第10話 人間

 俺と少年は森の中心部、俺の生まれた場所へと辿り着いた。



 今では彼岸花が咲き誇る真っ赤な楽園へと変わったこの場所は、幾度見ても心奪われてしまうほどに美しかった。真紅の楽園とでも名付けようか…ふふふ…



 「す…すげえ…」



 そしてそれは少年も同じだったようだ。すっかり真紅の楽園の虜になっているようだ。俺はその様子を見て大満足である。既にこの少年を気に入ってしまいそうだ。



 『好きなところに座るといい。』



 俺は中心部にて座り、少年にも座るよう促す。



 少年は意識を取り戻し、どこか落ち着かない様子でおそるおそる、俺の正面にて腰を下ろした。



 『これで、落ち着いて話ができるな。』



 「あ…えっと…先程は助けていただき、ありがとうございます…」



 会話できるくらいには落ち着いたようだ。よかったぜ。



 『それで、ここには何をしにきたんだ?』



 「あ…その…申し訳ありませんっ!!!」



 いきなり少年はひざまずき、頭と両手を地につけて謝罪した。これは土下座だな。謝ったということは何か心当たりでもあるのか?



 『なんのことだ?』



 「あ…あなた様の住む森に勝手に入ってしまい…申し訳ありません…」



 あー、それで俺が怒っていると思ったのか。そんなことのためにこんな場所まで連れてこないんだが…まあひとまず、誤解は解いておこう。



 『別に気にしてはいない。本当に怒っていたらその場で処理していた。』



 「そ…そっすか…」



 『これは純粋な質問だ。今まで人間なんて来なかったからな。興味できいている。』



 「……」



 『…そんなに話しづらいことなのか?』



 そこまで勿体ぶられると逆に気になるんだが。



 「いやぁ…実は、この森って帰らずの森って呼ばれていて、奥まで入って帰ってきた者はいないっていう曰く付きの場所でして…ここで珍しいものでも見つけて持って帰れば、オレの評価も一気に上がるかなって…」



 なるほど。そもそもここは人間からしたらめちゃくちゃ危険な場所っていう認識だったのか。どうりで碌に見かけないわけだ。よくこんな子供が1人で来たな。評価ね…



 『評価が上がる、とは?』



 「あっそうか…えっと…どこから説明すればいいんだろ…」



 『俺は森の外のことはまったく知らない。簡単にでいいから色々教えてくれ。』



 素直にそういった。



 「それじゃあ…まずは自己紹介させてください…オレはアル=ヴァートルです。この森の北の方にあるニルブニカという国のニルヴァニアってところから来ました。」



 ニルブニカ…ね。



 俺はそこそこ世界地理が好きだったので国の名前は大体把握しているのだが、そんな名前きいたことがない。



 あぁ、俺って本当に異世界に来てしまったのか…



 正直この森で過ごしていくうちに、いつのまにか人間の記憶を過去のものとし、前世であると認識していたのだが…



 魔法や魔物など、現代日本とのあまりの違いに受け入れざるを得なかったのかもな。自分が人間ではなくドラゴンになってしまったことに対しても、いつのまにか違和感を感じなくなってしまっていたし…



 「オレは昔から冒険者に憧れていて…強い魔物を倒したり…お宝を見つけたりして…それなのに親父のヤツっ…!!」



 少し感傷的な気分になっていたが、話は続いている。一旦ここは話をきくことに専念しよう。



 「オレなんか冒険者になってもすぐ死んじまうからやめとけってっ…まだ初級冒険者だから雑用みたいな仕事ばっかやってたら、そんなこと言ってきて…だから!帰らずの森に来れば文句は言えないだろって思って…」



 …普通に心配してくれてるだけじゃね?



 どうやら冒険者ってのは危険な仕事らしいな。雑用みたいなことをやっているうちにやめさせようと思ったら、めっちゃ危険な場所にいっちゃったってこと?



 俺が親父なら発狂しそうだな…親の心子知らずとはこのことか…



 『ふむ、そうか。それにしてもこの森はそんなに危険な場所なのか?』



 デリケートな問題はスルーして話を変えてしまおう。



 「危険なんてもんじゃないです…ギルドでも絶対に入るなって言われていて…」



 『ダメじゃん。』



 「うぐっ…まあ…はい…実は意外といけるんじゃないかと…それにそんな危険な場所から帰ってきたら一気に上級冒険者まで昇級できるかなって…」



 評価ってのはそのことか。昇級するには何かしらの条件があって、コイツはそれをすっ飛ばそうとこの森に一か八か来た、と。



 『罰則とかはないのか?』



 「…無鉄砲な初心者を減らすための注意喚起みたいなので、勝手に行って死んでもこっちは知らないっていうスタンスだったかと…まあ本当に危険な場所らしいので、今まで好き好んで行くやつはいなかったとか…」



 それで実際に無鉄砲な初心者が来てしまったわけか。



 ギルドからしてみると行くならちゃんと死んでこいってことか。初心者が無事帰還してしまうと他のヤツらが押しかけてきそうだな…そして、結果的に犠牲者が増えると…



 『…じゃあ冒険者ギルドのためにも、お前は帰さない方がいいのか?』



 「えっ!?…あぁ…オレは本当になんて迂闊なことを…」



 絶望的な表情になって頭を抱え始めた。冗談のつもりだったのに…会ったこともない冒険者の命とか正直どうでもいいしな。



 まあ俺としては別に帰してやってもいいと思っている。流石にこんな子供をどうこうしようなんて気にはならない。



 ただコイツ色々もの知っていそうなんだよな…話し方もならず者って感じではないし…コイツの持っている知識をもっと引き出したいな…どうしようか。



 『ところでお前、めっちゃ弱いよな?』



 「…やっぱり、わかります?」



 『立ち居振る舞いも危なっかしいし、装備もボロボロでサイズが合ってないように見える。』



 「いやぁ…武器防具ってめっちゃ高いんすよ。」



 うん、確信した。コイツこのままだと近いうちにすぐ死ぬな。冒険者にどれほどの強さが求められるのか知らんが、これは弱すぎるだろう。



 『強くなりたいか?』



 「え…?」



 『俺ならお前を強くしてやれるだろう。そうだな…さっきの赤い鳥くらいなら問題なく対処できるくらいにはな…そのかわりに、お前の持っているこの世界の知識を俺に教えろ。』



 コイツをしばらくの間鍛えて少しでもマシにしてやる、その間にコイツの知識を対価として差し出してもらう。なかなかに良心的だと思うが…どうだ?



 「そっ…」



 そ?



 「そんなの願ってもないですっ!!すげぇっ!?ドラゴンに鍛えてもらうなんて…聖竜神教の英雄みたいじゃないっすかっ!?やりますっ!!オレを鍛えてくださいっ!!」



 おう、コイツが単純でよかった。まあ実際どこまで強くなるかわからんが、多少はマシになるだろう。後でその聖竜神教についても教えろよ…?



 『ならばお前に力を与えよう!はっきり言って俺の特訓は死ぬほどキツい!途中で泣き言なんか言ったらその瞬間にお前を食っちまうからな!覚悟しておけ!』



 「おぅ…まじかよ……いや、やってやるぜっ!!お願いしますっ!!」




 こうして、この世界で俺にとって初めての人間の知り合い…弟子ができたのだ。




――――――――――――


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