隠し事なんか、どうでもいい

 ■


「メルランにスキルを掛けるよう命じたのは、私です」


 ギルドに帰った俺にそう言ったのは、ギルドマスターだった。


『え、なんで』

「最近、ヒナの様子がおかしかったので」

 

 ギルドマスターは眉間をほぐすような仕草を見せながら言う。


「聞いてもはぐらかすばかりでしたし。元々秘密主義の子で、定期的に色んな騒動を引き起こしていましたが、まあ自分のケジメは自分でつけていました。……まさか、こんなことになろうとは……」


 そう言って、ギルドマスターは医務室の方を見た。

 現在、ヒナさんはジョージ神父による治療を受けている。俺はギルドマスターから聴取を受けていた。


「あの子が異世界に執着を持っていることはわかっていました」ギルドマスターは俺の方に向き直した。


「あなたを連れてきたのも、その強い想い故でしょう」

『……』


 そうだろうな、と思った。

 メルランでもリンでもなく、俺をローレンス伯爵のもとへ連れて行ったのも、俺が異世界からの――日本からの転生者だったからだろう。

 俺はあの世界が懐かしいとは思っても、不思議と戻りたいとは思わなかった。それは多分、って言うか間違いなく、周囲に恵まれたからだ。寂しいとか、そんなの全然感じなかった。

 何より、ヒナさんがいてくれたから。

 だけどヒナさんは、そうじゃなかったのかもしれない。


「しかし、今回の行動は軽率です」厳しい声でギルドマスターは言った。


「魔王エリゴールなどの背景がなくとも、求婚を迫る男の家へ訪れに行くなんて……あの子にはその気がなかったのでしょうが、勘違いされても仕方が」


『冷静でいられるわけがない』


 俺が遮ると、ギルドマスターは眉をひそめた。


 もしも、ヒナさんが日本へ帰りたいと思っていたのなら。

 その原因が、ヒナさんの兄だと名乗るあの男のせいで、この世界から脱出したいと思っていたのなら。

 ヒナさんは、一体どんな気持ちで、この世界で生きてきたんだろう?


 あの時どんな想いで、俺を連れて、ローレンス伯爵のもとへ向かったのだろう。

 ――それがまさか、自分を苦しめた兄の仕業だったなんて、これほど胸糞悪い話は無い。


『……すみません。プロの冒険者として油断があった、みたいな話なら、俺は口を挟むことじゃないと思う。でも今は聞きたくないし、ヒナさんに聞かせたくない』


 俺がそう言うと、ギルドマスターははあ、とため息をついて、


「いえ。さきほどの発言は、失言でした。ギルドマスターとして、……一人の女として」


 そう言って、目を伏せた。


「私、こんな身ですから。そこそこ愛想良く生きなきゃ、助けてもらえなかったんですけど。……その愛想の良さを、好意だと勘違いされて、迫られることもあったので」


 そう言ってギルドマスターは、車椅子の手すりを撫でた。


「この事態に、動揺してしまいました。……ギルドマスターとして、恥じるばかりです」

『……それは、仕方ないです』


 冷静でいられなかったのは、俺もだった。自分を棚に上げて、ギルドマスターを責められるはずがない。

 そして今も、冷静とは程遠い。


 医務室のドアが開いた。ギルドマスターが移動する。


「どうでしたか、ジョージ」

「……芳しくありませんな」


 ジョージ神父は重々しく答えた。


「『魔眼』を、直視しすぎたようです。深く精神が傷つき、私の手には負えません。……目を覚ますかどうかは、わかりませんな」









 医務室で横たわっているヒナさんは、まるで死んでいるように見えた。

 かすかに動く胸元で、ようやく息をしていることを確認できるほどだ。呼吸の音も、ほんの少しの身動きもない。


「少し、休んだらどうだい」


 メルランが声を掛けてきた。


『休むってなんだよ。俺、何もしてねぇよ』


 そう。本当に何もしていない。

 何もしてやれない。

 ただこうして、物みたいにヒナさんのそばに置いてもらっているだけ。


 医務室は静かだった。喧騒が耐えない受付や飲食スペースの音なんて聞こえない。

 どこかで、ジジジ、という耳障りな音が聞こえるだけだ。


『……なあ、メルラン。俺のせいで、こうなってたりしない?』


 俺がそう尋ねると、メルランは「どういうことだい?」と返す。


『俺、死んだイノシシとか、物を「収納」することはあっても、生きた人間を「収納」したのは初めてなんだ。……そのせいで、ヒナさんが』


 ヒナさんが、目覚めないのだとしたら。

 そう続ける前に、メルランは俺の蓋の部分に手をぽん、と乗せた。


「大丈夫。君のせいじゃない」


「現に私は元気だろう?」そう言われて、ようやく俺は納得する。

 だけど、胸のつっかえは取れなかった。


『……メルランさ、「私の腕じゃ、捕まえて連れて行けそうもない」って言ってただろ。

 あの時、収納するのはヒナさんじゃなくて、あの男にすれば、ここまで連れてこられたんじゃないか』

「……」


 メルランは黙っていた。

 『スキル:収納』を使って俺の体の中に閉じ込めれば、ローレンス伯爵ごとあの男をギルドまで連れてこられた。そのことに、俺は気づかなかった。

 俺が冷静じゃなかったせいで。けど、それ以上に。




『ヒナさんを「モノ」みたいに「収納」した自分に、腹が立つ…………!』




 なんで、あの時ヒナさんにした?

 ヒナさんは何も悪くない。あそこから強制的に退場させられるようなことは、何もしてない。

 退場させるなら、アイツにするべきだったのに。


 ヒナさんをモノみたいに扱ったアイツに対して、怒りが収まらなかった。

 なのに俺自身がそうしてしまった。

 だけど、でも、俺は。


 あの場でヒナさんを、戦わせたくなかった。


 ――「私、強いでしょ?」。

 初めてヒナさんと出会った時を思い出す。得意げに笑って、楽しげに戦っていた姿を思い出す。

 ヒナさんはあの時、イキイキと戦っていた。俺は初めての戦闘で全くついていけなかったのに、彼女のそれが何だか嬉しかった。

 俺はあの戦って笑う姿が好きだ。


 あんな顔を見たら、戦わせたくなかった。

 あんな顔して、戦う人じゃない。 


 ギルドマスターが動揺して、ヒナさんを責め立てる発言をしてしまったように。

 俺はヒナさんを追い出して、閉じ込めてしまった。



「……君は、ヒナのことを責めないのかい?」


 

 メルランの言葉に、俺は心の中で首を傾げる。


「あの子は、君に沢山隠し事をしている。それだけじゃなく、嘘もついている。……君も、何となく分かってるんじゃないか?」


 そう言われて、俺はピアスを渡した時のことを思い出す。

 ――「おにぎり。おにぎりを、食べてみたいな」。

 まるでおにぎりを食べたことがないように、彼女はそう言った。

 思えば俺は、最初から勘違いをしていたのかもしれない。


『……隠し事なんか、どうでもいい』


 多分ヒナさんは、隠したくて隠していたわけじゃないと思う。

 だって、何度も何かを打ち明けようとしていた。出会った最初から、何度も。大体タイミングが悪くて、遮られてしまった。

 本当は、ヒナさんの口から聞きたかった。ヒナさんが秘密にしたいなら、そうしてあげたいと思った。だけど。


『アイツが勝手に、ヒナさんの秘密を暴露する前に、知っておきたい。……ヒナさんのことを』


 もうこれ以上、動揺で選択を間違えたくない。

 俺がそう言うと、「わかった」とメルランは言った。



「君が気づいているように、彼女は『ユニークスキル:読心』を持っている。――人の心が読めるスキルだ」



 その言葉を聞いて、俺は初めて会った時のことを思い出す。

 誰にも届かないモールス信号を打つことしか出来ない俺を、彼女が見つけてくれた日のことを。

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