君のための魔王になりたい
×××××××視点 1 ヒナタさんとの出会い
アトラス王国。
魔王エリゴールの根城と接するその小さな国は、いつも魔物からの侵略に怯えていました。
魔王エリゴールは、とても恐ろしい存在です。どんなに巧妙に隠されたものでも瞬時に探し出し、未来をも見通す、『ユニークスキル:千里眼』を持つ魔王。
三百年前に現れた人間を愛した魔王セーレとは違い、エリゴールは人間を憎む存在でした。
そんな中、人間の魔術師たちが住まうアトラス王国では、ある秘術が行われました。
異世界から勇者や聖女を召喚し、魔王エリゴールの侵略から守ってもらおうとしたのです。
特に聖女は、王国を包む結界を張ることが出来たので、人々から愛される存在となりました。
こうしてアトラス王国は、唯一エリゴールからの侵略から守る守護者として、各国から信頼を得られるようになりました。
私が付けられた名前は、×××××××という、とても長く、言いづらい名前です。
私はアルドバラ公爵家の庶子でした。『ユニークスキル:読心』を持っていたことが公爵家に伝わり、引き取られたそうです。
お父様からは、ある呪いを掛けられました。
『ユニークスキル:読心』以外のスキルや魔法を、覚えられないようにされたのです。そのため私は、『読心』以外のスキルを使うことができません。
自分が命じた時だけに『読心』を使うよう言い渡し、ほとんど私と会うことはありませんでした。
ジェイソンお兄様は、最初は妹ができたことを喜び、私に優しくしてくださいました。しかし時が経つにつれ、私を蔑み始めました。
というのも、原因はお義母さまだったのです。
新しくできたお義母様は、私に対して優しい人でした。でもそれは、私を愛しているからではなく、実の息子であるお兄様を憎んでのことでした。
お義母様は無理やりお父様と結婚させられたと聞いています。つまり本当に憎んでいるのはお父様なのです。しかしお父様を恐れて、面と向かってお兄様を虐待することが出来ませんでした。
そこでお兄様の前で、私だけ名前を呼んだり、私だけを優遇したり、金髪碧眼である私の容姿や私のスキルを褒め称えさせたりすることで、お兄様に劣等感を植えさせることにしたのです。
特に容姿は、黒い髪に黒い目の兄に、根深い劣等感を植え付けました。
――「×××××××の金髪はふわふわして綺麗ね。どこかの誰かの黒髪とは大違い」
――「×××××××の青い目は綺麗ね。どこかの誰かの目と大違い」
他の人からは、憎き妾の子すらも育てる「賢母」として、多くの尊敬を受けていました。
それを知ってしまった頃には、私の心はもう何も動かなくなっていました。
表面上は善意的に見えても、その底には悪意で溢れている。言葉は愛情に満ちていても、心の中では憎悪を撒き散らしている。
それをお父様の命令で、夜会や交流で散々読まされていたからです。
人間とは、こういうものなのだと思いました。
お義母様がお父様への暗殺を企んでいた時、私はそれを『読心』で見抜きました。
お義母様は、特別目を掛けている私が『裏切る』とは、思いもしなかったのでしょう。あの時、衛士に捉えられたお義母様から、激しい憎しみを向けられました。
その時言われた言葉を、今でも覚えています。
――「お前など、お前など!! 中身も心もない、空箱のような存在だ!!」
その通りでした。
私の中身は、空っぽです。
お義母様が処刑された後、私はお兄様によって離れに追いやられることになりました。この家にはお父様はほとんどいらっしゃらず、お兄様がこの家の権力者となったためです。
お義母様の影響で媚びへつらっていた使用人たちも、しだいに手のひらを返し、私を冷遇し始めました。
お兄様は私に対し、「自分の心を読まないように」と言いつけ、スキルを弾く水晶のペンダントを肌身離さずつけていました。
ある日、聖女が異世界から召喚されました。
結界を張るためには、人数が必要なんだそうです。そのため、勇者は死亡後に再び呼ぶ儀式が行われますが、聖女を呼ぶ儀式は毎年月がない時に行われていました。
聖女さまは黒い髪に黒い目を持った、楚々とした美人でした。その儀式に立ち会った貴族たちは、大いに喜んだそうです。
――けれどもう一人、「事故」で呼び出されていました。
その人は、「能無し」だったそうで、存在を隠すように私が住む離れに押し込まれたそうです。
乱暴に赤く染められた黒い髪に、乱暴に切ったような短い髪。その下には、右耳だけつけたピアスが輝いている。
赤色のスーツは少しくたびれていて、あまり彼女の身体に合っていないように思えました。
屈強な衛士二人に放り投げられるように置いていかれた彼女は、尻もちを着きながら手を上げ、私に言いました。
「……ええと、Hello?」
そう言った後、「いや英語通じないよな、この国……」とブツブツ呟きました。
そして私は、事故で呼び出された日本人、「ヒナタさん」に会ったのです。
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