第25話 アルの出発
◆◆◆
誰かが溜息をついているような気がする…まあ、気のせいだろう。
オレは今、帰らずの森を北の方向に進んでいる。とりあえず北に突っ切ってこの森を抜け出し、さらに北進していくつかの街を経由すれば多分ニルヴァニアに行くことができるはずだ。
なんせオレはここに来るためにひたすら南の方向に進んだからだ。とりあえず南に向かい、南方向行きの馬車があれば金を払って乗せてもらい、南進し続けた。
その結果…ヘルフェニクスの群れに遭遇したわけだが…
今思えば森に入ってからは誘導されていたのかもな。結構奥深く入ったのに魔物が出なくてラッキー!くらいに思っていたのだが、気付けば周りを囲まれて…
ちなみにまたあの状況に陥ったら普通にヤバい。最終試験の結果はあくまで開始の合図や囲まれている状況を把握していたことによるものであるからだ。
多分大丈夫だと思うんだけど…まあノヴァス様やハム
そんなことを考えていたら、かつてヘルフェニクスの群れに囲まれた場所…オレが初めてノヴァス様と出会った場所にたどり着いた。最終試験開始の場所でもあるな。
身体強化魔術を使いながら一定のペースで移動し続けたので、思いの外早く着いたな。まだまだ移動できそうだ。
それにしても、ノヴァス様のつくったサバイバル魔術はすげぇなぁ…飲み水に困らない、これだけでヤバいし火種や空調でも非常に役に立つ。何より魔力消費量をかなり抑えられており、身体強化と併用しても問題ない。行きに比べたら快適すぎて、戸惑ってしまう。
本来、魔術ってのは色々な条件をつけると、より高い魔術のセンスが要求されるっていうのが常識だった気がするんだけどな?
まあノヴァス様が人間の常識に縛られるわけないか。
それにしても、あれだけ強大な存在なのに親しみやすくて不思議な方だったな…オレのことを友と呼んでくれたときは驚いたよ。
人間に興味あるって感じだったし、冗談のつもりだったのかもしれないけど自分がニルヴァニアに行くような発言もしていたっけ?
想像できないけど、もしもニルヴァニアに来たら精一杯もてなさなければなっ!
1人で暇なので色々考えながら進んでいたら、ふと視線を感じた。
まさかヘルフェニクスか?マズイな…周囲に魔物の群れの気配を感じなかったので、油断していたのかもな。
視線を感じた方に目を向ける。
そこには1体の魔物が木の上からこちらを見下ろしている。
あれは、たしか…
『人間の子供…アル、だったな…』
「えっと、宵闇の翼だっけ…?」
『然り…』
たしかノヴァス様がそう呼んでいた気がする。それにしてもこの呼び方慣れねぇなぁ…しかも思念通話?の魔法を使っているということは…
「何か用か?もしも襲うつもりなら…勘弁してくれないか?」
『我らはこの森で最も気高い種族だ…偉大なる竜の王の客人と知っていながら襲うはずもなし…少しききたいことがあってな…』
「ききたいこと?」
たしかコイツらってヘルフェニクスの因縁の宿敵なんだっけ?そんな恐ろしいヤツが一体何を?
『そう身構えるでない…ククッ…いやなに…あの間抜けな紅蓮の翼を2度も退けたときいてな…ヤツらの態度を思い出すと…ククッ…非常に愉快だ…』
ああ、そういうことか。自分たちが目の敵にしているヘルフェニクスが悔しい思いをしているのが楽しくて仕方なく…その原因であるオレを直接訪ねてきたってことか?
森の真北付近はヘルフェニクスの縄張りだと思っていたが、まさかそのために単身で来るとは…流石は
「2度って言っても1度目はノヴァス様に助けてもらっただけだし、2度目もハンデがあったみたいなもんだぞ?」
『その程度、瑣末なことだ…ヤツらが
魔物にとってはかなり屈辱的なのか?オレはこの森のヘルフェニクスと積極的に争いたいわけではないので、あんま気にしないでほしいんだけど…
「オレを一目見るためにわざわざ来たのか?」
『まあそうだが…ついでだ…紅蓮の翼を退けたときのことを話してみろ…ヤツらにきいても口を開かないのでな…ククッ…』
ヘルフェニクスの失敗談を聞きたいから来たのか?よっぽど仲が悪いのか…一周回ってもはや仲がよさそうにも見えるが…
「別にいいけど…移動しながらでもいいか?あまりのんびりしていられないからな。」
『心得た…礼というほどではないが…森を抜けるまでの間…我が同行しよう…』
「それは助かるな!頼むよ!…そうだな…まずはオレが最初にこの森に来たときに囲まれたときなんだが…」
こうして森を抜けるまでの間、心強すぎる同行者ができた。暇だったし丁度よかったぜ。
◇◇◇
森の出口付近で宵闇の翼とは別れた。
ヘルフェニクスとの話に終始笑いを
それ以外にもたわいもない話をしたりして、なかなかに充実した時間であったと思う。やっぱり誰かと話せる状況というのは大事だな。
冒険者もみんなチームを組んでいるしな。まあオレの場合は組むまでもない依頼しかなかっただけだから…
そんなことを考えているうちにオレは森を抜けた。
目の前はものすごくひらけた草原地帯のようになっている。
ようやく森を抜け出すことができた。
嬉しいはずなのに、どこか心の中ではこの森から離れなければならないことに寂しさを感じている。
まさか立入禁止区域にノスタルジックな想いを抱くことになるとは…こんなこと他の人間に言ったら間違いなく頭がイカれてしまったと思われるんだろうな。
まあ1人でここ来た時点でオレは他人から見たら十分にイカれているようなもんか!
オレは草原地帯に一歩、また一歩と足を踏み締める。
これから本来の故郷に帰れるという安堵の気持ちと…新しくできた故郷から離れるという物寂しい気持ちとが
初めはこの森に来ることがゴールそのものだったが…今ではこの森から出るこのときこそがスタートなのだ。
これまでの思い出を噛みしめつつ、これからの出来事に期待をもって、確実にオレは一歩前へと進んでいった。
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