悪夢を見る

 ■


 気付いたら俺は、真っ暗な闇にいた。

 寒くもないし、暑くもない。ただ、暗い。

 ここはどこだろう。俺、なんでここにいるんだっけ。



 俺はエンジニアとして、超ド田舎に向かっていたはず。

 田舎にある、学校のICTのメンテナンスをしに。昔は故郷を出たり、親御さんの元から離れないと学校に通えなかったが、今の情報通信技術を使えば学校教育を受けられるようになったのだ。

 まあ代わりに、俺がめちゃくちゃ移動することになるんだけど。


 それでいつも通り、飛行機に乗って出張しに行った。

 でもその日の飛行機は、いつも通りではなかった。


 あ。

 俺、死んだのか。飛行機が墜落して。

 全然死ぬ間際のこと、覚えてないけど。

 ああでも、お母さんと一緒に乗ってた隣の子ども、大丈夫だったかな。すごく泣いていた。あの子、助かってないかな。この仕事をしていたら、どうしても子どものことが気になってしまう。



 ……で、ここは本当にどこなんだろう。

 動けないし。喋れないし。何より、なんか体が重い。


 あ。なんか急に明るくなった。

 その途端、何かの気配もする。

 これは、……ランプの明かりと、人の足音か?


『何とかここまで来れたなー』『回復場所ありませんかねー』という、男たちの声がする。


『お、宝箱があるぞ』


 俺は人を見つけて、思わず動く。

 男たちは俺の動きに驚いたが、すぐに舌打ちした。


『んだよ、ミミックかよ』


 ……ミミック?


 そういやこの男たち、服装がゲーム的というか、ファンタジーというか、冒険者っぽい。

 それでミミックとくれば、もしかして。


『行こうぜ。戦闘になると面倒だし』

『そうだな。俺たちが引っかかる前に動き出すような低レベルな魔物、大した経験値にもなりそうにないしな』


 そして、男たちは去って行った。

 俺はこの時、自分がミミックに異世界転生していたことを知った。






 カタ、カタ、カタ、カタHカタeカタ、カターン、カタ、カタlカタ、カターン、カタ、カタlカターン、カターン、カターンo


 冒険者たちが来る度、何度も繰り返した。

 わかっていた。モールス信号なんて、この世界にはないだろう、なんて。

 だけど、何もしないではいられなかった。

 あまりにも、寂しくて、孤独で、死んでしまいそうだった。



 カタ、カタ、カタ、カタHカタeカタ、カターン、カタ、カタlカタ、カターン、カタ、カタlカターン、カターン、カターンo。 カタ、カタ、カタ、カタHカタeカタ、カターン、カタ、カタlカタ、カターン、カタ、カタlカターン、カターン、カターンo。 カタ、カタ、カタ、カタHカタeカタ、カターン、カタ、カタlカタ、カターン、カタ、カタlカターン、カターン、カターンo


 何度も。何度も。

 自分の鳴らす音が、まるで心が壊れていく音のようだ。


 カタ、カタ、カタ、カタHカタeカタ、カターン、カタ、カタlカタ、カターン、カタ、カタlカターン、カターン、カターンo。 カタ、カタ、カタ、カタHカタeカタ、カターン、カタ、カタlカタ、カターン、カタ、カタlカターン、カターン、カターンo。 カタ、カタ、カタ、カタHカタeカタ、カターン、カタ、カタlカタ、カターン、カタ、カタlカターン、カターン、カターンo。 カタ、カタ、カタ、カタHカタeカタ、カターン、カタ、カタlカタ、カターン、カタ、カタlカターン、カターン、カターンo。 カタ、カタ、カタ、カタHカタeカタ、カターン、カタ、カタlカタ、カターン、カタ、カタlカターン、カターン、カターンo。 カタ、カタ、カタ、カタHカタeカタ、カターン、カタ、カタlカタ、カターン、カタ、カタlカターン、カターン、カターンo。 カタ、カタ、カタ、カタHカタeカタ、カターン、カタ、カタlカタ、カターン、カタ、カタlカターン、カターン、カターンo。 カタ、カタ、カタ、カタHカタeカタ、カターン、カタ、カタlカタ、カターン、カタ、カタlカターン、カターン、カターンo。 カタ、カタ、カタ、カタHカタeカタ、カターン、カタ、カタlカタ、カターン、カタ、カタlカターン、カターン、カターンo


 ……こんな行動に、何の意味があるんだ?

 なんだっけ。人の心が折れる時って、頑張りが報われない時じゃなくて、「なんのために頑張ってるかわからない」時になるんだって、SNSで見た気がする。

 だとしたら、今まさにそれだ。


 なんか、もう全部、どうでも――







「……Hello?」


 まるで蓋を閉じたように、くぐもって聞こえていた音が、急にハッキリと聞こえるようになった。

 冷えきった水晶の光を弾く、やわらかなベージュ色のフード。

 その下から見える青い瞳が、俺を見ていた。



 ■


 ハッと、目が覚めた。

 目の前には、眠ったままのヒナさんが横たわっている。


「……目、覚めた?」


 隣には、リンが座っていた。


『ああ。よくわかったな』


 目なんてない宝箱ミミックが寝てるか起きてるかなんて、よくわかるもんだ。

 俺がそう言うと、リンは「わかるよ」と返した。


「さっき、苦しそうだった。……悪い夢でも見た?」

『……すごいな、リンは』


 本気で感心すると、リンは「わかるよ」と言って立ち上がる。

 そして、掛けていた布団をもう一度かけ直し、ヒナさんの目元にかかっていた前髪を横に流した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る