第9話 邂逅
ここ最近は特に変わり映えもなく穏やかに過ごしていた。
献上品のハチミツやゴブリン酒を嗜んだり、ハムスターに体を洗わせたり、魔法をつくって遊んだり、運動がてら森の中を飛び回って森の魔物たちをビビらせたり、と。
楽しいといえば楽しいのだが、どこか退屈な日々を過ごしていた。
今も彼岸花の花畑で日向ぼっこをしている最中だ。気持ちいい。
今日は何をして過ごそうか、そんなことを考えていた矢先にソレは来た。
『……っ!これは…?』
ほとんど無意識の内に使っている魔力感知の網に引っかかったヤツを認識し、俺は衝撃を受けた。
初めて感知するヤツだったが、俺はその存在を知っている。
『人間だな…』
そう、人間だった。
俺がこの世界で生を受けてから随分経つが、人間は未だに見たことがなかった。
もしかしたらいないという可能性も僅かに考えていたが…どうやらこの世界にも人間はいるらしい。
で、その人間が一体この森で何をしているのかというと…
『ん?なんか襲われてる?』
人間の周りには複数の魔物の存在を確認できた。包囲されているようだ。この感じは…赤シマエナガの群れだな。たしか……紅蓮の翼…とかいう種族だっけな?
紅蓮の翼といえば、俺が生まれた直後に火球の魔法で燃やされかけた記憶が蘇ってくるな。って!?この人間めっちゃピンチじゃね!?
俺は人間と接触するせっかくチャンスを無駄にせぬように、急いで観測地点まで飛んでいく。早くしなければ、こんがり美味しい感じになってしまう。
「グルオオオオォォォッ!!」
間に合えよっ!!
◇◇◇
俺は最速で人間のいるところまで辿り着いた。
えーっと、今はどういう状況だ?お、いたいた。
紅蓮の翼たちが大勢おり、その中に俺の目当てのヤツがいた。
茶髪茶目の気弱そうな青年…いや、少年だな。だいぶ幼いな。10代前半ってところか?
質素な服の上から、これまたくたびれた感じの革鎧を着ている。革鎧はサイズが合ってなさそうだな。
辛うじて体の前で剣を構えているが、素人感が半端ないな。いかにも初心者といった感じのヤツだ。
まさに危機一髪って感じだが、俺の登場によりその場の時間が止まったかのようにシーンとし、全員が俺の方を見て固まっている。一応、紅蓮の翼たちに挨拶しとくか…
「グルオオオオオオオオォォォォォッ!!(こんにちは!ちょっとそいつを殺すの待ってくれないか?)」
「ヂュッ!?」「チュンッ!?」「チューンッ!?」「チュチュッ!?」「チュヮッ!?」……バサバサバサ
一斉に逃げていったな。ちょっと揶揄いすぎたか?久しぶりに会ったからテンション感を誤ったようだ。
肝心な人間の方はというと…完全に腰が抜けて逃げられないといった感じだ。リアクションもなくただ呆然として固まっている。
そりゃそうか。今の俺はドラゴンだからな。まあ逆の立場なら俺だってそうなる…いや、もっと情けないことになりそうだ。しかし、このままでは埒が明かない。話しかけてみよう…緊張するな…
『お前、大丈夫か?』
果たして俺の思念通話は通じているか?
しばらくボウっとしていたが、俺の言葉にハッとなり意識を取り戻したようだ。
「なっ!?しゃっ喋った!?どっドラゴンが…」
お、通じているみたいだな。よかったよかった。この反応を見る限り、ドラゴン…魔物が喋るのはなかなかにイレギュラーなことみたいだな。意思疎通できるなら助かる。色々とききたいことがあるからな。
『俺をその辺の魔物と一緒にするな。で、お前は一体何をしにこの森に来た?』
普通に気になる。今までまったく影も形も見えなかった人間がなぜ現れたのか。それもこんな貧相な格好の子供が1人で何をしにきたんだ?
「あっ…えっ…そのっ…うんっと…」
んー、突然の事態に混乱しているといったところか?せっかくの機会だし、ここで帰して終わりってのはなぁ…
『まあいい、とりあえずついてこい。』
そういって俺は自分の生まれた森の中心部へと歩き出した。あそこなら、この場所よりも多少落ち着けるだろう。
後ろをチラッと振り返ると、少年は戸惑いつつも最後には覚悟を決めたかのように口を引き結び、俺の後に続いた。
あ、腰抜けてたの忘れてたわ。まあ治ったみたいでよかった。
俺たちはゆっくりではあるものの、着実に目的地へと歩を進めていった。
◆◆◆
今オレの目の前には巨大なドラゴンが背を向けて歩いている。見上げるほどに大きいな…
全身を深緑色の鱗に覆われており、その目は吸い込まれてしまいそうなほど深い金色だ…
こんな魔物がこの世にいたのかよ…
さっきオレを囲んでいたのはヘルフェニクスと呼ばれる、冒険者ギルドが定める特級指定危険モンスターだったはずだ…
群れで遭遇したら中級冒険者以下はなりふり構わず逃げろとギルドでも言われていた…
囲まれたときは、終わったと思ったんが…それをあんな簡単に追い払っちまうなんて…
さっきまでは恐ろしくてしょうがなかったんだが、どうやら会話できるみたいだし…意を決してついていこうと決めたんだ。
今すぐこんな危険な場所から逃げ出したいと体は悲鳴をあげているが、ここで帰ったらとんでもなく後悔しちまいそうな気がする…!
それに今ではこの不思議なドラゴンが気になって仕方がない。
どうせヘルフェニクスの群れに囲まれたときにオレは死んでいたんだ。
見てろよっ!親父っ!
この経験を活かして、絶対に一流の冒険者になって見返してやるからなっ!
オレはドラゴンに導かれるようにして歩を進めていった。
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