隠し事なんか、どうでもいい
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「メルランにスキルを掛けるよう命じたのは、私です」
ギルドに帰った俺にそう言ったのは、ギルドマスターだった。
『え、なんで』
「最近、ヒナの様子がおかしかったので」
ギルドマスターは眉間をほぐすような仕草を見せながら言う。
「聞いてもはぐらかすばかりでしたし。元々秘密主義の子で、定期的に色んな騒動を引き起こしていましたが、まあ自分のケジメは自分でつけていました。……まさか、こんなことになろうとは……」
そう言って、ギルドマスターは医務室の方を見た。
現在、ヒナさんはジョージ神父による治療を受けている。俺はギルドマスターから聴取を受けていた。
「あの子が異世界に執着を持っていることはわかっていました」ギルドマスターは俺の方に向き直した。
「あなたを連れてきたのも、その強い想い故でしょう」
『……』
そうだろうな、と思った。
メルランでもリンでもなく、俺をローレンス伯爵のもとへ連れて行ったのも、俺が異世界からの――日本からの転生者だったからだろう。
俺はあの世界が懐かしいとは思っても、不思議と戻りたいとは思わなかった。それは多分、って言うか間違いなく、周囲に恵まれたからだ。寂しいとか、そんなの全然感じなかった。
何より、ヒナさんがいてくれたから。
だけどヒナさんは、そうじゃなかったのかもしれない。
「しかし、今回の行動は軽率です」厳しい声でギルドマスターは言った。
「魔王エリゴールなどの背景がなくとも、求婚を迫る男の家へ訪れに行くなんて……あの子にはその気がなかったのでしょうが、勘違いされても仕方が」
『冷静でいられるわけがない』
俺が遮ると、ギルドマスターは眉をひそめた。
もしも、ヒナさんが日本へ帰りたいと思っていたのなら。
その原因が、ヒナさんの兄だと名乗るあの男のせいで、この世界から脱出したいと思っていたのなら。
ヒナさんは、一体どんな気持ちで、この世界で生きてきたんだろう?
あの時どんな想いで、俺を連れて、ローレンス伯爵のもとへ向かったのだろう。
――それがまさか、自分を苦しめた兄の仕業だったなんて、これほど胸糞悪い話は無い。
『……すみません。プロの冒険者として油断があった、みたいな話なら、俺は口を挟むことじゃないと思う。でも今は聞きたくないし、ヒナさんに聞かせたくない』
俺がそう言うと、ギルドマスターははあ、とため息をついて、
「いえ。さきほどの発言は、失言でした。ギルドマスターとして、……一人の女として」
そう言って、目を伏せた。
「私、こんな身ですから。そこそこ愛想良く生きなきゃ、助けてもらえなかったんですけど。……その愛想の良さを、好意だと勘違いされて、迫られることもあったので」
そう言ってギルドマスターは、車椅子の手すりを撫でた。
「この事態に、動揺してしまいました。……ギルドマスターとして、恥じるばかりです」
『……それは、仕方ないです』
冷静でいられなかったのは、俺もだった。自分を棚に上げて、ギルドマスターを責められるはずがない。
そして今も、冷静とは程遠い。
医務室のドアが開いた。ギルドマスターが移動する。
「どうでしたか、ジョージ」
「……芳しくありませんな」
ジョージ神父は重々しく答えた。
「『魔眼』を、直視しすぎたようです。深く精神が傷つき、私の手には負えません。……目を覚ますかどうかは、わかりませんな」
医務室で横たわっているヒナさんは、まるで死んでいるように見えた。
かすかに動く胸元で、ようやく息をしていることを確認できるほどだ。呼吸の音も、ほんの少しの身動きもない。
「少し、休んだらどうだい」
メルランが声を掛けてきた。
『休むってなんだよ。俺、何もしてねぇよ』
そう。本当に何もしていない。
何もしてやれない。
ただこうして、物みたいにヒナさんのそばに置いてもらっているだけ。
医務室は静かだった。喧騒が耐えない受付や飲食スペースの音なんて聞こえない。
どこかで、ジジジ、という耳障りな音が聞こえるだけだ。
『……なあ、メルラン。俺のせいで、こうなってたりしない?』
俺がそう尋ねると、メルランは「どういうことだい?」と返す。
『俺、死んだイノシシとか、物を「収納」することはあっても、生きた人間を「収納」したのは初めてなんだ。……そのせいで、ヒナさんが』
ヒナさんが、目覚めないのだとしたら。
そう続ける前に、メルランは俺の蓋の部分に手をぽん、と乗せた。
「大丈夫。君のせいじゃない」
「現に私は元気だろう?」そう言われて、ようやく俺は納得する。
だけど、胸のつっかえは取れなかった。
『……メルランさ、「私の腕じゃ、捕まえて連れて行けそうもない」って言ってただろ。
あの時、収納するのはヒナさんじゃなくて、あの男にすれば、ここまで連れてこられたんじゃないか』
「……」
メルランは黙っていた。
『スキル:収納』を使って俺の体の中に閉じ込めれば、ローレンス伯爵ごとあの男をギルドまで連れてこられた。そのことに、俺は気づかなかった。
俺が冷静じゃなかったせいで。けど、それ以上に。
『ヒナさんを「モノ」みたいに「収納」した自分に、腹が立つ…………!』
なんで、あの時ヒナさんにした?
ヒナさんは何も悪くない。あそこから強制的に退場させられるようなことは、何もしてない。
退場させるなら、アイツにするべきだったのに。
ヒナさんをモノみたいに扱ったアイツに対して、怒りが収まらなかった。
なのに俺自身がそうしてしまった。
だけど、でも、俺は。
あの場でヒナさんを、戦わせたくなかった。
――「私、強いでしょ?」。
初めてヒナさんと出会った時を思い出す。得意げに笑って、楽しげに戦っていた姿を思い出す。
ヒナさんはあの時、イキイキと戦っていた。俺は初めての戦闘で全くついていけなかったのに、彼女のそれが何だか嬉しかった。
俺はあの戦って笑う姿が好きだ。
あんな顔を見たら、戦わせたくなかった。
あんな顔して、戦う人じゃない。
ギルドマスターが動揺して、ヒナさんを責め立てる発言をしてしまったように。
俺はヒナさんを追い出して、閉じ込めてしまった。
「……君は、ヒナのことを責めないのかい?」
メルランの言葉に、俺は心の中で首を傾げる。
「あの子は、君に沢山隠し事をしている。それだけじゃなく、嘘もついている。……君も、何となく分かってるんじゃないか?」
そう言われて、俺はピアスを渡した時のことを思い出す。
――「おにぎり。おにぎりを、食べてみたいな」。
まるでおにぎりを食べたことがないように、彼女はそう言った。
思えば俺は、最初から勘違いをしていたのかもしれない。
『……隠し事なんか、どうでもいい』
多分ヒナさんは、隠したくて隠していたわけじゃないと思う。
だって、何度も何かを打ち明けようとしていた。出会った最初から、何度も。大体タイミングが悪くて、遮られてしまった。
本当は、ヒナさんの口から聞きたかった。ヒナさんが秘密にしたいなら、そうしてあげたいと思った。だけど。
『アイツが勝手に、ヒナさんの秘密を暴露する前に、知っておきたい。……ヒナさんのことを』
もうこれ以上、動揺で選択を間違えたくない。
俺がそう言うと、「わかった」とメルランは言った。
「君が気づいているように、彼女は『ユニークスキル:読心』を持っている。――人の心が読めるスキルだ」
その言葉を聞いて、俺は初めて会った時のことを思い出す。
誰にも届かないモールス信号を打つことしか出来ない俺を、彼女が見つけてくれた日のことを。
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