深いとは思わないか?」



 ニルブニカのような辺境なら五大帝国もそこまで敏感にならないだろう。ドラコニアに見つかるのは厄介だが…そこはうまく立ち回るしかあるまい。



 それに魔導機獣グランツを超える力を持つ存在…それを我が派閥が手中に抑えることができれば、他国との交渉でも有利に運ぶことができ、教会内でも今以上の発言権を獲得できる…オリウス1世もこれを狙い今の地位を盤石のものにしようとしているに違いない…!それとも面倒ごとに関わりたくないと思っているか?まあどちらでもよい。



 私が教皇になるために大いに役立つはずだ…くくく…



 「お前なら不測な事態が起きても対応できるだろう?帰らずの森という脅威を見過ごすことは聖竜神教の教義に反することだしな!」



 「…面倒ですね。お断りさせていただきます。私以外にもあなたの手駒は多くいます。その者たちに頼めばよいのでは?」



 チッ…!コイツが信仰しているのはあくまで神と救世主であって聖竜神教ではないからな…仕方がない…あらかじめ考えていた理由を使うか…



 「魔導機獣グランツは人間の届かない高さを高速で移動するという…それを撃墜するなど…人知の及ばない存在が関わっているとは思わないか…?」



 「………」



 「聖竜神教の教典で語り継がれた約束の日…救世主の降臨…おそらくそのかたも我らが神と同じく人知を超えた存在であろうな…今ごろ深い森の中で困っているかもしれないなぁ…まあ違うかもしれないけど…可能性はあるよな?他の者に任せていいのか?そういうことならこの話はなかったことに…」



 「今すぐ行って参ります!」



 ルーツェは私の言葉を遮って食い気味にそう言い、踵を返して部屋を出て行こうとした。とりあえずは成功したな…



 「待て待て。そう慌てるな。何もお前1人を送るつもりでは…」



 「救世主様が困っているかもしれないのです!私がお迎えにいかなくてはっ!…それとも何ですか…?私の信仰の邪魔をするというのですか…?」



 クソッ!効果がありすぎたか…面倒なヤツめっ!



 「落ち着け、そうではない。ただ何の準備もせずにお前が単身で突っ込んだら目立つなんてものでは…」



 「特に何も言うことはないようですね。それでは失礼いたします。」



 そしてルーツェは私に頭を下げて、今度こそ部屋を出ていった。止める暇もなかった…



 いや、許可取りをするだけのつもりで詳細についてはまた改めて詰めていく予定だったのだが…



 「う〜ん、ミスったかな?」



 彼女は自分の信仰のためなら猪突猛進で突き進むので信仰にかこつけて命令すれば扱いやすいように見えて、手綱の効かない暴走馬のように結局はコントロールなどできないのだ。そんなことはわかっていたはずなのに…



 過去、似たような理由を言って頼み事をしてもここまで話が通じなかったことはなかったのだが何故だ…?グランツの撃墜というのがいつもと違って説得力ありすぎたか…?



 今までは目立った失態を起こさなかったので功績と併せて帳消しにしてきたが、今回は厳しいかもしれんな。ヤツの暴走による不始末の責任は巡り巡って派閥のトップたる私が取ることになる。一応他の者にルーツェの後を追わせるつもりだが…



 「さて、どう誤魔化すかな…失脚したときのことも考えて財産を国外に移しておくか…?」



 今まで出世のことばかり考えていたが…少し余生についても考えてみるか。





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